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.国際  投稿日:2023/5/11

日韓シャトル外交の復活


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・岸田首相、徴用工問題で「心が痛む思い」と言及、歴史問題解決に一歩。

・日米韓海上訓練が31日から、済州島南方の公海で実施。

・韓日関係改善の最大の障害は日本の嫌韓勢力と韓国の反日左派勢力。

 いま、韓国の尹政権の前には、越えなければならない大きな三つの壁が立ちはだかっている。すなわち、北朝鮮の核に対する抑止国内の従北朝鮮勢力の克服と経済の浮揚、そして日本との関係改善だ。この三つの壁を突破しない限り、来年の総選挙における圧倒的勝利は望めず、それはそのまま尹政権の不安定化、東アジア安保情勢の不安定につながる。

 この三つの課題のうち、北朝鮮の核に対する抑止については、尹錫悦(ユン・ソクニョル)大統領の国賓訪米時(4月24~30日)における米韓首脳会談で「ワシントン宣言」が導出された。そしてその流れの中で、迅速な岸田文雄首相の韓国訪問(7~8日)が実行され、日韓シャトル外交が復元された。これで韓日関係改善の展望が開けることになり、尹政権が進める韓国従北朝鮮勢力克服と経済浮揚に「はずみ」を与えることになった。

 岸田首相訪韓で歴史認識問題での対立和らぐ 

岸田文雄首相は5月7日、韓日首脳会談を行った後の共同記者会見で「私自身、当時、厳しい環境のもとで多数の方々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む思い」と述べ、過去植民地時代の被害者に対して、自身の立場を明らかにした。

岸田首相はこの発言について「私自身の思いを率直に申し上げた」と説明した。また「1998年10月に発表された、日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」という立場も再確認して「この政府の立場は今後も揺るがない」と強調した。

今年3月の尹大統領訪日時の日韓首脳会談では、元徴用工問題に関連して、岸田首相は直接謝罪や反省に言及することなく、「1998年10月に発表した日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」との表現に留めていただけに、個人の立場表明ではあるものの、首相の気持ちを述べた発言でもあり、韓国世論をなだめる上で一定の効果をもたらすことになった。

これに対して韓国大統領室高位関係者は「韓国がこのことについて取り上げたり要求したりしたものがないのに、誠意ある立場を見せてくれて感謝している。韓日未来協力に多いに役立つと考える」という尹錫悦大統領の反応を伝えた。

韓国中央日報も「ここ数年間、日本が強制徴用被害者を「旧朝鮮半島出身労働者」と表現して強制徴用事実そのものを回避しようとする態度を見せていたことに比べると、岸田首相のこの日の発言は歴史認識問題で一部進展した姿を見せたと評価することができる」と評価した。

岸田首相が7日、訪韓の最初の日程として国立ソウル顕忠院を参拝したことも過去の歴史認識問題で好影響を与えた。日本首相の顕忠院参拝は、2006年10月に安倍晋三首相が初めて参拝し2011年には野田佳彦首相が参拝したが、それから12年ぶりとなる。

また日本では大きく報道されていないが、5月19日に広島で開催される主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)出席時に、尹大統領と岸田首相が共に広島の平和公園にある「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」に参拝することで同意したが、このことも歴史問題解決に好影響を与えている。これについて大統領室高位関係者は「今後も言葉と行動で歴史に対して誠意ある歩みを続けるという表現だと考える」と説明した。

 展望が開けた日韓経済協力

韓日首脳会談で経済協力強化に合意したことで韓国の産業界にも期待が広がっている。

会談では韓国の半導体メーカーと日本の素材・部品・装備企業がともに堅固な半導体供給網を構築する共助を強化することにした。日本が世界的な半導体供給網で大きな役割をしているだけに供給網安定次元で韓国の産業界に肯定的に作用すると予測される。

また、最近半導体とバッテリーなど先端産業分野で世界的に競争が激しくなっているが、韓日両国が欧米連合(EU)などに向け共通の対応に出る条件を作ったという評価も出ている。

韓日首脳は、これとともに両国の事実上の「ホワイトリスト」復元を宣言した。尹大統領は首脳会談直後の共同記者会見で「両国の代表的非友好措置だったいわゆるホワイトリスト原状回復に向けた手続きが着実に履行されていることを確認した」と明らかにした。岸田首相も「韓国を『グループA』(ホワイト国)に追加することに向け手続きを進めている」と伝えた。

尹大統領と岸田首相は、宇宙、量子、人工知能(AI)、デジタルバイオ、未来素材など先端科学技術分野に対する共同研究と研究開発協力推進についても議論した。

岸田首相は8日午前にソウル市内のホテルで経済6団体長と懇談会も行った。懇談会は在韓日本大使館が主催し、非公開のティータイム形式で進められた。この席には崔泰源(チェ・テウォン)大韓商工会議所会長、孫京植(ソン・ギョンシク)韓国経営者総協会会長、金秉準(キム・ビョンジュン)全国経済人連合会会長代行、具滋烈(ク・ジャヨル)韓国貿易協会会長、金基文(キム・ギムン)中小企業中央会会長、崔鎮植(チェ・ジンシク)韓国中堅企業連合会会長の主要経済団体のトップが全員参加した。

