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.経済  投稿日:2023/6/8

日本の高齢化の2つの顔 ―少子化と長寿化―


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

 

【まとめ】

・日本の高齢化には、少子化と長寿化の2つの顔がある。

・付加価値を生み出す世代が、高齢者補助に時間をとられる社会は経済活動の面からマイナス。

・AIとロボティクスの発展を、どう社会課題の解決に役立てていくか。

 

日本が高齢化先進国であることは今さら言うまでもない。しかし、よく考えてみると、日本で進行するその高齢化には2つの顔がある。

まず少子化がある。出生率の低下から子供の数が少なくなっている。今年の国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によれば、日本の人口は2020年の1億2615万人から、2070年には8700万人へと、50年間で実に4000万人近く減少するようだ。

一方、戦後の日本で一貫して進んできたのが長寿化だ。昨年7月に発表された厚生労働省の令和3年簡易生命表によれば、戦後間もない1947年の平均寿命は男50.06歳、女53.96歳だった。それが2021年には男81.47歳、女87.57歳になった。男女という区分は現代にはそぐわないが、統計がそうなっているのでご容赦願いたい。ともかく、この74年間で日本人の平均寿命は30歳以上延びたことになる。平成以降だけでも約7歳延びている。

長く生きることは、古来、願ってもなかなか叶わなかった。この長寿化は、戦後日本社会の大いなる成功と言える。しかし、その長寿化はすでに日本経済に様々な影響を与えてきた。ごくラフに言って、これまでの高齢化がもたらしたのは、まだこの長寿化による面が大きかったと言えるだろう。そしてこれから、いよいよ少子化の影響が大きくなる。

 

■ 高齢化が進んでも貯蓄超過は解消していない

一般的に、高齢化が進めば引退世代の割合が増えるので、貯蓄を取り崩す圧力が強くなると考えられる。しかし、説明は端折るが、経常収支がなお黒字ということは、国内の貯蓄超過が解消していないことを意味する。もちろん、貿易収支の黒字基調が消え、何らかのショックですぐ赤字になるようになっているので、その意味では高齢化の影響が既に表れていると言えるかもしれない。しかし、海外資産から生じる配当、利子の受け取りも増えており、経常収支黒字は全体として今なおなくなっていない。

また、長寿にはなっているが、それと並行して健康寿命も延びているので、戦後すぐには寿命だった年齢でも、今日、多くの人は現役として元気に働くことができる。勤労意欲という面でも、他国をみると、定年延長に市民の多くが反対する例もあるのに、日本では社会をあげて否定的という訳ではないようだ。国民性なのかもしれない。そういうことが、昨今の高年齢層の就労率の上昇に繋がっているのだろう。

今、まさに引退しようとしている世代にとって、この長寿化はある意味リスクでもある。何歳まで生きるか分からないのは昔も今も同じだが、長寿化によって、引退時期を後ずれさせなければ、寿命を全うするまでの期間を安心して過ごせないという不安がある。

例えば、1975年の平均寿命は、男71.37歳、女76.89歳だったが、その時、仮に55歳で引退すれば、余生は16~22年くらいの長さだ。2021年において同様の計算をすると、60歳の引退では余生の期間が5年間程度延びてしまう。その分、現役時代に貯蓄を増やすか、65歳まで引退時期をずらすかしないと、50年前と同じにはいかないことになる。

このように長寿化は、高齢層にとって、働き続ける、あるいは貯蓄を増強する誘因になっていると考えられる。それは、例えば会社勤務する者の60歳超のところでの大幅な給与カットと相まって、企業の総人件費に下押し圧力を加える。あるいは、高齢化が進んでいるのにさほど弱まらない貯蓄意欲の下で、国内の均衡金利を低位に止めるものでもある。つい先頃まで、平均的としてみた賃金がなかなか上がらない背後には、こういうこともあったのではないだろうか。ゼロ金利でも銀行預金が減らないのも同様だ。

