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.経済  投稿日:2023/7/2

生産性の引き上げ 高齢化が進むからこそ大事


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・日本の労働生産性の伸びは、米国よりは低いが欧州主要国と比べ遜色ない。

・高齢化が本格化する2030年代以降、生産性改善がこれまで以上に必要。

・柔軟に働き方を変えるような労働市場整備が、生産性の引き上げに貢献する。

 

日本の低生産性がしばしば話題になる。多くの場合、先進国間の比較においての話だ。国際比較の場合、米国ドル換算で行うことが多い。そのため、当然、為替レートの影響が強く出る。2020年代に入っての円安は、他の先進国と日本の金融政策スタンスの違いに起因するところが大きい。その為替レートで換算した結果をみて、足元の日本の低生産性をどこまで深刻に憂慮すべきかはよく考えた方がよい。

ひとまず、その生産性の水準の比較は置いておくとして、生産性の改善具合いをみると、必ずしも日本だけが特に停滞している訳ではない。働く者一人が一時間当たりにどれだけ付加価値を生んでいるかをみる労働生産性でも、労働や資本の投入増加では説明できない付加価値生産の改善をみる全要素生産性でも、日本は2010年代に入っても欧州の主要国並みの改善を実現している。

しかし、これから高齢化がさらに本格化し、付加価値生産に従事できる人口の割合が急速に減っていく中で、日本が貧しくならないためには、これまで以上に生産性を改善させていくことが大事だ。

生産性をさらに改善するためには、まず、働く人がどれだけ便利な機械装備等を使えるか(資本装備率)が重要になる。また、企業が研究開発や無形資産へ積極的に投資することで、一定時間でこれまで以上の付加価値生産を可能にすることも大事だ。さらに、人的投資がいかになされるかも生産性改善の鍵となる

 

■円安で目立つ「貧しい日本」

 経済協力開発機構(OECD)によれば、2021年の日本の時間当たり労働生産性は49.9ドルで、加盟38か国中27位だった。1ドル100.41円という購買力平価レートを使ったとあるので、現在の市場レートで換算し直せばもっと低生産性になってしまう。

時系列でみると、その順位は2016年までは20位だった。そこから落ちてきたのだが、目立って順位が落ちたのは2020年からだ。こうした変化は、日本で働く者の時間当たり労働生産性が、2020年代に入って急速に他の先進国比見劣りするようになったことを意味するのか。あるいは、取り残された超金融緩和の日本の通貨として2020年以降続いている円安傾向を色濃く反映したものなのか。客観的な分析は難しいところだ。事実として、足元の為替レートは、貿易ウェイトを勘案して様々な通貨と総合的に比べると、2020年と比べも約2割円安となっている。即ち、2020年当時の円の国際的な購買力を維持できる為替レートは、今より2割程度高い(1ドル140円とすれば110円程度)という計算になる。

このように、生産性の水準を国際比較しようとすると、金融政策スタンスの違いを反映した為替レートの影響が強く出るので、それだけをみて急速に日本が貧しくなっていると言うのは早急かもしれない。しかし、海外旅行の旅費の高さをみて、もうとても北米や欧州にはいけないと感じるのは誠に寂しい。

それはそれとして、少し長い目でみた生産性の水準の変化を比較すると、ちょっと景色は変わってくる。2010年代に入っても働く一人の一時間当たりの労働生産性の傾向的な伸びは、米国よりは低いものの、英国、ドイツなど欧州の主要国と比べ遜色ない。マクロ経済のパフォーマンスは、全てを合計してみるため、どうしても高齢化により代表的な家計、企業の姿が変わることの影響が入ってくる。そのため、見劣り感も強く出るのだろうが、実際は、働いている人は引き続きがんばっているというのが実態ではないか。

 

■本格的な高齢化の下では生産性改善がこれまで以上に大事

このように、現役世代はなお頑張っているのだが、付加価値の生産に従事できない人口の割合が急速に増えていくという意味で、高齢化がいよいよ本格化するのが2030年代以降の日本社会だ。その下で、貧しい日本を避けるためには、上述の労働生産性であれ、全要素生産性であれ、生産性をこれまで以上のスピードで改善させていくことがますます大事になる。

