ラマスワミ米大統領候補が注目される理由
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・ラマスワミが共和党予備選躍進。党員対象世論調査でトランプ、デサンティスに次ぐ3番手に。
・反ESG、反ウォーク、反脱炭素原理主義の立場で発信力を武器に台頭。
・ポリコレを気にしないラマスワミの言動と彼に対する反応はアメリカを知る上で貴重。
ビベック・ラマスワミ(38)が、たぐいまれな発信力を武器に、進行中の共和党予備選で一躍注目を集める存在となっている。共和党員を対象とした主要世論調査・全国平均で、このところトランプ前大統領、デサンティス・フロリダ州知事に次ぐ3番手の位置を維持している。
今年2月に大統領選への出馬を表明した時点ではほぼ無名の存在だった。ここまで支持を伸ばしたのは、一(いつ)に掛かって口頭での発信力である。
完璧な滑舌で、機関銃のように単純明快な保守的立場を打ち出す。何を突然聞かれても決して言い淀むことがなく、細々と但書を付けることもない。
他の共和党候補の陣営からは、「彼の発言は保守派の決め台詞を並べただけで、政策以前の意見に過ぎない。あそこまで割り切った言い方ができるのは政治家ではないからだ」「まず出身地であるオハイオ州なりどこなりかの知事や市長でも務めて、政治家としての実績を上げてから大統領に挑戦すべきだ。まだ早い」といった批判の声が上がる。
確かに政治的手腕は未知数だが、「アメリカ草の根保守の本音」が鮮明に窺える点で、日本においても、その発言内容をしっかり分析すべき存在である。
ラマスワミは、インドからアメリカに移民した両親のもとに生まれた。神の実在を強調するが、クリスチャンではなく、アメリカでは少数派に属するヒンズー教徒である。ハーバード大学で特に生物学を学んだあと、イェール大学法科大学院を修了した。その後、投資会社やバイオテクノロジー会社を起業して成功を収め、かなりの財を成している。日本のソフトバンクと事業提携したこともある。
2022年、今はやりのESG(環境・社会・ガバナンス)やウォーク(woke 「意識高い系」ないしポリコレ)に基づく、左派に迎合した投資管理を批判し、反ESG、反ウォークを掲げる投資管理会社を立ち上げた。
国際的にリベラル派が主導し、日本政府や経済団体も右に倣えの態度を取るESG運動の代表的な旗は「気候変動」阻止すなわち脱炭素主義である。
ラマスワミはこの運動の欺瞞性を厳しく叩き、繰り返し次のように言う。
「ブラックロック、ステート・ストリート、バンガード(いずれも巨大な資産運用機関―島田 注)は人類史上最も強力なカルテルと評しても過言ではない。それら機関は、主要な公開企業ほとんど全ての最大株主となっており、互いに株を持ち合ってもいる。そして『皆さんの』資金をテコにして、各企業の取締役会にESG推進的な事業計画を押し付けている。投資効率は二の次で、イデオロギーが優先されている。大統領として、私はこうした動きの背後にある政府の『見えざる拳』を断ち切る」
ラマスワミは、自分が大統領になった暁には、行政の長として、反ESG、反ウォークの立場を連邦政府各機関に徹底させ、経済成長重視の立場を徹底させると言う。投資管理は彼の得意分野で、専門知識が豊かで、成功体験も有している。
ラマスワミははっきり、ESGは西ヨーロッパ発のカルトに他ならないとまで言う。
「我々の建国の父たちは、旧世界君主制からの独立を宣言するため、アメリカ革命を戦った。それは今また、ESGや『ステークホルダー資本主義』の形で頭をもたげている」(2023年9月16日付Xポスト)
「ステークホルダー資本主義」とは、従業員、顧客、取引業者、地域社会などあらゆるステークホルダー(利害関係者)に利益をもたらす企業統治(コーポレートガバナンス)を指し、本来正当な側面も持つ発想だが、往々にして、左翼活動家が主導する「黒人の命は大事」運動(BLM)や脱炭素原理主義、LGBTイデオロギーへの賛同と支援を経営陣に強要する形を取る。
やはり共和党大統領予備選に出馬し、現在支持率2位のロン・デサンティス・フロリダ州知事と同州に広大なテーマパークを持ち、かなりの程度自治権を与えられてきたディズニー社のいまだ続く争闘はその典型例である。
この場合、発端は、知事が主導した「教室で児童にLGBT教育を行ってはならない」とする州法(「教育における親の権利法」)だった。
ディズニー本社(カリフォルニア州バーバンク)の左派的労働者グループに突き上げられた同社CEOが、この州法は差別的かつ教育現場における言論の自由の侵害だと批判し、デサンティス知事が「中国で手広く商売し、共産党の抑圧に沈黙しているディズニーが偽善的なことを言うな」と反論し、法廷闘争を含む、全米の耳目を集める対立に発展した。
このLGBT問題に関し、ラマスワミは次のように言う。
「児童の混乱を『そのまま受け入れる』態度は思いやりではない。それは残酷だ。トランスジェンダーは精神的疾患であり、そうしたものとして治療されねばならない。我々の子供を守れ」(9月9日付Xポスト)
リベラル派にとっては許しがたい割り切り方だろう。
ラマスワミの脱炭素原理主義批判も、一切口籠るところがない。
「温暖で亡くなる人の8倍が寒冷で亡くなる。気温関連死に対する正しい答は、化石燃料をより手に入れやすくすることである。これは気候カルトにとって不都合な真実だ。真の緊急事態は気候変動ではない。アメリカの繁栄を脅かすのは、気候変動政策による人為的災厄だ」(9月9日付Xポスト)
また次のようにも言う。
「地球の表面は、50年前より今日の方が、より多くの植物に覆われている。なぜなら、炭素は植物にとっての食糧であり、地表温度が少し高くなったからだ。私は環境保護論者である。きれいな空気、きれいな水。国立公園の保持。皮肉なことに、唯一の焦点が気候カルトである今日の世界においては、これらはないがしろにされている」(2023年9月19日)
ラマスワミは、大統領就任初日にトランプ前大統領に恩赦を与え、連邦職員を75%削減し、ロシアがウクライナ領を一部占領した状態であっても即時停戦を図るなどとも主張する。
いずれも対立候補から、乱暴で具体性プロセスの議論に欠け、理念も見られないといった批判が出されている点である。
台湾問題に関しては、ラマスワミは次のように言う。
「少なくとも我々が半導体で独立を達成するまでは、台湾を断固として守らねばならず、その間に様々な抑止戦略を構築せねばならない。はっきりこう言う候補者は私だけだ」(2023年9月19日)
ここでも、半導体の確保云々を超えた自由世界の盟主としての戦略や意志はどこにあるのかといった疑問の声が出されている。
いずれにせよ、ポリコレを全く気にしないラマスワミの言動および彼に対する様々な反応は、アメリカの今を知る上で貴重な資料である。
引き続き、注目していきたい。
トップ写真:選挙戦で共産主義国家・中国からの経済的独立について演説するビベック・ラマスワミ米大統領候補(2023年9月21日 米・オハイオ州)
出典:Photo by Andrew Spear/Getty Images