習政権の「森林から農地への転換」政策

澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国の四川省成都市で森林を農地に転換する政策が進んでいる。
・目的は中国における食糧逼迫問題を改善するためか。
・中国共産党、森林を「水利の理想的な自然対策」と考えていないようだ。
前世紀末から近年に至るまで、中国共産党は「農地を森林に戻す」運動を推進してきた。
成都市では「都市周辺緑道」に400億元以上(約8000億円)を投資(a)した。ところが、最近、地元政府によって「都市周辺緑道」は潰されて、小麦などの作物を作る農地に置き換えられている。成都市トップ、施小琳は習近平主席の側近、丁薛祥第1副首相と長年、同僚だったという。したがって、施小琳は丁薛祥の指示に従ったのかもしれない。
ただ、このような地方政府の動向は中国人民の怒りを買った。習主席の父、習仲勲の霊廟(出身地の陝西省富平県)には「森林の農地への転換」に抗議する赤い横断幕が掲げられた。そこには「森林を農地に戻し、墓地を平坦にし植物を栽培している。指導幹部は身をもって模範を示せ」と書かれている。
習仲勲廟の広さは、香港島(78.65㎢)の約3分の1近くの4万ムー(2667ヘクタール=26.67㎢)である。
近頃、中国当局は頻繁に「食糧安全保障」問題を強調している。もしかすると、中国の食糧供給が逼迫しているので、「森林を農地へ戻す」政策を強行しているのではないだろうか(後述)。
今年(2023年)3月21日、武漢大学中国農村管理研究センターの呂徳文・研究員は「農地の『非食糧化』」(=『森林化』)を“是正”するため、草の根幹部は『政治的任務』の必要性から、それを進めざるを得なかった」と述べている。
実は、1998年の長江大洪水後、朱鎔基首相(当時)は「閉山して木を植え、農地を森に戻そう」と呼びかけ、約4半世紀前から「農地を森に戻す」運動が展開(b)された。
だが、最近、「農管」と呼ばれる農業総合行政執行官が「森林を農地に戻す」ため暴力的に樹木伐採を行っている。
習政権が「森林の農地への転換」と「農村管理」を強化したのは、ひょっとして、中国が直面している食糧危機の打開、及び「台湾侵攻」準備と関係があるのかもしれない。
もし、地表に森林がない場合、新たに開拓された農地では、大雨が降ると土石流が発生する恐れがあるだろう。
さて、『rfi』(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)は、ドイツ在住の水利生態学の専門家、王維洛(「三峡ダム」にも詳しい)にインタビューを行っている(c)。王は以下のように語った。
ここ数年間、中国の食糧生産量は供給にほとんど問題がない(ただし、既述の如く、習政権は戦争準備のため、食糧供給を増産させようとしているかもしれない)。
1980年代以降、中国は3回の土地調査を行い、その第1回目は1984年から1997年まで行われた。
北京政府は調査後の正式な結果を公表していないが、いくつかの文書から、中国の耕地総量が18億ムー(1.2億ha=120万㎢)ではないかと推測される。
第2回目の土地調査は2007年から2013年にかけて実施された。その結果、中国の耕地面積は20億ムー(1.3333億ha =133.33万㎢)に増えた。
第3回目の土地調査は2017年から2021年にかけて行われたが、結果は中国の耕地面積が19億ムー(1.2667億ha =126.67万㎢)となり、10年間で1億ムー(666.7万ha =6.667万㎢)の耕地が減っている。そのため、習主席が激怒したという。
なぜ、四川省成都市で、「森林から農地へ転換」が行われたのか。それは、第3回土地調査の結果、四川省の耕地が7840.75万 ムー(522万7167ha=5万2272㎢)に過ぎなかった。10年間で全体の22.2%である2239.25万 ムー(149.2833ha=1.4928㎢)が失われ、全国の耕地面積の大きな省で最もその割合が減っていることがわかったからである。
一方、例えば、1999年から2002年の3年間で、延安市は341万ムー(22万7333ha=2273㎢)の農地を森林に戻し、土壌侵食を抑えた。長江上流域の原生林は、“水利の宝庫”だと林業関係者は口をそろえて言っている。
森林は降水量の約30%を吸収する。そこで、森林地帯では非森林地域に比べて洪水流を70%~90%減少させることができる。たとえ豪雨でも、森林が吸収・蓄積するので、鉄砲水になりにくくなるだろう。
しかし、昨今、北京は、雨量の多い地域でさえ森林を農地に戻している。同じ雨量でも、森林伐採地は森林保護区より2~3倍浸水し、前者の地域での降水は鉄砲水が生じやすい。
けれども、中国共産党は、森林を「水利の理想的な自然対策」とは考えていないふしがある。北京政府は人間の管理・指揮下にある大型貯水池こそ洪水・渇水防止のための重要な対策だと位置付けているようである。そのためか、近年、中国では雨のシーズンになると多数の省市で洪水が起きている。
〔注〕
(a)『中国瞭望』
「習仲勲の霊廟で抗議の赤い横断幕疑惑」
(2023年5月2日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/05/02/2603798.html)。
(b)『中国瞭望』
「中国9省を襲った豪雨、森林を農地に戻すと災害の恐れがある」
(2023年5月3日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/05/03/2604355.html)。
(c)『rfi』
「成都天府緑道が取り壊されて農地に戻されるというのは噂か?森林を農地に戻すことを裏付ける根拠はあるのか?」
(2023年5月8日付)
(https://www.rfi.fr/cn/专栏检索/环境与发展/20230508-成都天府绿道拆道还耕是谣言-退林还耕有据可循)
トップ写真)成都で起きた大雨により、黄龍渓の古代都市が浸水 2020年8月17日 中国・四川省
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

