バイデン大統領をどう評価するか その3 不法入国者の激増
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・バイデン政権の外交は、既成の国際秩序への破壊者や敵対者を勢いづけた。
・高インフレや不法移民問題など、国内政策でもやはり負の部分が大きい。
・年来の失言、放言の悪癖から、ホワイトハウスは同大統領の自由な発言の機会を極端に抑えている。
以上、バイデン政権の外交をみてきたが、この政権はやはり、対外政策ではアメリカの敵、つまり既成の国際秩序への破壊者や敵対者を勢いづけたという総括となる。その結果、いまの世界はトランプ政権時代よりも不安定、変動要因が多くなったという結論を出さざるをえない。アメリカが国際情勢の舞台では以前よりも指導力や活力を減らしたということになる。
その一方、バイデン政権は国際協調を看板に掲げる。バイデン大統領自身も前述の一般教書演説の外交へのきわめて分量の少ない言及のなかで、ロシアのウクライナ侵略に対する「NATOの結束」や「世界連合の構築」を強調した。
バイデン政権は実際に日本も含めて同盟諸国との連携には熱意を注いできたように思える。「自由で開かれたインド太平洋」構想での日本やオーストラリアとの安保協力にも熱心なようだ。この点、年来の同盟の絆を保持しながらも、その同盟の強化に熱心ではない西欧諸国などを容赦なく非難したトランプ政権の態度とは異なっている。
日本側のいわゆる識者の間では、バイデン政権の国際協調を賞賛する向きも少なくない。
ところがバイデン政権の動きの考察で表面から少しでも内部へと踏み込んでみると、風景は異なる。日本側でも大好評の「自由で開かれたインド太平洋」構想は実はトランプ政権の創作だった。しかもこの構想を軍事面で支える米軍の「太平洋イニシアティブ」でもバイデン政権はその中枢部分を削ってしまった。
バイデン政権はトランプ政権が決めていた海上発射核巡航ミサイル(SLCM-N)の開発を昨年秋、中止した。同核巡航ミサイルは潜水艦や海上艦艇に低威力の小型核弾頭を搭載する地域紛争用の戦術・戦域核兵器とされる。ミサイルの飛行距離も短・中距離に限定され、まさに中国軍に対する低次元での核抑止を目的とし、「太平洋イニシアティブ」の中枢だった。
バイデン政権の対外政策ではこの種の軍事忌避があちこちで目立つのである。そしてアメリカの敵といえるロシア、中国、北朝鮮などがこの米側の軍事軟化につけこんで軍事硬化とも呼べる攻勢に出てきたといえるのだ。
それでは、バイデン政権の国内政策に目を転じよう。
大統領自身は教書演説では国内の雇用の増大を最大成果として強調した。だが、その成果を帳消しにするかのように、アメリカの記録破りの高インフレはなお低下していない。8%、9%という異様に高い数字が減っていないのだ。
さらに記録破りの不法入国者の激増も社会の激しい不安要因となった。バイデン大統領がトランプ前大統領とは対照的にメキシコ国境からの中南米出身の不法入国者たちの大量流入を許容した結果だった。
バイデン大統領が民主党内の過激な左派に押されて、人種問題や教育、治安、社会などの諸課題で極端なリベラル方向へと傾くことも保守層や中間層の反発を招いてきた。
要するにバイデン大統領は国内政策でもやはり負の部分が大きいのである。アメリカ国民のバイデン政権への態度は最近のAP通信などの世論調査で「この国は誤った方向へ進んでいる」と答えた人が71%にも達した事実に集約されるだろう。大統領への支持の一連の世論調査でもバイデン氏への支持40%、不支持50数%という数字はトランプ氏を含めて歴代大統領の同じ時期よりはずっと低い。
こうしたアメリカ国民のバイデン大統領に対する負の評価の背景には同大統領自身の統治能力への疑問という重大な問題が広がっていることも指摘しておかねばならない。現在80歳のバイデン氏は単に高齢だからというだけでなく、年来の失言、放言の悪癖にさらに拍車がかかってきたのである。
バイデン大統領はつい最近でも、すでに死亡した下院議員がまだ健在と勘違いして、公式の会合でその議員の名前を呼び続けた。また、自分は副大統領としてアフガニスタンの戦場を視察したと繰り返し言明したが、実際にはそんな記録はなかった。アフガニスタン戦争とイラク戦争を勘違いして、延々とまちがいの現地視察の回想を続けた。こんなミスが頻発しているのだ。
だからホワイトハウスではバイデン大統領の記者会見のような自由な発言の機会を極端に抑えている。大統領がどんな失言をするかわからないという懸念からである。
**この記事は月刊雑誌『正論』2023年4月号に載った古森義久氏の論文「国際情勢乱す米国政治の混迷」の転載です。
トップ写真:ホワイトハウスを出発しデラウェア州に向かうバイデン大統領 (2023年3月17日 アメリカ・ワシントンD.C.)出典:Photo by Anna Moneymaker/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。