習主席、西安を「戦時首都」に?
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・G7広島サミットでは、中国の「台湾進攻」もメインテーマの一つとなった。
・それに対抗し中国は西安市で「中国ー中央アジアサミット」を開いた。
・唐朝時代の中国の威厳の再興や台湾進攻時に戦時首都とする狙いがあるのでは。
今年(2023年)5月19日~5月21日、第49回先進国首脳会議「G7広島サミット」が開催された。最大のテーマはロシア・ウクライナ戦争と核軍縮で、最終日、ウクライナのゼレンスキー大統領も同サミットに参加している。
また、中国の「台湾侵攻」もメインテーマの1つとなった。5月20日に発表された「G7広島首脳コミュニケ」の中には、「自由で開かれたインド太平洋を支持し、力又は威圧による一方的な現状変更の試みに反対する」という一文と共に「我々は、国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認する」(a)と言及している。
「G7広島サミット」の首脳宣言で、台湾問題への懸念が示されたことを受け、中国外務省は「中国の内政への干渉に断固反対する」(b)と反発した。
だが、我々がしばしば強調しているように、中国共産党は1日たりとも台湾を統治した事はない。台湾は自律的な島である。仮に、中国が台湾を「統一」した後、他国が台湾をどうこうすると言えば「内政干渉」に当たるだろう。だが、現時点で、同党のG7による「内政干渉」批判は意味をなさないのではないか。
さて、一方、中国共産党は、5月18日~19日、「G7広島サミット」に対抗し「中国—中央アジアサミット」を陝西省・西安で開催(c)した。
習近平主席が中央アジア5ヶ国首脳との初の自国サミット開催地として同地を選んだのは、背景には何か特別な配慮があるのかもしれない。
今の西安市は古都・長安である。特に、唐朝時代、長安は世界で最も栄えた都市の1つだった。習主席としては、中国再興の「夢よ、もう一度」というつもりなのか。
今回、新疆ウイグル自治区が西安市とのサミット開催誘致を競っていたという。だが、後者が圧勝した。その理由の一つとして、習主席の故郷が陝西省富平県であり、そこには主席の父、習仲勲の廟が存在するからだろう。
なお、習主席の弟の習遠平(1956年生まれ)は、主席が政権を握って以降、習家のスポークスマンとなった。そして、習遠平は陝西省で行われる習仲勲記念イベントには頻繁に参加していたという。
一説によれば、習政権が中央アジアを重視するのは、対外的に米国とその同盟国(日本を含む)が中国東方で「中国包囲網」を敷いているからだという。そこで、中国共産党としては、中央アジア5カ国を引き込んで、自らの“裏庭”を安定させる。いざという時、背後からの攻撃を回避しようという思惑があるのではないか。
北京政府が陝西省や西安市を重視する理由は、中国東部に戦火が広がり、天下大乱が発生した時、共産党幹部は北京から西北の内陸部に退避する(日中戦争時、中国国民党は南京が陥落した際、首都機能を重慶に移転させた)。
習主席は「中台統一」を切望しているようだが、同時に、念のため、“退路”を作っておきたいという気持ちが強いのかもしれない。その場合、西安市を将来の避難場所、いわゆる「戦時首都」とすることをあらかじめ構想しているのではないだろうか。
2020年4月、習主席は西安市を訪れ、戦争(「中台戦争」)準備と同市への政権撤退計画に関する情報を公開したという。このような兆候は、もしかすると、習主席が戦争準備とその敗北の可能性を想定した布石かもしれない。
ところで、中国ネットユーザーは今度の広島と西安の2つの首脳会議を比較し、先進国の倹約ぶりに驚嘆する一方、人民の苦労を無視した習政権の贅沢三昧を批判(d)している。
特に、今回、習主席は西安市芙蓉園紫雲楼での豪奢な演出にこだわった。ゲストは中央アジア5ヶ国首脳とそのファーストレディだけである。それにもかかわらず、国家の威信をかけ、紫雲楼でのパフォーマンスを世界に向けて誇示した。
サミット期間中、西安上空は航空機の飛行が禁止されている。マンションには監督官が配置され、居住区の住民は街から締め出された。結局、中国共産党は、今度の中央アジアサミットに数千億元(1000億元ならば約2兆円、2000億元ならば約4兆円)をかけたという。
実は、習政権は以前の国際会議や国際的イベントでも同様な事を行ってきた。例えば、北京市開催の場合、「北京ブルー(青い空)」を演出するため、通常、10日~2週間ほど、会社・工場等を休業させ、地下鉄運行や自動車走行等を厳しく制限し、経済活動をストップさせている。
〔注〕
(a)『首相官邸』
「G7広島首脳コミュニケ(2023年5月20日)」
(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100507034.pdf)。
(b)『中華人民共和国駐日本国大使館』
「在日中国大使館報道官、G7広島サミットにおける中国関連のネガティブな動向についての談話を発表」
(2023年5月20日付)
(http://jp.china-embassy.gov.cn/sgkxnew/202305/t20230520_11080746.htm)。
(c)『万維ビデオ』
「習近平、西安を『戦時首都』に極秘指定」
(2023年5月18日付)
(https://video.creaders.net/2023/05/18/2608842.html)。
(d)『万維ビデオ』
「一日の装いの中、盛唐という習近平の美しい夢は、怒りの炎の中で消滅」
(2023年5月21日付)
(https://video.creaders.net/2023/05/21/2609464.html)。
トップ写真:中国西安市の強大な壁と都市
出典:Mariusz Kluzniak/GettyImages
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。