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.政治  投稿日:2024/9/21

「軍オタ」が歪める防衛議論(前編)


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・一部の「軍オタ」は、根拠のない情報や偏った意見を拡散し、防衛論議を歪める。

・異なった意見を持つ人を攻撃し、建設的な議論を妨げる。

・批判的な視点を欠き、組織の欠点を隠蔽しようとすることで組織の改善を阻み、国民の不信感を招く。

 

人間誰でも信じたいものを信じるという性質がある。そこを怪しげな宗教に利用されたりする。だからまともな社会人は、真実や事実を知るために批判精神やリテラシーを身に着けようとする。

そういう能力に欠けるのが一部の兵器マニア、いわゆる「軍オタ」である。無論多くのマニアは趣味の軍事と現実の防衛問題を分けて考える理性がある。だが一部の「軍オタ」は自分の知識や見識に根拠のない強い自信をもっている。このためSNSであたかもその問題の専門家のように振る舞って、「正しい軍事知識」を振り回す。彼らはネット上での声が大きく、投稿も頻繁なので、そのような誤った知識が広く伝わって、国防や防衛論議を歪めている。

防衛省、自衛隊は民主国家の軍隊としては異常に情報公開を嫌う。体質は寧ろ北朝鮮や中国に近い。そのくせ自分たちの宣伝になるテレビ番組や雑誌には積極的に協力する。テレビにしてみれば、レポーターの芸能人のギャラ程度で安上がりに番組が制作できる。また協力を得るために批判的な紹介は避けるので「無敵皇軍」的な番組が氾濫することになる。対して時間がかかり、当局と対立することもある調査報道はほとんど行われない。

このような背景で声の大きい「軍オタ」のネット上での拡散はある程度信用性をもってしまう。

彼ら「軍オタ」のメンタリティはまず、信じるところから始まる。情報を扱う場合の基本はまず疑うことだ。自分に都合の良い、心地いい情報はなんの疑いも持たずに信じ込んでしまう。彼らの精神的な根幹は、

防衛省、自衛隊は常に正しい。

国産兵器は大変優秀で世界最高レベルである。

基本的に「好き」か「嫌い」かであり、アイドルオタクの「推し活」と思考形態は同じと言っていい。だから防衛省や自衛隊の発表を疑ったりしない。つまりは批判的に情報を分析することができない。また彼らの情報源である国内の「軍事の専門媒体」は、実は軍事の「専門媒体」ではない。我々軍事の世界で専門媒体といえば、筆者がかつて特派員を務めていたJane’s Defence Weekly Defence Newsなどがあるが、国内の専門媒体はマニア媒体に過ぎない。

基本的に「マニア媒体」はお客様であるマニアの喜ぶことしか書いていない。仮に10式戦車やF-2戦闘機に問題があるという情報を知っていてもライターも編集部も当局に忖度し、読者の受けが悪いから載せない。批判をすると防衛省や自衛隊から取材便宜などを受けにくくなる。だから読者の気持ちよくなる記事、悪く言えば提灯記事が多くなる。

また掲載情報も偏っている。例えば日本の航空雑誌ではほとんどヘリコプター関連の記事が載らない。読者に人気がないからだ。記事になるのはメーカーや代理店が広告を出しているからに過ぎない。同様に最近まで無人機やドローンの記事も同じ理由で少なった。当然兵站やコンポーネントなど海外の「専門誌」に載っている情報は極めて少ない。

またSNSでマニア同士で情報のひけらかしてマウントを取るが、その際に誤った、あるいは曲解された情報を信じ込んでしまう。

だから防衛省や自衛隊を批判する記事は読まないか信用しない。こうしてバイアスがかかった情報を溜め込んで、それを事実と思い込んで疑うことをしない。そのような偏向情報をもとに、防衛省や自衛隊のあり方や国産兵器の能力に疑問を挟んだり、批判をすると烈火のごとく怒るのだ。どのアイドルが好きかというのと同じ話だ。これが趣味の範疇でファミレスや居酒屋で、仲間内で議論している分には問題ない。