生産性を改善させるためには、付加価値生産のための要素である資本、労働、技術のいずれかの面で投入をこれまで以上に増やさなければならない。人口が減っていく中では、労働の投入を増やすのはかなり困難だ。だからこそ移民の話が出てくるのだが、人口減をフルに補える移民受け入れの実現性については様々な議論がある。短期間で社会的な答を出すことはできないだろう。

他方、資本と技術については、企業の努力でもっと早く対応することが可能だ。労働生産性を高めるための1つの方策は、働く者の資本装備を充実することである。分かり易いのは、工場などで働く者が使う機械を新しくして性能を引き上げるという例だ。そうすれば一人当たりの生産能力が高まるので、生産性は向上する。オフィスでも、働く者がワープロとか表計算ソフトとかを容易に使えるようになることで事務効率は改善する。これからはさらに、人口知能(AI)の応用によって働く者一人が処理できる仕事は増えていくだろう。

そうした有形、無形の資本装備の充実は、取りも直さず企業の広義の設備投資によって実現する。ソフトウェアへの支出などは、分類上は設備投資に入らないこともあるだろうが、生産現場であれ、オフィスであれ、飲食店であれ、働く者の生産性を高めるための企業の支出が増えることが重要なのである。

さらに、働く者の技能そのものを高めるための企業の支出も必要になる。新しい機械装備であれ、新しいソフトウェアであれ、それを多くの働く者が使いこなせなければ意味がない。そして、研究開発を通じた技術革新もまた、これから生まれる新しい需要に対応した製品、サービスの生産のためには不可欠だ。

これまで日本企業は、これらの生産性を高めるための支出に、全体として必ずしも積極的ではなかったと言われている。機械設備、無形資産、人的資本、研究開発。いずれの分野においても、先進国の中で日本企業は消極的だったという評価が多い。にもかかわらず、生産性の改善が欧州主要国に見劣りしていないというのは、日本の働く者がいかに頑張ってきたかを示しているのかもしれない。

 

■労働移動とスタートアップ

財務省の財務総合政策研究所は、昨年から今年にかけて「生産性・所得・付加価値に関する研究会」を主催し、先般、その報告書を取りまとめた。様々な研究者の多角的な議論から、今後、どうしたら日本で働く者の生産性を高めていけるかについて、色々なヒントを得ることができる。

その中に、日本も含め、主要先進国のこれまでの労働生産性の改善は、主として同一産業内で起こっており、必ずしもより生産性への高い産業へ労働が移動することによってもたらされたものではないとの分析がある。さらに、個々の企業に着目しても、これまでは企業内での生産性改善が主たるもので、企業を超えて生産要素が再配分されたことで全体の生産性が改善した部分は大きくなかったとしている。

もしそうだとすれば、より柔軟に働きを変えることができるような労働市場の整備が、さらなる生産性の引き上げに貢献するだろう。これまでの日本の労働者の多くは、働く場所を変えることや、働く内容を変えることに、保守的だったかもしれない。年齢が上がってくればなおさらそうだ。しかし、それこそAIの発達や学びの機会の拡大により、これまでよりは労働移動が容易になっていくはずだ。若い人々の間で次第に転職が普通のことになってきているのも、産業や企業を超えて、より高い生産性を実現できる分野に雇用を集めていくことができる可能性を示唆している。

さらに、何も既存分野だけが選択肢ではない。今日、20年前にはなかった製品、サービスが大きなマーケットになっている。GAFAMと呼ばれるICT企業の巨人たちは、みな米国生まれだが、その隆盛もこの20年くらいのことだ。20年後に最先端で活動している企業は、今まさに生まれているのかもしれない。成功と失敗は、かなりの部分、確率に支配されるが、その不確実性を乗り越えて、新しい分野に人材を集めることも重要だ。

その観点からは、これも最近良く話題となるスタートアップの充実もこれからの生産性改善には不可欠だ。挑戦と失敗の繰り返しの中で、初めて次世代を担う先端的な企業の成功が生まれるそうしたダイナミズムを受け入れる経済にしていくことも、これからの本格的な高齢化の中で貧しい国にならないため、生産性の向上が求められる日本にとって、まさに必要なことだ。

トップ写真:イメージ 出典:Motortion/Getty images








この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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