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.政治  投稿日:2023/7/16

「高岡発ニッポン再興」その91「能作」新社長、千春さんの集客力


出町譲(高岡市議会議員・作家)

【まとめ】

・鋳物メーカー「能作」本社には年間13万人の観光客が殺到。

・新社長、千春さんが始めた錫婚式はサービス開始から3年間で100組が挙式した。

・ターゲットを明確にし、戦略を打ち出せば勝機はある。

 

高岡の中心商店街は閑散としています。人通りが少なく、シャッターを締め切った店も目立っています。一方で、高岡市内には、いつも沸き立っている建物があります、鋳物メーカー「能作」本社です。中心部から相当離れているのですが、観光客が殺到しています。コロナ前の数字ですが、年間13万人ほどといいます。高岡の観光名所である瑞龍寺(年間17万人)、高岡大仏(同10万人)なので、みごとな集客力です。「能作」本社は2017年、オープンしました。どのようにして躍進したのでしょうか。

私はその謎を解くために、一冊の本を読みました。「つなぐ 100年企業5代目社長の葛藤と挑戦」(幻冬舎)です。著者は、この3月に就任したばかりの「能作」新社長、能作千春さんです。産業観光部長をつとめ、集客を実現した立役者です。カリスマ経営者、能作克治さんの長女です。

まずは、メインターゲットの設定です。30代から40代の女性にしました。食器などは、女性が関心を持ちやすいからです。また、こうした女性は子育て世代です。子ども連れで、工場見学に来てもらいたいと考えました。ママ友のネットワークで、話題となるかもしれません。

本社内には、カフェも併設しました。女性たちがくつろげる場所となるからです。千春さんによれば、カフェは、能作ブランドを伝えるメディア。錫100%の食器を実際に使用した料理を提供することで、お客様に製品を体験してもらい、製品の特長を理解してもらえるだろう。

多くの子どもたちが工場見学に訪れました。ある女の子は将来、職人になって「能作」で働くと言い出しました。その母親のメールによれば、その女の子は「能作」で働くためには、何をすればいいのかと、毎日聞いてくるそうです。また、別の子は「テーマパークより楽しい」と喜んでいました。

そして、私が驚いたのは、新たな案内係を採用する際の、エピソードです。千春さんは当初、解説のポイントを押さえた台本をつくろうとしましたが、やめました。決められた文章を読み上げると、言葉に感情が入らず、見学者との間に距離が生まれると懸念したのです。

案内係は経歴がさまざまでした。接客経験があり、分かりやすく上手に案内できる人がいれば、子どもと接するのが得意な人もいます。雑談が上手で、場の雰囲気を盛り上げるのが上手な人もいます。

千春さんは著書の中で、「台本どおりの案内ではこのような個々の力は引き出せなかったでしょうし、私も彼らのスキルの高さに気づく機会もなかったかもしれません」と分析しています。

千春さんは、見学者のグループの特性を踏まえて、案内係を決めました。その結果、見学者の満足度が高まり、リピーターが増えたと言います。「年間13万人」という数字を打ち立てたのには、それなりの理由があるのです。

千春さんはまた、2019年に結婚10周年を祝う錫婚式の事業をスタートしました。見学者の声をヒントにしたのです。錫をキーワードにしたブライダル分野です。三三九度では錫の盃を使います。また、夫婦や家族で、錫のプレートに刻印します。

千春さんは錫婚式について、当初、多くの友人らを招いた披露宴をイメージしていましたが、コンセプトを変えました。多くの友人らを招いた披露宴では、「恥ずかしかった」「どう振舞っていいのかわからなかった」などの声があったからです。そこで、夫婦や家族で向き合うセレモニーにしたのです。外向けというより、内向けにしたのです。それがヒットしました。錫婚式は2019年のサービス開始から3年間で、100組が挙式しました。

こんな千春さんに対し、克治さんは目を細めます。「千春は、僕が思いつかないような発想を持っており、次々に実現するのです。産業観光がこれだけ大きくなったのは、千春のおかげです」。

写真)能作千春さんと能作克治さん親子 能作本社前にて 富山県高岡市

ⒸJapan In-depth編集部

私は能作さんの父娘と話すと、高岡市の可能性を感じます。高岡市は、人口減や商店街の衰退など、厳しい環境ですが、ターゲットを明確にし、戦略を打ち出せば、勝機はあると、私は確信しています。

写真)「つなぐ 100年企業5代目社長の葛藤と挑戦」能作千春著

幻冬舎

能作

トップ写真:能作千春さんと能作克治さん親子 能作本社エントランスにて 富山県高岡市ⒸJapan In-depth編集部




この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。


テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。


その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。


21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

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