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.国際  投稿日:2023/3/20

プーチンは潔くハーグに出頭し裁き受けよ


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・戦争犯罪人を裁く国際刑事裁判所(ICC)がプーチン大統領の逮捕状を発行。

・ロシアはICCに加盟しておらず身柄拘束は困難。ICC加盟国を訪問した場合可能性あり。  

・政治活動は大きく制約され、プーチンは将来にわたって訴追の危険に脅えることに。そうならないために自ら出頭すべき。

 

ICCは3月17日に発表した声明で、ウクライナ侵略にからむ戦争犯罪で、プーチン大統領らに対する逮捕状を出したことを明らかにした

プーチン訴追に向けてICC検察局は侵略開始直後から捜査を開始、予想以上に早いタイミングでの令状発行となった。プーチンの身柄を拘束、起訴に持ち込むことができるかは、悲観論が支配的だが、政治的にみれば、大きな打撃となる。

■直接の容疑は子供連れ去り

ICCの声明によると、逮捕状が出されたのはプーチン大統領とマリア・リボバベロワ子どもの権利担当大統領代表

ウクライナの占領地帯からロシアへ、子供を違法に連れ去ったという戦争犯罪が容疑だ

ICCは声明の中で、「予審部は、2月23日に検事から出された令状請求に基づいて検討、プーチンが直接的に、また他を通じて、こどもの違法な連行に関与したことを示す合理的な根拠を見つけた」と述べ、十分な証拠に基づいていることを強調した。

逮捕状発行を受けてICC検察局のカリム・カーン主任検事は、「この戦争犯罪の捜査はわれわれにとって最重要課題だ。子供たちが、戦争での戦利品のように扱われるのは絶対に許されない」と述べ、訴追に向けた意欲を示した。

■ロシア反発、米国は歓迎 

逮捕状請求に対して、ウクライナ政府は歓迎しているが、ICCに加盟していないロシア側は強く反発

ロシアのぺスコフ・大統領報道官は、「ICCの決定など法的には無効、非道な行為であり受け入れられない」と強い調子でコメントした。

アメリカのバイデン大統領は、「プーチンは明らかに戦争犯罪人だ。侵略を命じたロシア指導者の行動に対処する重要なポイントだ」と評価、プーチン訴追に協力する方針を鮮明にした。

■無差別殺人より立証が容易?

ウクライナ侵略開始1年という短期間で逮捕状発行にこぎつけたことについて、キーウの日本外交筋などは、検察局がこの時期を照準に捜査を積極的に行ったことに裁判部が応えた結果とみている。

ブチャでの市民無差別殺害などではなく、子供の連行を逮捕容疑に据えたことについては、政権幹部の関与立証に時間がかる戦闘中の残虐行使に比べ、閣僚級であるリボバベロワ代表が関与した子供連行の方がプーチンの関与を立証しやすいという判断があったという。

連れ去られた子供は、ロシア家庭に養子縁組されたり、孤児院などに収容されているというが、かりに良好な状況に置かれているとしても、強制連行という戦争犯罪自体が免責されるものではないというのがICCの見解だ。

ウクライナ情報機関などによると、連れ去られた子供の数は1万6000人を超え、連れ戻されたのわずか300人ほどという。

■逮捕不可能でも安寧な生活期待できず

逮捕状が発行されたことで、今後の焦点はプーチンへの逮捕状執行、訴追、最終的には裁判で有罪に持ち込むことができるかーに移るが、訴追への第一歩である逮捕状執行、身柄拘束から困難とする見方が支配的だ。 

ICCが戦犯を拘束するに当たっては容疑者の出身国の官憲に要請するのが原則。しかし、ロシアはICCに加盟しておらず、拘束に協力する義務はなく、逮捕状は〝空手形〟になあってしまうためだ

そうなれば、必然的に取り調べ、起訴、法廷での審理も不可能になる。

しかし、刑事訴追が不可能でも、プーチンが被る政治的な打撃は計り知れない

ロシア国内では逮捕を免れても、大統領として、首脳会談などのために各国を訪問しようとしても、ICC加盟の123か国に足を踏み入れた途端に逮捕状を執行される可能性がある

外遊、国際会議出席が大きく制約されて実質的には大統領職の遂行が事実上できなくなるだろう。

また、ポスト・プーチンの政権がICC加盟を決めた場合、その政権によって逮捕状を執行されるし、プーチン自身、終生、訴追の手を逃れる生活を強いられ、退任後の安寧な生活は期待できない

■習近平訪露の冷や水

一方、プーチンへの逮捕状発行によってプーチン個人だけでなくロシアという国家の威信を傷つく。それが国際的にどういう影響を与えるか。

時あたかも3月20日には、ウクライナ侵攻で「中立」の立場をとってきた中国の習近平国家主席のロシア訪問が予定されている。

3期目の主席に選出されて最初の外遊先としてロシアをえらんだものの、プーチンが戦犯容疑者となったいま、冷や水を浴びせられた気分だろう。

アメリカ政府高官は、中国がさきに和平交渉を呼びかける文書を発表したことを念頭に、戦犯容疑者相手に和平仲介を行うことは、各国の中国批判を強めることになるとみている(AP通信)。

ウクライナとしても簡単に交渉のテーブルにつくことを躊躇する状況となり、ウクライナの政治学者の1人は「こういう状況での和平協議は、和平に向かうことはない」と皮肉たっぷりに分析している(同)。

■反ロシアの流れ加速も

プーチンの戦争犯罪人訴追は侵略直後から時間の問題とされてきたが、実際に逮捕状が発行されてみれば、その衝撃は大きい。

国連決議などで中立の立場をとる国が少なくない中、国際社会の雰囲気がロシアに批判的な流れに一気に傾く事態すら予想される

刑務所の幻影に脅えつづける日々を送るか、一刻も早く裁きを受けてきれいな身になるかーどちらが心の安らぎを得られるかは明白だろう。

潔くハーグに出頭するのがプーチンのとるべき道だ。

トップ写真:プーチン大統領がロシア実業家・起業家連合と会談を行う(2023年3月16日、ロシア・モスクワ)出典:Photo by Contributor/Getty Images





この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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