 

■ これからいよいよ本格化する少子化の影響

平均寿命は、2021年に10年振りに前年を下回った。傾向としても、長寿化の勢いは鈍化している。これからの高齢化の影響は、いよいよ少子化による部分が大きくなっていくと思われる。それは当然、家族構成に影響を与える。1985年に一番多かったのは夫婦と子供の世帯で全体の40%だった。しかし、2015年には単身世帯が34.5%と一番多くなり、高齢者の単身世帯、ひとり親の世帯と合わせると、全体の6割以上が一人世帯となっている。

そうした家族構成の変化に伴い、一般的に現役世代にとって親の介護の負担が増していることは言うまでもない。そして、国の負担の面でも、社会保障制度の大きなウェイトを占める医療、介護、年金にかかる費用は、基本的に高齢者の人口増と並行して増加し、国費のさらなる投入が必要になり、財政赤字を増やしていく。65歳以上の人口が減少に転じるのは、今のところ2040年代と予想されており、それまで現在の傾向は変わらない。

付加価値を生み出す能力のある世代が、高齢者の補助にどんどん時間をとられていく社会になれば、経済活動の活性化という観点からはマイナスである。しかし、自分を育ててくれた世代のことを全く顧みない者が増えていくような社会も想像はしたくない。

さらに、社会的なコストという観点からは、地球環境の保全、国家の安全保障といった新たな分野でも当面費用が増えそうだ。そうした中で少子化の経済への影響をどう乗り切っていくか、高齢化先進国の日本は世界に先駆けてこの問題に直面する。

 

■ イノベーションとそのためのダイバーシティ

もちろん筆者に画期的なビジョンがある訳ではない。しかし、困った時は創意工夫に頼るというのが、いつの世も変わらぬ人の知恵のひとつだ。創意工夫とは要するにイノベーションである。そう考えると、現在進行している人工知能(AI)とロボティクスの発展を、どう社会課題の解決に役立てていくかが、日本にとって本当に大事だと思えてくる。

人手を補うという面では、すでに様々な機械が動いており、かつ人間との接触も可能な微細な動きができるロボットも誕生している。そうした機械群を、AIによって制御していくことで、増える高齢者のケアを、時間的な意味でも、金銭的な意味でも、いかに楽なものもできるかが、現役世代が元気に経済活動を続けていく上では非常に重要になる。

高齢者世代もまた、これからの社会の変化を自覚して、背負うことができる負担を背負う覚悟を持つ必要がありそうだ。誰しも、どう使われるのか分からない税金が増えるのは嫌だ。自分が大事だと思うことに、効果的に使われているとの実感がなければ、税負担の増加はなかなか受け入れられない。ざっくりした金額の議論で、効果があったのかなかったのかちゃんと説明できないような予算が組まれていたのでは、到底、負担増の理解を高齢者層から得ることはできない。

そういう観点からは、社会の意向集約のあり方をかなり根本的に見直す必要があるかもしれない。その上で、国の予算の作成、決定、執行の過程が、国民からもっとよくみえるようにしなければならない。このことは単なる「べき論」ではなく、これからの高齢化を乗り切るために必要な対応なのだという認識が重要だ。

そして、そのような広範な社会的イノベーションを実現していくためには、試行錯誤の上でダイバーシティがどうしても必要になる。多種多様であることによって初めて、これまでにない創造的な知恵が出てくる。したがって、個々の人権を尊重し、オープンにアイディアを集め、新しい社会環境にフィットした適所適材を社会として実現していかなければならない。そうした努力が、イノベーションの活性化を通じて、日本がこれからの高齢化社会を乗り切るための知恵を生み出してくれるのではないだろうか。

トップ写真:介護タクシーに高齢者を乗せる介護者(本記事と直接の関係はありません)

出典:iStock /kazuma seki/ Getty Images Plus

 




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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