習主席の訪ロと北京による中東の“仲介”
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・3月20日、習近平主席がロシアを公式訪問した。
・米国は、中国によるプーチン大統領への「停戦」呼びかけに反対。
・ウクライナは、中国が「ロシア・ウクライナ戦争」の和平促進で重要な役割を担っていると考えている。
今年(2023年)3月20日、習近平主席がロシアを公式訪問した(~22日)。そして、翌21日、正式な「習・プーチン会談」が行われている。
中国共産党は今度の習主席訪ロを「友好、協力、平和の旅」(a)と表現した。つまり、習主席が「平和の使者」だと世界にアピールしている。これは、後述する北京が仲介したイラン・サウジアラビアの関係修復と無関係ではないだろう。今回、中国はロシア・ウクライナ和平の仲介役を望んでいるのかもしれない。
3月21日、中ロは公式会談後、2つの共同宣言に署名(b)している。内容的に、2月24日、北京が発表した「ロシア・ウクライナ戦争」に関する12項目の「和平提案」(c)に近い。
一方、米国は、習主席訪ロ直前、中国によるプーチン大統領への「停戦」呼びかけに反対(d)した。ワシントンは、北京の定義する「停戦」が、ロシアのウクライナ侵略を肯定し、ロシアが占領した領土を確定するに等しいと見ている。また、「停戦」後、再びロシアにウクライナへの戦争準備期間を与えると考えている。
実は、「ロシア・ウクライナ戦争」開戦後、北京は一度もロシアのウクライナ侵攻を非難した事はない(e)。また、北京は、一貫して同戦争には“中立”を表明している。
他方、米国は中国がロシアに殺傷力の高い兵器を供給するか否かに高い関心を抱く。場合によっては、「第3次世界大戦」となりかねないからである。だが、ドイツのショルツ首相は中国によるロシアへの武器援助の可能性を否定している。
結局、中ロ首脳が会談した主な理由(f)は、米国に対抗する協力同盟強化と、中ロの権威主義政権にとって有利な新世界秩序の構築であり、ウクライナ情勢の解決は会談の主な目標ではないのかもしれない。
ただ、ウクライナは、一部の西側諸国の懐疑的な見方にもかかわらず、中国が「ロシア・ウクライナ戦争」和平を促進する上で重要な役割を担っていると考えている(g)。キエフは、中国がロシアに影響力を行使し、和平交渉の再開を働きかけることのできる数少ない国の一つだと見ている。
“戦争記念日”の2月24日、ゼレンスキー大統領は北京に対し、和平交渉の首脳会議に参加するよう呼びかけた。他方、3月16日、中国の秦剛外相はウクライナのクレバ外相と会談した。その際、戦争に対する中国の立場は依然、客観的かつ公平であり、和平交渉を促進することに尽力していると主張した。ある識者は「もし、中国が国際的信用を得たいのであれば、早晩、習主席はゼレンスキー大統領と対話する必要があるだろう」と語っている。
話は前後するが、3月10日、中国の仲介で、イランとサウジアラビアが関係修復を図ることになった(h)。これは、習近平主席が新たなレベルの目標追求を意味するものだったのではないだろうか。
「中国偵察気球事件」等で米中対立が激化する中、習主席は、世界的な政治家としての知名度を上げようとしている意図が見える。主席が「ゼロ・コロナ政策」で、中国内外で不評を買ったからである。
ところで、習政権はイランを戦略的に重要視している。イランが中国と同じ考えを持つ西側諸国への批判者だからではないか。また、同国は豊富な天然資源、戦略的な国境、戦闘力の高い軍隊、中国同様、古い文明を持つ。
他方、中東の安定も北京の関心事である。中国の原油輸入の40%以上はこの地域からもたらされている。さらに、湾岸諸国は「一帯一路」の重要な拠点であり、中国の消費財や技術輸出の主要市場となっている。
だが、一部には「サウジとイランは、かなり以前から国交回復について議論してきた。だから、北京が一夜にして仲介したものではない。したがって、中国の役割は、見た目ほど重要ではない」という見方もある。
〔注〕
(a)『中華人民共和国中央人民政府』
「中ロ関係を円滑にし、世界に安定をもたらすため―習近平主席のロシア公式訪問に寄せて」
(2023年3月18日付)
(http://www.gov.cn/xinwen/2023-03/18/content_5747314.htm)。
(b)『中華人民共和国中央人民政府』
「中ロ首脳が共同声明に署名、和平交渉によるウクライナ危機の解決を強調」
(2023年3月22日付)
(http://www.gov.cn/xinwen/2023-03/22/content_5747721.htm)。
(c)『外交部』
「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」
(2023年2月24日付)
(https://www.fmprc.gov.cn/zyxw/202302/t20230224_11030707.shtml)。
(d)『万維ビデオ』
「習近平のロシア訪問前夜、ホワイトハウスが機先を制す」
(2023年3月19日付)
(https://video.creaders.net/2023/03/19/2588596.html)。
(e)『中国瞭望』
「『平和の使者』は偽物?習近平のロシア訪問の真意を暴く」
(2023年3月19日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/03/19/2588953.html)。
(f)『中国瞭望』
「和平への道筋が見えてくるか? 米メディアが習プーチン会談の5つのポイント明かす」
(2023年3月22日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/03/22/2589754.html)。
(g)『DW』
「習近平訪ロ 海外が注目する中国の微妙なスタンス」
(2023年3月19日付)
(h)『ニューヨーク・タイムズ中文網』
「中国のサウジ・イラン外交再開推進の背後にある、習近平の世界目標」
(2023年3月13日付)
(https://cn.nytimes.com/world/20230313/china-saudi-arabia-iran-us/)。
トップ写真:中ロ首脳会談で握手を交わす中国の習近平国家主席(左)とロシアのプーチン大統領(右)(2023年3月21日、ロシア・モスクワ)
出典:Photo by Contributor/GettyImages