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.国際  投稿日:2023/2/22

問われる岸田外交の真価


村上政俊(皇學館大学准教授)

「村上政俊のわかりやすい海図」

【まとめ】

・4月には統一地方選挙と、補欠選挙が予定されており、内政の季節を迎える。

・日本が議長国を務める5月のG7サミット、総理の地元での開催は今回初めて

・安保三文書によって打ち出された方針が、具現化されるかどうかが、今後の焦点。

 

いま日本は、内政の季節を迎えている。1月23日に召集された通常国会では、花形といわれる予算委員会が開催されている。与野党の間で論戦が交わされているが、その中では、来るべき春の選挙が意識されているだろう。内政の季節は、選挙によってそのピークに達することとなる

4月23日には、衆議院の4つの選挙区で補欠選挙が予定されている。全国規模での国政選挙が当面行われないであろうことから、岸田政権の今後を占う上では、重要な意味を持つこととなる。

加えて、その2週間前の4月9日には、統一地方選挙が控えている。9つの道府県では知事が、41の道府県議会では議員が新たに選出される運びで、連立政権のパートナーである公明党にとっても、重要な関門となるだろう。岸田文雄総理の頭の中は目下、これらの選挙をいかに乗り切るかで、いっぱいかもしれない。

日本が選挙のシーズンを迎えている間は、外交フロントは「お休みモード」である。私の友人で、ある国から大使として東京に赴任している外交官も、4月に旅行を計画しているという。政治的リソースのほとんどが選挙に振り向けられている間は、外交面での大きな動きは期待できない。我が国に派遣されている外交官にとっても、身動きが取りづらい時期となる。そうしたタイミングをとらまえて、古都に旅しようというのは、ベテラン外交官らしい優れたセンスといえよう。

もしも岸田総理が、4月の選挙を無事に乗り越えることができたならば、一定の政治的資源を手にすることとなる。そのリソースを使って真っ先に取り組むであろう課題の一つが、外交だ。中でも岸田総理が重視しているのが、5月19日から21日の日程で予定されているG7サミットであろう。自らの地元である広島を開催地として選んだことからも、サミットにかける意気込みが伝わってくる。ちなみに、日本が議長国を務めるG7サミットが、総理大臣の地元で開催されるのは、今回が初めてである

注目が集まるのは、首脳本人だけではない。サミットでは、「配偶者プログラム」といわれる行事が組み込まれるのが、恒例となっている。首脳がサミットで議論を交わしている間に、首脳の夫人や夫君らの配偶者が、このプログラムを通じて交流を深めることとなる。

岸田総理の裕子夫人がホストとなり、広島の名所旧跡などを巡ることが予想される。なお平成28年(2016)4月には、当時の岸田外務大臣の主催で、G7外相会合が同じく広島で開催された。その際の配偶者プログラムで裕子夫人は、厳島神社や広島平和記念公園に配偶者を案内している。

G7広島サミットが近づくころには、多くのメディアが、この華々しい外交イベントに注目することとなるだろう。外務省に設置されているG7広島サミット事務局では、筆者の元同僚らが、このサミットの成功に向けて、多くの努力を払っている。

ただし注意しなければならないのは、G7サミットが単発の外交イベントではないということだ。流れの中でサミットを位置づけることによって、より大局的に日本外交を捉えることができるだろう。G7サミットに向けた地ならしは、選挙シーズンの真っ只中でも予定されている。4月16日から18日に、軽井沢プリンスホテルで開催されるのが、G7外相会合だ。開催地選定の裏側には、日本有数の保養地である軽井沢で、腹合わせをじっくりと進めようという思惑があったといえよう。

国際政治の中で、現在とりわけ顕著となっているのが、「G7の復権」という流れである。直接的な契機は、ロシアによるウクライナ侵略だった。ロシアという権威主義国家が、核戦力による恫喝を交えつつ、隣国ウクライナを全面侵攻した衝撃は、世界の潮流を激変させた。ウクライナへの侵略戦争について共同して対処するため、G7の間での結束は、急速に高まりをみせている

日本外交にとっても、G7のメンバー国との関係は、かつてなく重要となっている。アメリカとの日米同盟が、我が国の外交安全保障政策の基盤となっていることは、言を俟たない。加えて近年、特に重要性を増しているのが、アメリカ以外のG7メンバー国との連携だ

