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.国際  投稿日:2023/11/30

イスラエル「掃討作戦」は今後一層困難に


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#48

2023年11月27-12月3日

 

【まとめ】

・「戦闘の一時停止」が実質的「停戦」になれば、結果はハマス勝利、イスラエル敗北。

・現在起きていることは停戦でも、休戦でも、一時停戦・一時休戦でもない、中東半端なもの。

・イスラエルは今後徹底した「掃討作戦」が一層難しくなる。

 

この外交安保カレンダー・コラムも本稿で年初来48本目となった。

2023年もあと一カ月ほど、ということか。今週は、予想通り、ガザでの「戦闘一時停止」が2日延長されたり、中国での新たな呼吸器疾患が大流行にはならなかったり、あまり大きなニュースは見当たらない。されば、今回は先週書けなかったタイの印象を書くことにする。

久し振りで降り立ったバンコク国際空港は巨大かつ新しかった。1979年、外務省の国内研修を終え、在外研修のためエジプトに向かった際の経由地がバンコクだった。ここに来るたびに、79年当時これから向かうカイロの手前でワクワク感と不安が錯綜する奇妙な瞬間、あの在外アラビア語研修時代の始まりのことを思い出す。

さて、話を現在に戻そう。バンコク到着は朝6時だったが、幸い迎えの車にはすぐ乗れた。思わず「これは昔と違ってスムーズだな」と思ったのだが、市内に近付くと、やっぱりね、あの「悪名高き」交通渋滞は今も健在だった。

しかも、この渋滞、過去数十年間殆ど改善がないのだが、今回その理由がようやく分かった。中国だったら一週間でできる新規道路建設が、この国では「地主が土地を売らない」ために永久に不可能らしいのである。その地主たちって、一体誰なのかねぇ・・・・。もう、これ以上は言わないが・・・。

それはともかく、幸い筆者滞在時のバンコク市内の道路は比較的流れていたので、移動は楽だった。有難いことに、関係者のご支援を頂き、タイのメディアや知識人ともインタビューや意見交換を行うことができた。特に新鮮だったのはタイの若い世代の知識人たちである。

今回意見交換できた人々の数は限られていたが、シニアな知識層ほど、タイ外交をASEANなど東南アジアの視点から論ずる傾向があるのかと思った。これに対し、必ずしも多数派ではないが、若手の知識人ほどタイ外交をよりグローバルな視点から見つめ、中国に対しても「全方位外交」とは異なるアプローチを志向しているようだ。

特に、パレスチナにおいて十数人のタイ人人質が解放された事件は暗示的である。それにも拘らず、タイでは今年5月の総選挙を経てタクシン元首相派のタイ貢献党中心の新政権が発足したばかり。All politics is localという格言の通り、今のタイ外交にそんな余裕はないように感じられた。

続いては、いつものパレスチナ情勢だ。筆者の見る現時点での状況は次の通り。

●一部ながら人質が解放されつつあることは喜ばしいが、これで問題が解決する訳ではない。人質解放が続き、「戦闘の一時停止」が実質的な「停戦」になれば、厳しい言い方だが、結果はハマスの勝利、イスラエルの敗北となるだろう。イスラエルにとっては戦闘を休止するか、停戦するか、休戦するかの判断が極めて難しくなる。

●ちなみに、これらの概念には若干の混乱が見られる。英語報道では現在の状況はtemporary truceであるが、日本の一部のメディアはこれを「一時休戦」と訳していた。さて、これは一体何が問題なのか。

●英英辞書を引くと、truce, noun:は a short interruption in a war or argument, or an agreement to stop fighting or arguing for a period of time:とある。すなわち、truceとは第一義的に交戦国の思惑が一致する「戦争状態の短期間の中断」であって、「一時休戦」では必ずしもないのである。何故そんな細かいことを言うのか?

●通常「休戦」はarmisticeの訳語であり、「停戦」の長期化・正式化を意味する概念だ。英英辞書でもarmistice, noun: はa formal agreement between two countries or groups at war to stop fighting for a particular time, especially to talk about possible peace:とあり、第一義的には「交戦国が和平を議論するために戦闘を停止する公式の合意」を意味する。こう考えてくると、「一時休戦」なる訳は一種の形容矛盾に近いのかもしれない。

●一方、「停戦」とはceasefire, noun: an agreement, usually between two armies, to stop fighting in order to allow discussions about peace:すなわち、「交戦国が和平を議論するために戦闘を停止する(必ずしも公式ではない)合意」であり、armisticeほど正式な合意ではない(逆に言えば、停戦の方が破れやすい)ようだ。

●そうであれば、現在起きていることは停戦でも、休戦でも、一時停戦・一時休戦でもない、実に中東半端なものである。イスラエルの戦争目的は今もハマス殲滅であり、「休戦」はもちろん「停戦」にすら合意する気などないからだ。

●先週も書いた通り、イスラエルは今後徹底した「掃討作戦」が一層難しくなるだろうし、それはこのtraempory truceが長続きするほど難しくなるに違いない。まあ、これもすべてはハマスの「思う壺」だ。こんなこと戦闘が始まる前から分かっていたことではあるのだが・・・。

今週も時間の関係でコメントはこのくらいにさせて頂こう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ガザからハマスによって解放されたイスラエル人とロシア人人質2人を乗せたバンが到着し、迎えるイスラエル人ら。2023年11月29日 イスラエル・オファキム

出典:Amir Levy/Getty Images




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