「激動の時代と広島G7サミット」
Japan In-depth 編集部(樊明軒、菅谷瑞希)
【まとめ】
・G7サミットでは、他国の価値観を理解し我々が擁護する価値観に謙虚になるべき。
・「グローバルサウス」新興国を味方につける必要がある。
・新たに「最後の被爆地」を生まないよう訴え続けることが重要だ。
昨年から今年にかけて、ウクライナ戦争の長期化に加え、バイデン大統領就任後初の米中首脳会談、12年ぶりの日韓シャトル外交など国際情勢が目まぐるしく変化している。
こうした中、5月13日に上智大学で行われた講演会『激動の時代とG7広島サミット』では、慶應義塾大学の細谷雄一教授や一橋大学公共政策大学院長秋山信将教授、第一生命経済研究所主席エコノミスト西濵徹氏ら学識者が、19日に開かれるG7広島サミットの焦点や国際社会の行く末について議論を繰り広げた。
日本は今年のG7サミットの議長国を務め、岸田首相は「G7の首相が胸襟を開いて議論を深め、未来に向けてのアイディアとプランを明確に提示するよう、議長国として主導していきます」と述べている。特に今回の広島サミットでは、世界の分裂が進む中で新たな国際秩序を作ることが重要な議題だ。
世界がどんな方向へと進むか不安が絶えない今日、本講演は世界を分析し先を見据えるヒントを示唆してくれる。そこで、今回は講演の内容を基に日本の安全保障戦略や他国との関係構築の在り方を考察し、今後の世界を検討する一助としたい。
▲写真 外務省外務報道官小野日子氏の挨拶 © Japan In-depth 編集部
講演会は、第一部「国際政治×国家安全保障に果たすG7の役割」、第二部「国際経済×高まるグローバル・サウスの存在感とG7」の二部構成であった。
第一部の最初に、細谷雄一氏からG7サミットの存在意義について見解が述べられた。近年は新興国が台頭しその相対的な影響力低下が指摘されているが、「G7は世界の分断が進む中でも機能している数少ない国際枠組みだ。それは人権や法の支配、民主主義といった価値を加盟国が共有しているからこそ可能なことだ」。
その価値がいかに国際社会に貢献するかという点について、秋山信将氏は先進国の押し付けとしてではなく、共感を持って新興国に受け止めてもらえるように発信することが重要だと述べた。中露の批判ではなく、それを包摂する国際秩序を構築する際に価値観が重要となるのだ。
このように、G7は普遍的価値の共感を得られるよう発信する役割があるが、その決定には法的拘束力が無いが故に効果を懸念する声も上がった。それに対し西濵氏は、「今回のサミットにインドや韓国も参加するように、より多くの国が意思を表明し、G7もそれに耳を傾けることで、納得感と説得力のある決定を下すことに意味がある」と述べた。
ここで注意する点として、人々の考え方は出身国の歴史や文化に影響されており、それぞれ異なる考えを持つのは当然であることが挙げられる。「我々の考え方は日本が辿ってきた歴史によるものだということを忘れてはならない。もし我々の価値観を唯一無二のものとして他国に押し付けたら、それはロシアがウクライナに対して行った侵攻と同じである。大切なのは、相手がどのような価値観で世界を見ているのかを理解し、我々が擁護する価値観に対して謙虚になることだ」。
「G7がその「謙虚さ」を有していることが今後の希望であり、新興国から共感を得る一助になる。特に日本は戦後植民地支配を経験しておらず、各国の橋渡し役としての役割を果たしてきた。そこで培った信頼も役立てながら、最も共感を得られやすい「法の支配」という価値を前面に出し、各国を包摂していくべきである」と細谷氏は指摘した。
▲写真 日本の安全保障について意見を述べる秋山氏 © Japan In-depth 編集部