こうした考え方が色濃く反映されたのが、令和4年(2021)12月に閣議決定された安全保障関連三文書だ。保守的な論調で知られるアメリカのウォールストリート・ジャーナル紙は、閣議決定直後の社説“The Sleeping Japanese Giant Awake”(眠れる巨人である日本の目覚め)で、新戦略と防衛費増額を「歴史的な変化」であるとし、「岸田文雄総理が政治的リスクを冒したことは、賞賛に値する」と論評した。

安保三文書中で筆者がとりわけ注目するのが、「同志国(like-minded country)」との関係強化を謳っている点だ。三文書の最上位に位置付けられている「国家安全保障戦略」では、「同盟国・同志国等と連携しつつ、ロシアによる国際社会の平和と安定及び繁栄を損なう行動を防ぐ」として、同志国との連携が、ロシアへの対処において重要であるとの認識が示されている。

国家安保戦略に次いで位置付けられる「国家防衛戦略」では、同志国との連携の強化について、「力による一方的な現状変更やその試みに対抗し、我が国の安全保障を確保するためには、同盟国のみならず、一か国でも多くの国々と連携を強化することが極めて重要である。その観点から、FOIP(筆者注:Free and Open Indo-Pacific 自由で開かれたインド太平洋)というビジョンの実現に資する取組を進めていく」と書き込まれた。そして想定される協力相手について、具体的な国名が挙げられたのだ。筆頭に位置付けられたのが、オーストラリアであり、次いでインドがリストアップされた。

オーストラリアとインドの次のカテゴリーに並べられたのが、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアであり、「グローバルな安全保障上の課題のみならず、欧州及びインド太平洋地域の課題に相互に関与を強化する」との記述が盛り込まれた。カナダについても、「インド太平洋地域の課題に更に連携して取り組む」という形で触れられた。以上のように国家防衛戦略は、アメリカ以外のG7メンバー国すべてについて、国名を明示する形で、連携強化を打ち出したのだった。

岸田総理は、本年1月に1週間を費やして、ヨーロッパと北アメリカを歴訪した。訪問先となったフランス、イタリア、イギリス、カナダ、アメリカの5か国は、すべてがG7のメンバー国である。岸田総理が年頭にあたって、外遊に出掛けた背景には、通常国会によって始まる内政の季節の前に、外交に注力しようという思惑があったといえよう。もちろん、本年5月に予定されている広島サミットのために、地ならしをという意味もあった。だがより広い文脈では、安保三文書で謳われている同志国との連携という方針が、欧米歴訪の裏にあったといえよう。

訪米した岸田総理は日米首脳会談で、「新たな国家安全保障戦略等に基づき、反撃能力の保有を含む防衛力の抜本的強化及び防衛予算の相当な増額を行っていく」と述べたのに対して、バイデン大統領からは、「改めて全面的な支持」が表明された。

本稿で取り上げた同志国との連携は、インド太平洋というコンセプトと並んで、故安倍晋三元総理のレガシー(遺産)である。そうした意味で現在の岸田外交は、安倍外交の方向性との親和性が高く、その延長線上に位置付けて差し支えなかろう

安保三文書によって打ち出された方針が、具現化されるかどうかが、今後の焦点である。内政の季節を切り抜けて、外交安全保障において成果を上げることができるのかどうか。岸田外交の真価が、今後問われることとなる。

トップ写真:「日英部隊間協力円滑化協定」に署名する英国のスナク首相 (右) と日本の岸田文夫首相(2023年1月11日イギリス・ロンドン)出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
村上政俊皇學館大学准教授

1983年生。幼少期を豪州パースで過ごす。灘中高、東京大学法学部卒。2008年に外務省に入省(国家公務員Ⅰ種法律職)。大使館外交官補として、北京大学、ロンドン大学に留学。退官後に、中央大学客員教授、同志社大学ロースクール嘱託講師等を経て現職。台湾大学、フィンランド国立タンペレ大学で在外研究。現在ほかに、航空自衛隊幹部学校客員研究員、中曽根康弘世界平和研究所客員研究員、東京大学未来ビジョン研究センタープロジェクトメンバー等を兼任。共著に『トランプ政権の分析——分極化と政策的収斂との間で』、『アメリカ大統領の権限とその限界——トランプ大統領はどこまでできるか』等。

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