外苑の樹木より問題なのは「公共性」~東京都長期ビジョンを読み解く!その103~
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・外苑問題、情報公開手続き踏んだが、都民・区民に伝わってなく、景観・森林の価値を軽視。
・再開発自体の必要性も問われていくべき。
・選挙の「争点」としても都民的議論をすべき。住民投票、最低でもアンケート調査なども必要。
東京都の外苑問題。樹木の伐採について、再開発反対の署名29万筆、都が事業認可したのは違法という住民の提訴などなど反対運動が起こっている。ユネスコの諮問機関の国際記念物遺跡会議(ICOMOS)が、神宮外苑再開発計画は文化遺産に危機的状況をもたらすと「ヘリテイジ・アラート」を発し、撤回を要請すると、1000本を超える樹木の伐採・移植への批判が広がり、世論も沸騰。
・神宮球場と秩父宮ラグビー場の場所の入替と建設
・高層ビル2棟を新設
・新神宮球場併設のホテルを新設
・伊藤忠の東京本社ビルの建替
・神宮球場と軟式野球場の跡地に2か所の芝生広場を整備
という計画である。スポーツ拠点整備のための再開発でもあり、前回説明したように「税金からスポーツ施設などの建設費をねん出しないで済んだこと」というメリットもある。
図)開発後のイメージ
問題は、第一に、情報公開手続きは踏んだものの、明らかに多くの都民・区民に伝わっていなかったこと。第二に、景観・森林という価値を軽視したことである。
■過去の経緯、まとめ
過去の経緯を整理すると以下のようになる。
1926年:
明治神宮外苑地区一帯は景観保護のため日本初の「風致地区」に指定
建物は最高高さ15メートルという制限
1970年:
条例で高さ制限が15メートルに
2003年11月:
共同機構、東京都都市再生協議会、東京防災まちづくり協議会が「東京都防災まちづくり計画事業提案書」を作成
2012年8月:
新国立競技場の公募開始、国際デザインコンペ
*基準には、すでに高さが「70メートル以下」との記載
2012年12月:
新国立競技場建設決定と同時に事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)が新たな都市計画を作成
2013年6月:
東京都の都市計画審議会にて神宮外苑風致地区の「高さ20m、容積率200%」制限を「高さ75m、容積率250%」に緩和。東京都が「再開発等促進区」を設定
2013年12月:
公園まちづくり制度
既存の都営霞ヶ丘アパートが撤去、新国立競技場だけでなく、日本青年館ビルや三井ガーデンホテルなどの建築物も新設
2015年4月:
都、JSC、明治神宮、高度技術社会推進協会、伊藤忠商事、日本オラクル、三井不動産らが「神宮外苑地区まちづくりに係る基本覚書」を締結、再開発へ
2016年2月:
外苑ハウスを地上8階、196戸の外苑ハウスを地上22階、約410戸、高さ80メートルもの高層マンションに建て替える計画
2016年2月:
「日本体育協会・日本オリンピック委員会新会館」を外苑ハウスの東隣に建設するプランが、近隣住民説明会で発表
2016年12月:
霞ヶ丘アパートの取り壊し完了
2018年8月:
五輪後の神宮外苑地区の再開発について、東京都は「東京2020大会後の神宮外苑地区のまちづくり指針(素案)」について30日間パブリックコメントを募集
2018年11月:
東京都にて「東京 2020大会後の神宮外苑地区のまちづくり指針」策定。
公園まちづくり制度の活用+
街づくりの青写真、地区外ながらも青山通りに170mビルが建っているという理由で、地区内の一部で容認
【意味】一定の緑地確保を条件に都市計画公園から外して再開発を認める
2020年:
東京都は再開発事業を見据えた「外苑地区のまちづくり指針」に従い、新宿区に伐採しやすくなる地域区分に変えるよう求め、新宿区が変更。神宮外苑の一部地域を規制の厳しい風致地区AもしくはB地域からS地域に。
2021年7月:
東京五輪
2021年7月:
公園まちづくり制度適用で指定解除
2021年12月:
東京都は再開発案の詳細について2週間「縦覧期間」をもうけ、渋谷区の区報に告知
2021年12月:
計画説明会
2022年2月:
都市計画審議会で、秩父宮ラグビー場周辺の約3.4ヘクタールの公園指定を解除がOKに
都市計画審議会にて、委員の都議が樹木伐採に関連する模型を持ち込むことを求めたが「模型の説明では議事録を読んだ都民が状況を把握できない」と拒否される。開発案は賛成多数で承認。
2022年3月:
聖徳記念絵画館前のエリアを加えた整備計画の範囲にて、東京都より都市計画決定告示
2023年2月:
神宮外苑地区第一種市街地再開発事業、東京都知事より施行認可の公告
神宮外苑の風致地区の地域指定の変更、新宿区議会や都市計画審議会にも報告されていなかったことが判明
2023年2月:
所有者の明治神宮が伐採許可を申請し、新宿区が許可
2036年:
神宮外苑地区市街地再開発事業、全体完成
■公共性問題その1:民主主義的にどこが問題?
