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.国際  投稿日:2022/5/16

中国「宮廷クーデター」発生の憶測が拡散


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国共産党が突然、習主席肝煎りの「戦狼外交」を大転換、米国に好意的な態度を取るように。

・習主席の「ゼロコロナ政策」より、李首相の「経済優先」政策を実行か。習氏「功臣」は昇進できず、李首相派が昇進。

・李首相は来年3月の辞職を表明したが、今秋、党大会で、総書記に就任しても不思議ではない。

 

以前、本サイトで指摘した通り、中国では「宮廷クーデター」によって習近平主席が半ば“退位”させられているかもしれない。そうでなければ、習政権は強硬な「ゼロコロナ政策」に邁進しているはずである。ところが、どうやら李克強首相の「経済優先」政策が実行されているよう(a)である。

他方、中国共産党はここ1、2週間で突然、対外強硬姿勢を変えた。習政権肝煎りの「戦狼外交」の大転換である。それは、米国の習政権に対する牽制・プレッシャー(b)からなのだろうか。

実は、最近、中国共産党は米国に好意的な態度を取るようになった(c)。それが、明らかなのは、趙立堅中国外交部報道官秦剛駐米中国大使の発言ではないか。

4月29日、趙立堅報道官は定例会見で、米国人の80%以上が中国に対し否定的な見解を持っている件について質問を受けた。

趙報道官は、歴史上、米国民から最悪の評価を受けたにもかかわらず、「両国人民は友好的な感情を持っており、友好は両国関係発展の源泉であり、重要な基礎だ」と答えたのである。

また、同日、秦剛駐米中国大使は、中西部アイオワ州の新聞に「後背地への旅、感動の旅」と題した論説を発表した。中西部のイリノイ州、アイオワ州、ミネソタ州への旅を終えたばかりだが、「得るものが多く、感動的な思い出をワシントンに持ち帰った」と語っている。

▲写真 秦剛駐米中国大使(2007年) 出典:Photo by China Photos/Getty Images

翌5月3日、中国共産党の『参考消息』は「ゼレンスキーはいかにして塹壕から国を治めたか」と題し、ウクライナのゼレンスキー大統領について珍しく肯定的な報道を行っている。今まで、同党はSNS上のウクライナ関連情報をほとんど削除していた。

更に、共産党メディアは「ロシアのウクライナ侵攻」に初めて言及した(「侵攻」という言葉は引用符でくくってある)。習政権はこれまでロシアへの(物質的・精神的)支援を掲げてきたにもかかわらず、急に、米欧寄りにスタンスを変えている。

他方、SNS上では、「宮廷クーデター」発生の噂が拡散し、人民解放軍が北京入りしたと伝えられた。確かに、戦車が北京市内を走行している短いビデオがSNSに投稿(d)された。これが本物かどうか不明だが、仮に事実だとすれば、「宮廷クーデター」が発生した公算は大きいのではないか。

ところで、「宮廷クーデター」発生の傍証として、次の記事(e)を挙げたい。

4月20日、全国人民代表大会常務委員会は前湖北省党委書記の応勇を全人代憲法・法律委の副主任委員(副委員長)に任命した。地方トップから実権のない名誉職への転任である。

▲写真 応勇・前湖北省党委書記(2019年3月6日 北京) 出典:Photo by Lintao Zhang/Getty Images

応勇は武漢市などでコロナ抑え込みに成功し、習派でも有数の「功臣」となった。第20回党大会で党指導部メンバーの政治局員に昇格し、警察、裁判所などを統括する党中央政法委書記に就任するか、政治局入りしなくても最高人民法院院長(最高裁長官)など閣僚より上位の国家指導者になるとの見方が多かったが、昇進できなかった。

また、すでに本サイトでも紹介したが、4月27日、天津市長、廖国勲が自殺した。廖市長は「習派」栗戦書の部下だったのである。今秋の第20回党大会では、昇進が期待されていた。

周知の如く、目下、習近平主席は、第3期目を目指している。だから、部下もできるだけ昇進しなければならない。彼らが昇進できなければ、たとえ習主席が総書記を継続しても、“裸の王様”になってしまう。

一方、4月30日、李克強首相に近い石泰峰は、内モンゴル自治区党委書記の退任が発表されたが、その後、社会科学院院長に就任した。昨年9月、定年の65歳になったが、内モンゴル自治区トップを続投していた。来春、石が政協副主席になれば、国家指導者に昇格する。

李首相は、来年3月の辞職を表明した。しかし、今秋、党大会で、総書記に就任しても不思議ではないだろう。

<注>

(a)『人民日報』「李克強が国務院常務会議を主宰 国務院各部署は更に、中小企業と個人事業主に対する救済措置を講じて、市場関係者の安定した雇用を確保する。対外貿易の安定と質を促進するための措置を決定し、経済とサプライチェーンの安定化を図る」(2022年5月6日付)

(b)『サンデー・ガーディアン・ライヴ』「米国のAXIS法後、政策調整を行う中国」(2022年5月7日付)

4月27日、米下院で習近平主席の名前が入る珍しい法律「枢軸法」(Assessing Xi’s Interference and Subversion Act)―毎月、習主席がロシアを支援していないかを議会に報告―が圧倒的多数で通過した。

(c)『万維読者報』「新展開:習近平の党内地位は不安定、中国共産党は最近宣伝のトーンを変える」(2022年5月9日付)

(d)『万維読者網』「クーデターの噂が絶えない 人民解放軍が北京入りしたと伝えられる」(2022年5月10日付)

(e)『yahooニュース』「【中国ウォッチ】習近平派幹部、予想外の「落選」─閑職異動で次期指導部入り成らず(時事通信) 」(2022年5月12日付)

トップ写真:習近平国家主席と李克強首相(2022年3月15日) 出典:Photo by Lintao Zhang/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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