 対中、対北朝鮮にも協調対応

韓日両首脳は、東アジアで北朝鮮の挑発行為が続き、中国による力による一方的な現状変更の試みに対しても、日米同盟、韓米同盟、韓日米の安保協力による抑止力と対処力を強化することの重要性について改めて意見の一致を見た。北朝鮮ミサイルデータのリアルタイム共有について議論の進展を歓迎し、主要7カ国(G7)広島サミットの際に日韓米首脳会合を開催することを表明した。

北朝鮮に対する抑止力を高めるための韓日協力の重要性も共有するものとみられる。韓国は「ワシントン宣言」で設置された「拡大抑止」のための韓米核協議グループ「NCG」に「日本の参加を排除するものではない」と説明。日本も米国との準備が整い次第、共に協力できるイシューだと語った。

 こうした協調体制は「GSOMIA」の復活強化だけでなく、すでに軍事的協調行動の強化を後押ししている。韓国と米国、日本などが参加する海上訓練が5月31日、済州島(チェジュド)南方の公海で実施される。この訓練は、大量破壊兵器(WMD)を積んだ仮想の船舶を想定し、多国籍海軍がこれらの船舶を臨検する手順で行われる。WMD拡散や船舶間の違法積み替えを阻止するために毎年実施されている。訓練の名称は「イースタン・エンデバー23」と命名されている。

今回の訓練は、定例訓練であるにもかかわらず、7日の韓日首脳会談で北朝鮮の核対応に向けた韓米日安全保障協力の強化を強調した直後に行われるため、韓米日が緊密に協力する契機になると期待されている。韓国政府消息筋は、「韓日安全保障協力の重要性がこれまで以上に強調される中で行われるため、韓米日がより緊密になるきっかけになるだろう」と話した。

 福島原発処理水問題でも視察団受け入れ

福島原発の汚染処理水が韓国の海に悪影響を及ぼすかどうかという問題は、科学的には大きな争点となり得ない事案だ。放流水は太平洋を時計回りに大きく一周し、4~5年後に韓国海域に到着する。その間、巨大な太平洋で希釈され、韓半島付近に到着する際には懸念されるトリチウムが数値的に意味をなさない濃度になる。さらに、韓国の原発団地4カ所が毎年海に放出するトリチウムは福島原発が放出予定のトリチウムの量の10倍ほどになる。さらに中国沿岸部の原発からの海洋放出量も福島原発からの放出予定量の10倍程度だという。そうした点を無視し、福島の海洋放出に文句を言うのはつじつまが合わない。

しかし尹政権はこの問題には極めて慎重な姿勢で臨まなければならない。放射能はどの国の国民でも恐怖の対象であるばかりか、特に左派系韓国国民は反日に絡めて極端な反応を示す傾向があり、従北朝鮮左派勢力がそれをデマ扇動で政治利用するからだ。

2008年の狂牛病(BSE、牛海綿状脳症)騒動の際、「米国で狂牛病の牛が新たに発見されても直ちに輸入を中断することはできない」という条項が、国民の健康を見下す検疫主権の放棄と認識され、市民の怒りが膨らんだ。そこにMBCテレビが捏造したデマ映像が流され「ろうそくデモ」が拡大し李明博政権は出鼻をくじかれた。2016年の朴槿恵大統領弾劾のときもJTBCテレビが放映したデッチ上げのタブレットPCがきっかけとなった。

保守政権当局者のささいな一言や発言が、国民の感情を刺激することを熟知している韓国の「民主労総」と「共に民主党」そして北朝鮮は、この問題での尹政権の対応ミスを虎視眈々と狙っている。岸田首相が、今回の首脳会談において福島原発処理水問題で韓国の視察団を受け入れたのは、こうした状況に配慮したものと思われる。

 竹島問題、慰安婦像問題、自衛隊機照射問題は継続議題

 今回の韓日首脳会談では、竹島(独島)、慰安婦像、自衛隊機照射問題などはあえて議題にしなかった。尹政権の政権基盤が固まり、韓米日協調体制が一層強固になれば、こうした問題も議題に上るだろう。物事を解決するには手順がある。難問は後回しにするのが上策だ。ところが、日本における嫌韓派政治家は、こうした難問の解決なしには日韓関係の改善はあり得ないと主張する。戦略的発想がなく難問解決の智恵もない、為(ため)にする無能な主張だ。

今後の日韓、韓日関係を改善する上で、いま最も障害となっているのは、こうした日本の嫌韓勢力と韓国の反日左派勢力である。この2つの勢力は、立ち位置が違うのだが、日韓、韓日関係改善を妨害する上では妙にシンクロナイズしている。

トップ写真)韓日首脳会談にて、握手を交わす日本の岸田文雄首相と韓国の尹錫悦大統領 2023年3月16日 東京・首相官邸

出典)Pool /Getty Images News




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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