ポイントは2013年6月に東京都が「再開発等促進区」を設定してことがそもそもの発端である。容積率を緩和し、建物の最高高さを80メートルまで緩和してしまったのだ。審議会で議論されていたわけでもある。メディアも報道したところがあったが、ここまで話題にはならなかった。注目を浴びずに粛々と手続きを進めればOKだろと言うのは、あまりに民主主義的な手続きとしては稚拙である。
つまり問われるのは
・都市計画審議会にだれが選ばれたか?委員の選考プロセスは適正か?
・審議会でどういう議論がされたか?内容は多角的に検証されたか?
・どういう決定をされたか?
・パブリックコメントはきちんと機能したのか?(件数)
・パブリックコメントの意見はどの程度反映されたか?
・地域住民をはじめとして都民は納得しているか?
という点がしっかりできていないのなら、「公共性」が担保された手続きとは言えない。
■公共性問題その2:空間、景観、緑の保全
この連載で何度も言っているが、空間、景観、緑の保全など公共性の意味で問題をはらむ。高層ビルの乱立は
・今まで親しんでいた景観がなくなる
・見てきた風景を変える
・緑が減少・なくなる
・都市空間や守ってきた文化が大きくイメージチェンジしてしまう
といった公共財への影響がある。民間企業はそれなりに空間を売って儲けられる。一部の人は新たな開発でメリットを感じられるだろう。しかし、その他の人たちにとっては、親しんでいた「風景」が大きく変わる。民間の開発とはいえ大きく地域社会を変えてしまうわけで、感情的にも納得いかない人もいるだろう。さらに、住民だけでなく、働く人もいるし、利害関係者は多い。全ての人が納得してもらうというのは現実的に不可能だったとしても、できる限り、きちんと説明し、説得、メディアにも説明する活動とそのプロセスは怠るべきではないだろう。
■公共性についての議論こそ必要
長年、外苑前で働いていたものだが、当時、個人的に関心をもって問題提起などしていた。しかし、東京五輪前には注目を浴びることは皆無であった。今回、樹木の伐採で注目を浴びたわけだが、東京の再開発自体の必要性も問われていくべきだろう。とはいえ、再開発にもメリットもある。今回は体育施設建設の税金がかからないというメリットがあったわけだから、これは選挙の「争点」としても都民的議論をしていくべきことだろう。そこはメディアに期待したい。
個人的には、説得と調整を繰り返してきた民間ディベロッパーの立場もわかるし、これまでの都や行政側の苦労もわかる。なのでどちらの立場でもないが、ここまで議論になった以上、ケリをつけるためには納得のいく住民投票、最低でもアンケート調査なども必要ではないだろうか。
トップ写真:神宮外苑 空撮
出典:airyuhi/a.collectionRF/GettyImages