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.社会  投稿日:2023/4/10

「貯蓄」か「投資」か、早めに決断を「新入社員に贈る言葉」その8


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

 

【まとめ】

・昨今の日本は定年まで働くというのは考えにくいことになりつつある。

・何かスキルを磨くために自分へ投資し、資格や実力をつけるべき。

・どこの会社でも務まる人材になることは、今の会社でも真に必要とされる人材になること。

 

編集部から「新入社員に贈る言葉」を求められ、実は困惑しました。

 私はサラリーマン経験が、事実上ない人間だからです。

 とは言え、自身のキャリアをあらためて振り返ってみますと、企業に所属した経験がないわけではありません。単に、自分はサラリーマンだと思ったことがないだけで。

 さらに言いますと、英国ロンドンで日本語新聞を発行していた時などは、多くの日系企業を取材してきました。公私にわたって交流した駐在員も数多くいます。

 彼らの姿を通じて、日本の企業社会がどういう論理で動いているか、やや批判的な視点から日本国ロンドン村(マガジンハウス、電子版アドレナライズ)という1冊にまとめた経験もあります。人の上に立つ難しさも知りました。

 囲碁で、対局中の本人よりも傍で見学している人のほうが状況をよく把握できる、という意味で「岡目八目」などと言いますが、私と日本の企業社会との関係も、これに近いものではないか、と考えるに至りました。

 さて、本題。

「三日、三月、三年」

 という言葉を、どこかで聞いたことはないでしょうか。

 つい先日まで、学生生活を謳歌していた若い人が社会に出ると、三日目でまず挫折感を味わう。とりわけ、都会の満員電車での通勤など、耐えがたい人も多いでしょうし、その気持ちはよく分かります。なにしろ、豚をあの密度で詰めたら死ぬ、と聞きますから。

 三月というのは、新卒入社の場合、最初の夏休みあたりです。そろそろ会社の雰囲気も把握できた頃ですが、今度は閉塞感にとらわれる。自分はあと40年もここで働くのか、と。

 そして、三年目。仕事にも少しは慣れ、後輩も出来た頃、自分には違う生き方もあるのではないか、というように考える人が多い、ということのようです。

『若者はなぜ3年で辞めるのか』(光文社新書)という本もあれば『できる若者は3年でやめる!』(出版文化社)というのもあって、どちらもなかなかよく売れているようです。

 真面目な話、昨今の日本の経済状況や企業のポリシーを見るにつけ、定年まで働くというのは、むしろ考えにくいことになりつつあるように思います。人生の大半を会社の一員として過ごすという生き方など、美徳でもなんでもない、と考えられるようになってきたのではないでしょうか。事実、名門と称されるK書店の幹部編集者から、

「うちの会社なんて、入るのが簡単じゃないと思うけど、それでも3年続かない新人が多い」

 と聞かされたこともあるくらいです。

「辞めてどうする気だ、と質問しても、要領を得ない答えしか返ってこない」

 そうです。辞めると決めた以上「上司」と話をしても仕方がない、ということですかね。

 本誌でも、古森義久氏が「石の上にも三年」という格言を引いて、とりあえず3年間は先入観なしに働くべきである、と説いています。

 基本的に賛成ですが、昨今の、いわゆるブラック企業の実態などを聞くにつけ、不幸にもそのような会社に入ってしまったならば、3年も我慢する必要などない、とも思います。

 会社全体が必ずしもブラックでなくとも、直属の上司によっては、とんでもない目に遭いかねませんしね。私自身、食べるための仕事をいくつか経験していますが、よくある「年下の上司によるパワハラ」を腹に据えかねて、1ヶ月で辞めてしまったことがあります。

そいつがまた最後まで、ぶっ飛ばされなかっただけ有り難いと思え、みたいなことを言ってきたので、

「分かった。じゃ、殴っていいよ。2発。ただし、2発で俺をノックアウトできなかったら、その後どうなっても知らないよ」

 と静かに応じました。もちろん、相手が本物のケンカなどできないことを見切った上でのことです。たとえ逆上して殴りかかってきたところで、こちらは「受け流して反撃などしない」とまでは約束していませんし笑。

 話を戻して、まあ3日で辞めてしまうような人は、そもそも社会人としての適性に欠けているのだろう、と私でも思いますが、先ほども述べたように3ヶ月ほど働いて、会社の雰囲気がある程度分かってきたら、その時点で自身の対応を決めるのは「あり」だと思います。

 辞めたければ辞めてもよいのですが、3ヶ月で辞めた、という履歴が残ると、転職(=再就職)は困難をきわめます。

 立花隆氏が生前、フリーランス志向の若い人に対して、

「とりあえず100万円の貯蓄をしなさい」

 と説いたことがあります。物価高騰の昨今、この金額はいささか過小かも知れませんが、論点はそこではなく、要は、当座の生活に困らないだけのお金、ということですね。

 あなたがもし新入社員で、入社3ヶ月目に、どうも自分はこの仕事(会社)に向いていないようだ、と感じたとしましょう。その時は、この言葉を思い出して欲しいのです。すぐに辞めてしまうのではなく、100万円貯まったら辞めてやる、と考えてみましょう。

 実家から通勤できるか、それとも一人暮らしかで、条件はかなり違ってきますが、お酒やギャンブルで憂さ晴らしするのではなく、飲んだと思って毎月2万円ずつ貯めてみてください。3年ちょっとで100万円の貯蓄ができます。あくまでも計算上ですが。

 その間に状況が変わって、やっぱりこの会社で仕事を続けようか、と思えるようになったとしたら、それはそれで結構ではないですか。お金は邪魔にはなりませんから。

 むしろ、この会社は自分に合っている、と思えた場合のほうが、悩ましいところですね。

 おかしなことを言う、と思われるかも知れませんが、これはいたって真面目な話です。

 先ほども少し触れましたが、自分がいくら定年まで頑張るつもりでいても、会社がそれを許すとは限りません。それどころか30年、40年後に会社がちゃんとある、とあなたは言い切れますか?

 この場合は、ちまちま貯金をするのではなく、自分に投資することをお勧めします。

 具体的には、外国語でもよいし、パソコンでもよいですから、なにかひとつスキルを磨いておく。資格が取れればなお結構ですが「資格より実力」ということはお忘れなく。

 今年、新入社員となったような世代の人たちはご存知ないかも知れませんが、かつて山一証券という会社が破綻したことがあります。この時、トレーダーなど汎用性の高いスキルを持った人たちは、同業他社から引く手あまただったのですが、愛社精神だけの、たとえば総務一筋といった「山一マン」の再就職は、困難を極めました。

 このように述べますと、転職もしくは再就職を前提にしているように思われるかも知れませんが、必ずしもそうではありません。どこの会社でも務まる、という人材になることは、今の会社でも真に必要とされる人材になることでもあるのです。 

 先ほど、ケンカ自慢と受け取られかねないようなことを述べたのも、本当はここに話がつながるのです。形の上では、私はイジメに耐えかねて会社を去ったことになるのでしょうが、腹の中で、こんな奴その気になれば簡単だ、と思っておれば、卑屈にはならないものです。

 同様に、理不尽な仕打ちを受けるならいつでも辞めてやる、と考えることさえできれば、少しは気が楽なのではないでしょうか。

 そのための貯蓄、もしくは投資であると考えてください。

トップ写真:イメージ 出典:istock/Getty Images Plus




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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