次に秋山氏を中心に、核戦略を中心とした安全保障戦略を日本はどう推進すべきか述べられた。「日本は唯一の被爆国として、戦後一貫して平和主義の路線を取っている。しかし、現実には核拡散防止条約には参加、核兵器禁止条約には不参加などその態度が一枚岩であるとは言えない。その背景には、核のない平和な世界を願う一方、核の力を完全に手放せば日本の抑止力が低下し、一層米国頼りになってしまうという懸念がある。このジレンマは戦後一貫して日本が抱えている難題だ」と公開授業の受講者一人が問題提起をした。
「重要なのはこの難題に対し、短期的な視点と長期的な視点を持つことだ。短期的には核による抑止に頼らざるを得ず、日米の枠組みが重要になるだろう。しかし長期的には、どのように世界で核を廃絶する風潮を作るか考え続けるべきだ」と秋山氏は述べた。
今回のG7サミットに目を移すと、広島が開催地ということで核の悲惨さを発信する機会がある。特に初日は各首脳を平和公園で迎える予定であり、被爆の経験から伝えられるものがあるはずだ。加えて、細谷氏は核兵器が最後に使用された長崎の他に、「新たに最後の被爆地を生まないよう訴え続けることが重要だ」と述べた。
広島と長崎の経験から、核廃絶の実現に向けて、核不使用を発信することは私たち一人一人にできることであり、それぞれが当事者意識をもってしていくべきである。
第二部ではグローバルサウスについて様々な議論が交わされた。
公開授業の受講者の一人が、そもそも「グローバル・サウス」という呼称自体、曖昧なものではないかと講演者に質問した。グローバルサウスは一般的に、米国など西側諸国と中露の権威主義国の間に位置するアジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカ地域の新興国を指す。しかし、政府開発援助の受け取り国を新興国とする見方に沿うと、中国はまだそのグループに属することになる。
こうした曖昧さがあるが、細谷氏は戦略的に「グローバルサウス」の呼称を容認する重要性を述べた。「確かに、グローバルサウス諸国はそれぞれの経済水準、利害を有しており多様である。しかし、今年1月に125か国から参加を得たサミット「グローバルサウスの声」を主催したインドは、自分たちでルールや規範を作りそれに従うという方針を示している。このように、インドは「グローバル・サウス」という語を西洋の価値の押し付けに対抗する概念として戦略的に使用している。だからこそ、日本も含めG7側はそうした呼称を容認し、寄り添う姿勢を見せることは大切だ」と述べた。
次いで西濵氏は、ウクライナ紛争などで世界の分断が進み国際貿易に影響が出るのと、輸出に依存する多くの新興国が成長を鈍化させてしまう点に課題があると述べた。
▲写真 グローバルサウスに対する見解を述べる細谷氏 © Japan In-depth 編集部
一方で細谷氏は、世界の分断が加速する原因として米中の国家安全保障戦略とデカップリングの2点を挙げた。「これらは両国の完全対立に繋がり、分断を極めている大きな要因である。しかし同時に、民間や経済、デジタルの世界ではより一層グローバル化が進んでいる。つまり、分断と融合の二つのベクトルが同時に働いており、国際経済の不透明性をもたらす原因になっている」という。
このように政治的・経済的側面の双方を融合して考える必要がある中で、今回のG7サミットで日本は今まで以上に議長国としてのリーダーシップが求められる。広島G7サミットが、法の支配に基づく国際秩序の構築や国際経済の復興を実現する起点となるよう期待したい。
また、国際平和文化都市である広島の特徴を活かし、「グローバルサウス」をはじめとする他国への呼びかけを通して、核廃絶の推進に期待したい。特に、隣国中国の核軍縮を実現させるために、中国と経済的結び付きが強いASEAN諸国や湾岸諸国などの「グローバルサウス」新興国を味方につける必要がある。
そのためには、講演で結論として出ていたグローバルサウス諸国の価値観を尊重した上で、核廃絶の価値観に共感してもらえるようにアプローチしていくべきだ。
トップ写真:広島サミット公開授業の様子 ©Japan In-depth 編集部