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.国際  投稿日:2023/6/7

米国防長官「中国の脅威には倍返し」


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#23

2023年6月5-11日

【まとめ】

シャングリラ会合」でオースティン米国防長官と李・中国国防部長の間に実質的なやりとりはなかった。 

米国はインド太平洋での同盟システムの実質的強化にようやく着手。

・オースティン演説、カギは中国の脅威に直面し米国は「倍返しする」つもりだという部分。

 

まずは、欧米から見た今週の世界の動きから始めよう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを選んでご紹介している。欧米の国際問題専門家たちの今週の関心は以下のとおりだ。 

6月6日火曜日 国連総会が2024年からの安保理非常任理事国5か国を選出 

【これも毎年恒例の行事だが、力による現状変更を屁とも思わない一部の国々が「常任理事国」で、まじめに国際法を尊重する普通の国が大変な苦労をして、ようやく2年だけ「非常任」となっても、拒否権がない、となると、やっぱ、どっか、おかしいと思うのが常識だよなぁ。】 

スロバキアが「ブカレスト9」首脳会議を主催 

【ブカレスト9(The Bucharest Nine)はNATOに加盟する9つの中欧・東欧諸国が協力し、NATOのミッションや目的を支援するために設立された枠組みで、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランドとバルト三国が参加。14年のクリミア併合を受け作られた新たな政治的枠組みであり、目的はズバリ、ロシアの抑止である。】 

クウェートで総選挙、イランが駐在サウジアラビア大使館を再開 

【クウェートには、湾岸アラブ地域では珍しく(?)比較的まともな「議会」がある。ところが同国の憲法裁判所は、政府に批判的な勢力が躍進した去年9月の議会選挙の結果を無効とし、解散前の議会を復活させる判断を下した。今回がその後初の選挙となるのだろうが、クウェートでは政府と議会の対立が続いており、混乱は続くだろう。】 

6月7日水曜日 米国務長官、GCC会合に出席 

【バイデンとサウジ皇太子の個人的関係は「修復不能」に近く、ブリンケンが訪問したぐらいで一挙に関係改善が進むとは思えない。だが、国務長官の仕事は米サウジ関係を最低限繋ぎ留めることだ。お疲れ様である。】 

6月8日木曜日 イタリアで伊独首脳会議、米国で米英首脳会議、仏議会が年金開始年齢延長問題を審議 

【首脳会議ではそれぞれの二国間の懸案が議論されるのだろうが、フランス議会の審議の方が気になる。あれだけ大反対の中で通した法律を議会が再び審議するのか?詳細は分からないが、マクロンは大丈夫なのか?】 

6月12日月曜日 イスラエル・ネタニヤフ首相の収賄裁判に野党党首が証言 

【イスラエルは相変わらずだが、来週はちょうどその日にイスラエルを訪問している。来週はパレスチナ問題を書くことにしよう。】 

今週の焦点は何と言っても先週末にシンガポールで開かれた恒例の「シャングリラ会合」だ。BBCはこのアジア安全保障会議に出席したオースティン米国防長官と李・中国国防部長が「2日のオープニング・ディナーで握手し短く言葉を交わしたものの、実質的なやりとりはなかった」と報じた。 

一方、3日には、米加海軍艦艇が台湾海峡を航行中、中国海軍駆逐艦が米艦艇に接近し「安全ではない」操縦を行ったのに対し、中国は米加が「意図的にリスクを誘発している」と批判したそうだ。米国はこの李国防部長を2018年に制裁対象としており、中国は制裁解除がアメリカ側との会談の前提条件だとしている。 

日本では、国防長官が「紛争は差し迫ったものでも必然的なものでもない」「米国は新たな冷戦を望んでいない」「今こそ話し合うべき時だ」と述べ、中国側が「米国が台湾への支援と域内への軍配備、同盟の構築により対立をあおっている」と反論したと報じているのだが、うーーん、シャングリラのtakeawayはこれではないぞ。 

安全保障の専門家であれば、シャングリラ会合での重要演説や声明ぐらい読破する。この記事を書いた記者は恐らくこれらを精読していないのではないか。何故なら、ここで報じられている内容には何ら新味がなく、特に、オースティン長官演説の中の最重要部分には殆ど触れていないからだ。彼らは一体何を読んでいるのだろう? 

おいおい、それでは何が重要なのか?とお叱りを受けそうだ。詳細は今週のJapanTimesに書くつもりなので、ここではザクっとしたことしか書けないが、簡単に言えば、米国は今回、インド太平洋地域での同盟システムを実質的に強化することに、ようやく着手し始めた、ということである。 

オースティン演説のカギとなる言葉は4つ、すなわち、同盟国が「言行一致」し始めたこと、駐留米軍を「Upgrade」しつつあること、同盟関係を「operationalize」しつつあること、中国の脅威に対して「Double down」することだ。最後のDouble downについては、若干注釈が必要かもしれない。筆者の解釈はこうである。 

米語の動詞double downとは、元々はブラックジャック用語で「掛け金を倍にすること double a bet after seeing one’s initial cards, with the requirement that one additional card be drawn」であるが、これが政治用語として「自己のコミットメント・約束を強めるstrengthen one’s commitment to a particular strategy or course of action, typically one that is potentially risky」という意味に転じたものだ。 

日本語の俗語的に言うと「倍返しする」が近いかなという気がする。要するにだと言っている。筆者が中国の国防部長だったら、こんな状況で、しかも公衆の面前で、面子を失うような米中国防相会談などに応じることは決してない。中国はトップダウンで、二国間で、静かに問題を解決しようとするはずだ。 

地域編を書くスペースがなくなった。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。 

トップ写真(出典:Photo by Drew Angerer/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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