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.国際  投稿日:2023/5/1

駐仏中国大使発言と習・ゼレンスキー電話会談


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・盧沙野駐仏中国大使は、「旧ソ連国」には国際法で認められた有効な地位を持たないと答えた。

・中国に隣接する国々の主権を疑わせるものである。

・中国共産党は「我々は常に平和の側に立っている」と話したがロシアのウクライナ侵略を非難したことは一度もない。

 

今年(2023年)4月21日、盧沙野駐仏中国大使は、フランスのLCI(La Chaîne Info)テレビに出演し、インタビューに答えた。

盧大使は、2014年、ロシアが併合したクリミアはウクライナの領土とみなされるのかと問われた際、「旧ソ連国」には国際法で認められた有効な地位を持たないと答えた(a)。そして、これらの国々が主権国家であることを正当化する国際条約は存在しないとも述べた。

盧大使の発言は、ウクライナ、グルジア、モルドバをはじめ、リトアニア、ラトビア、エストニアといったNATO加盟国、更にはカザフスタンキルギスのような中国に隣接する国々の主権を疑わせるものである。

その後、中国外務省は盧発言に関して「中国共産党は『旧ソ連国』の独立を尊重する」と回答した。

しかし、今回、盧大使の発言は、北京の“戦狼外交”に合致しているのではないか。

4月初め、李尚福国防部長は、クレムリンでプーチン大統領を「世界の平和と発展を促進する並外れた国家指導者」と絶賛している。

他方、同月8日、蔡英文総統・マッカーシー米下院議長会談を受けて、中国が再び台湾を包囲する軍事演習を行った。だが、マクロン仏大統領は訪中後、「欧州は台湾海峡危機に対して米国の『追従者』であってはならない」(b)と述べた。

ひょっとして、盧大使の発言は、マクロン大統領の発言に触発されたのではないか。

さて、フランス外務省は、盧発言は「憂慮すべきもの」であり、北京は「自らの立場を反映しているかどうかを明らかにすべきだが、実際、そうでないことを望む」という声明を出した(c)。

盧大使の発言は、EU内で反発を招き、欧州議会80人近くの議員が『ル・モンド』紙に公開書簡を送り、フランス政府に対して、ただちに大使を「ペルソナ・ノン・グラータ」(外交使節団から離任する義務を負った者)宣言をするよう訴えた(d)。

そして、議員たちは盧発言が「明白な国際法違反であり、フランスの欧州パートナー諸国の安全保障に脅威になると見なければならない」と主張した。ウクライナの領土保全に対するロシアの侵略をめぐってヨーロッパで戦争が勃発している今、民主主義世界は独裁国家に対し同盟国の主権を守るよう、明確なメッセージを送らなければならないと議員たちは考えている。

実は、盧沙野大使の問題発言は今回が初めてではない。大使は最近、台湾の人々が北京の支配下に置かれたら、『再教育』されるべきだと発言している。

(遵法精神に欠け、人権意識を持たない)「前近代的」な中国共産党が、すでに「近代化」された台湾人をどのように「再教育」するのだろうか。まさか、同党特有の「中華思想」や「習近平思想」で台湾人を洗脳しようというのではあるまいか(香港の「一国二制度」崩壊の“悲劇”は「近代化」された香港人が「前近代的」な同党に直接統治されたからだと考えられる)。

本来、習政権は盧大使が北京の考えと異なっているならば、即刻、更迭すべきではないか。北京が盧大使を更迭しないという事は、大使が中国共産党と同じ考えを持っているという証左だろう。

4月24日、盧大使発言を“かき消す”かのように、習主席はウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を行っている(ゼレンスキー大統領は、以前から習主席との会談を望んでいた)。

同大統領は主席と「長く有意義な」電話会談を行い、ロシアとの開戦以来、中国と初めて接触があったと述べた(e)。また、大統領はTwitterで、北京大使を任命するとともに、この電話会談が「2国間関係の発展に強力な推進力を与える」と明言している。

 中国共産党はウクライナからの呼びかけを確認し「我々は常に平和の側に立っている」と付け加えた。西側とは異なり、同党はロシアのウクライナ侵略に対し中立な立場を保とうとしてきた。だが、北京はモスクワとの親密な関係を隠し、ロシアのウクライナ侵略を非難したことは一度もない。

一方、ロシアはゼレンスキー大統領と習主席が開戦後、初めて電話会談を行ったことを受け、キエフがモスクワとの対話を拒否することで「平和的イニシアチブを台無しにした」と非難(f)している。

 

〔注〕

(a)『中国瞭望』「『調停者』の装いをまとった戦狼が戻って来た」(2023年4月25日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/04/25/2601232.html)

(b)『The Economist』「台湾をめぐるエマニュエル・マクロンの失態」(2023年4月12日付)https://www.economist.com/leaders/2023/04/12/emmanuel-macrons-blunder-over-taiwan

(c)『中国瞭望』「盧沙野、中国共産党の主権の考え方を明らかにし、マクロンを平手打ちにする」(2023年4月24日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/04/24/2601008.html)

(d)『地球大観』「当然だ!80人の欧州議員が盧沙野中国大使の追放を要求」(2023年4月23日付)

(https://news.creaders.net/world/2023/04/23/2600759.html)

(e)『BBC』「ウクライナのゼレンスキー、中国の習近平と戦争開始後、初の電話会談を実施」(2023年4月27日付)

(https://www.bbc.com/news/world-europe-65396613)

(f)『地球大観』「ゼレンスキーと習近平が電話で話したので、プーチンが気分を害す」(2023年4月26日付)

(https://news.creaders.net/world/2023/04/26/2601824.html)

トップ写真:ポンピドゥー センターで開催されたGerard Garouste のレトロスペクティブ プレス プレビューに出席する盧沙野駐仏中国大使( 2022 年 9 月 6 日、フランスのパリ)出典:Foc Kan /Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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