毛主席の「紅衛兵」と習主席の「白衛兵」
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・『中国瞭望』に記載された「毛沢東の紅衛兵、習近平の白衛兵」では、PCR検査が浸透する北京の日常生活の様子が語られた。
・コロナの蔓延が習主席の統制力強化に利用されている。
・一方、インターネット上では一党支配や個人崇拝に対する厳しい意見も少なくない。
最近、『中国瞭望』に「毛沢東の紅衛兵、習近平の白衛兵」(2022年7月24日付)というユニークな論考が掲載された。以下、一部抄訳したい。
北京市民の弁護士、梁小軍はFacebookに「今、北京の公共場所に入るには、48時間以内に実施されたPCR検査証明書が必要だ」として、彼の日常生活を紹介している。
現在、PCR検査をしなければ、出歩くことは困難である。子供達は家で勉強し、いつ学校が始まるかと、とっくの昔に期待しなくなった。だが、家長会(父兄会に相当)には毎日PCR検査がある。検査は朝7時からで、妻は6時前に下に降りて列に並ぶ。私は6時半に子供を起こし、下に連れて行き、検査をなるべく早く終え、家に帰って朝食をとる。その後、グループに報告し、パソコンをつけて授業の準備をする。PCR検査は静かに私たちの生活の中に浸透している。
梁は、今回のPCR検査で、皆が“飼い慣らされた”と指摘する。私達は、もはやPCR検査の必要性や科学的根拠について考えることもなく、ただ毎日機械的に列に並び、口を開けて「大白」(後述)に喉を突かせるだけだ。学校がそれを要求し、勤務先がそれを要求し、スーパーがそれを要求し、公園がそれを要求するからである。
PCR検査機関の検査が切り離せない存在になると、“制度化”されてしまう。そして、検査機関は、自らの利益のために、この飼い慣らしのシステムを強化する。
実際、コロナは中国共産党が人民を統制する最も優れた道具となった。梁のいう「大白」は、民間で“白鬼子”“白衛兵”“白ナチ”“白衣衛”“白無常”等と呼ばれている。コロナが流行し、人口2千万人の大都市がロックダウンすると、国家安全部や公安部政治安全保衛局ではなく、ボランティアという名の「大白」が登場した。
2年以上にわたってコロナが猛威を振るっている間、共産党の統治は弱体化するどころか、逆に、全体主義的統制を大幅に強化した。習近平主席は毛沢東主席のようにカリスマを持つ偉大な指導者ではない。毛主席の場合、多くの民衆が主席を死ぬほど愛し、紅衛兵が「毛バッジ」を胸につけた。だが習主席には、コロナが主席の最高の協力者として登場した。人々は習主席を恐れないが、コロナという“死神”を恐れる。死を恐れる人民は簡単に統治することができるだろう。
毛主席は最初、農村のならず者、後に紅衛兵を使い、伝統的な社会秩序、倫理観、道徳観を破壊した。一方、習主席は都市で疎外された人々や敗者を「白衛兵」として利用した。ある上海人の友人はこう指摘する。近所にいる「大白」の一人は、周囲から嫌われ、誰からも話しかけられないクズだった。しかし、白い防護服を着て呪文を唱えたら、すぐに魔力が憑依した義和団(白蓮教の一派ともいわれる宗教的秘密結社)のような姿になったそうである。これこそが、習主席の望んでいた効果だろう。主席は、国務院副総理だった父親(習仲勲)が、一銭の価値もない紅衛兵に殴られ、『毛沢東語録』を“御刀”としているのを目撃した。けれども、主席は、父親の失脚に同情するどころか、「白衛兵」を主席の最高の道具とした。
ところで、6月18日、上海復旦大学華山病院の張文宏教授と馬昕教授が中心となって、中国CDC週報に発表した研究論文では、オミクロンに罹患した患者のうち、ハイリスクでないグループの重症化率はゼロだと結論付けている(b)。オミクロンの変種が世界中に拡大したが、これは数ヶ月で重症化率が大幅に低下した傾向と一致する。
張博士らの調査結果によれば、上海のロックダウン中に新型コロナで死亡した人の平均年齢は80代で、これらの高齢者の死因はコロナではなく、基礎疾患で死亡しているという。
他方6月26日、新華社は習主席が第20回党大会関連で、ネットユーザーの意見や提案を研究・吸収することに関する重要な指示を出したと報じた。主席は新しい情勢の下、大衆路線を歩み、ネットなどの各種ルートを通じて国民の意見をよく聞き、世論を尊重し、党と国家がよりよい仕事をできるよう強調したという。
実は、蕭国挙という親共産党のネットユーザーが、人民日報などの党メディアによる「第20回党大会への提案・提言」コーナーを真似て、「第20回党大会への提案」をネットで募集した。
このコメント欄には、国家指導者の終身制に反対するメッセージが圧倒的に多く、2期(10年)務めた指導者は、党規約の規定「7上8下」(67歳までは就任、あるいは留任が可能。68歳以上は引退)の不文律に従って辞任するよう呼びかけている。
ネットユーザーからは、「個人崇拝や終身制には一切反対」というメッセージも残された。ベテランのジャーナリスト、李大同はネット上の世論は「厳しい声が多い」と評している。
注
(a)(https://news.creaders.net/china/2022/07/24/2507746.html)。
(b)『VOA』「『第20回党大会に向けた提言』への罵声 「ゼロコロナ政策」が習総書記再選の命取りか」(2022年7月4日付)
写真:北京でPCR検査を受ける女性(2022年7月6日)
出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。