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.国際  投稿日:2023/9/3

ニューヨーク・タイムズのトランプ恐怖症


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・NYT、日米韓首脳会議を「トランプ前大統領という脅威への対応」と論評。

・同盟国との団結強化の理由として前大統領を脅威とすることは異様。

・NYTはそれほどトランプ氏が怖いのかとの疑問まで浮かんでくる。

 

ワシントン郊外のアメリカ大統領山荘「キャンプ・デービッド」での日米韓3国首脳会議はこの3国の安全保障面での連携をかつてなく緊密にした点で歴史的とも評せるだろう。その連携は北朝鮮と中国の脅威に対応することが柱だった。

ところがアメリカ大手紙のニューヨーク・タイムズは長文の評論記事で「この3国合意は実はドナルド・トランプ前大統領という脅威への対応だった」と総括した。トランプ氏が2024年の大統領選挙で再選されると、このアメリカ・日本・韓国の3国関係は突き崩されるので、その防止をいま固めておくことが重要だった、というのだ。しかしなんといっても、同盟国との団結の強化の理由として自国の前大統領を脅威と特徴づけることは異様である。

ニューヨーク・タイムズのこれまでのトランプ氏叩きは徹底していた。トランプ政権の発足時からこの政権がロシア政府と共謀してアメリカ大統領選挙での有権者の票を不当に操作していたとする「ロシア疑惑」を事実だとして大々的に糾弾した。だがその疑惑にはなんの実態もなかったことが判明した。

そのニューヨーク・タイムズはこんどは自国の前大統領を中国と北朝鮮に並ぶ同じような脅威に位置づけて米日韓3国首脳会議の結果を特徴づけるのだ。しかもこの時点でトランプ前大統領の再選がありうるとして、それを恐れ、いまから対策を備えるべきだ、というのである。さらにその前提にはトランプ政権時代には日米関係も米韓関係も最悪だったから、と断じているが、これがまた事実とは異なる断定といえるのだ。

だから今回の3国首脳会談を次期トランプ政権への対策だとみなすことは、やはり過剰反応だといえよう。トランプ氏への敵意や恐怖をあまりにも高め、被害妄想という言葉をも連想させる。

この日米韓国首脳会議は8月18日、キャンプ・デービッドでアメリカのバイデン大統領、日本の岸田文雄首相、韓国の尹錫悦大統領の3人により開催された。これら3国が安全保障面での戦略的連携を強めるための軍事面を含めての協力の強化措置が多数、合意された。3国のこの連携強化は北朝鮮と中国の軍事脅威への対応であることは同会議の結果、発表された「キャンプ・デービッド原則」や共同声明により明示された。

ところがこの会議の成果や意味について報じたニューヨーク・タイムズの8月19日付の記事はこの3国合意がトランプ氏の大統領再選に備えての防護策なのだとして、以下の骨子を述べていた。

「今回の3国合意は北朝鮮と中国の脅威を念頭において、達成されたが、実はもう一つ名前の明記されない要素があった。それはドナルド・トランプだった」

「来年の大統領選挙でトランプ氏が当選して、大統領に戻る可能性を考えて、いまの時点でアメリカにとって重要な日本と韓国との同盟関係を強固にしておく必要があるのだ」

「トランプ政権の4年間、日本と韓国はトランプ大統領が両同盟国との長年の安全保障の絆や経済の協力を削減や撤回しようとしたため、苦労した。トランプ大統領はその間、中国、北朝鮮、ロシアの機嫌をとろうとしていた

「トランプ大統領は在任中、日本との安全保障条約を撤廃するとか、韓国の駐留米軍をすべて撤退させると脅していた。米日、米韓の同盟関係はいずれも大きく揺らいだ。だからバイデン政権下でこの新たな3国合意により米日韓の安全保障協力を揺るぎなくすることが望まれるのだ」

▲写真 フルトン郡刑務所に出頭した後、アトランタ・ハーツフィールド・ジャクソン国際空港で記者に向かって話すトランプ前大統領(2023年8月24日、ジョージア州アトランタ)出典:Photo by Joe Raedle/Getty Images

さて以上のような「解説」ではまずトランプ政権時代の日本との同盟関係が揺らいだというのは事実に反する。安倍首相とトランプ大統領の親密な関係に基づく日米関係はきわめて強固だったのだ。ただし韓国は文在寅大統領が北朝鮮寄りの姿勢を保ってことにトランプ政権は反発して、確かに米韓両国間に距離が生まれたことは否定できない。しかし在韓米軍を全面撤退するなどという政策はトランプ政権は示唆さえしなかった。トランプ政権の国家防衛戦略には在韓米軍28500人を現水準のまま保つという政策の堅持が明記されていたのだ。

トランプ政権が中国や北朝鮮、ロシアに機嫌をとるような宥和政策をとったと断じるのも事実に反する。とくに中国に対してはトランプ政権は歴史を変えるような強硬な対決政策をとり、それまで歴代政権の対中関与政策は失敗だったと宣言したのだ。北朝鮮に対してもトランプ政権は「炎と怒り」と題する軍事攻撃の意図をも表明していた。

しかしこのニューヨーク・タイムズの記事はそんな事実とは異なる前提に立って、第2次トランプ政権が変えることのできない強固な米日韓3国の絆をいま固めておこう、というのである。さらに異様なのはこの時点で2024年の大統領選挙ではトランプ氏が再選される恐れが高いという前提をもとっているのだ。

これはやはり過剰反応だといえよう。ニューヨーク・タイムズはそれほどトランプ氏が怖いのか、という疑問までが浮かんでくる。

トップ写真:キャンプデービッドでの日米韓三首脳会議後の共同記者会見  (2023年8月18日、米メリーランド州)出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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