問題は自分の見識に根拠のない自信を持ち、自分は軍事の専門家であるとのスタンスで、SNSで現実社会の軍事や国防を論ずる場で論評したり、他者を罵倒することだ。筆者は基本的にアマチュアがネットやSNSでいろいろな分野について発言することは歓迎している。中には公開情報をもとにプロよりも優れた論考を見せる人もいる。

だが「軍オタ」は異論を唱えられると自分も素人なのに「素人は黙っていろ!」と恫喝したりする。我々は分野の性質上取材ソースを公開できない場合は少なくないが、そのソースを公開した情報ですら彼らは信用しない。

そして得てしてエビデンスを挙げてネットで間違いを批判されても匿名に逃げて謝罪も訂正もしないことが多い。だからいつまでも同じ間違いを繰り返す。

彼らは兵器や戦闘が好きなだけで、軍事に対する包括的な教養が欠けている。例えば彼らは調達コストや維持コストが異常に高くなっても「世界冠たる日本の兵器」なので許容する。自衛隊の装備は他国に比べて数倍から一桁高いことが珍しくない。過剰に高い装備に予算を食われれば他の予算が圧迫される。隊舎が老朽化されても放置されてきたのはそのためだが、彼らに言わせれば防衛費を青天井で上げれば問題ないという。

だが政府予算を青天井で挙げられるわけがない。予算の制約や優先順位という概念が理解できない。その彼らが「兵器オタ」の偏狭で幼稚な知識を専門知識と勘違いして「軍事の専門家」を自称して国防を語り、彼らの「常識」が一人歩きすることは極めて危険だ。

先述のように我が国では防衛省、自衛隊の隠蔽体質が強く、情報公開のレベルが、民主国家としてはありえないほど低い。その端的な例は例えば2024年、危機管理産業展で防衛省が公開したブッシュマスター耐地雷装甲車だ。メーカーは内部を公開しているにも関わらず、防衛省はガラスを全部目張りして内部を隠した。今年のパリで行われた軍事見本市、ユーロサトリではメーカーであるタレス・オーストラリアは内部を公開して撮影も可能だった。この件を木原稔防衛大臣に会見で、公開情報をあたかも機密のように隠すのは問題ないのかと質したが、事務方に聞いてくれと回答を避けられた。これは民主国家の「軍隊」の説明責任を果たしていない。政治家である大臣ですら公開情報を隠す防衛省の体質に問題をもっていない、ということだ。

一時が万事これである。対して同盟国の米国では、会計検査院や議会の調査局が最新型のF-35の稼働率に至るまで詳細な情報を公開している。

このような軍事情報が隠蔽されている状態ではエビデンスに基づいた、防衛論議が行われにくい。その状態で自衛隊を無批判に礼賛し「自衛隊無双」を信じる軍オタの意見がネットで拡散されることは、自衛隊に対するバイアスを強めて、多くの人に自衛隊の現実が歪んで伝わり、それを元に威勢の良い方向に世論が流れるのであれば大変危険である。

「軍オタ」諸君はまるで自分たちが防衛省や自衛隊の高官であるかのように「組織防衛」のために弁護をする。或いは戦前の「無敵皇軍」が大好きな「少国民」である。どんな組織にも欠点があり、組織防衛のためにそれを隠そうとするそれが理解でない。だが、それを暴くのが我々ジャーナリストの仕事である。それが外から防衛省や自衛隊を国民の目が届くようにして、税金の使い方として正しいか検証することになる。ところが「軍オタ」の立場からいえば、防衛省や自衛隊を疑うことは不敬であり、半国家主義、あるいは非国民ということになる。

彼らは一般的にスペックなどの細かいことには興味があるが、政治や外交、行政、産業といった業際的、マクロな視点から物事が見られない。だから調達コストがかかりすぎて予算が超過したとか、他の予算を圧迫したとかということが問題であることが理解できない。

また主張したい一点だけを強弁するために、その補強材料をネットで探してきて牽強付会な解釈をする。例えば戦後ほとんど海軍では飛行艇を使わなくなったが、海自の飛行艇US-2を主張礼賛するために、ロシアでは使っているとか例外を出してくる。常識的に考えれば、大戦後、米英など多くの国で飛行艇の運用はなくなった。ではなぜ日本だけが運用しているのだろうか、と疑問が湧くはずである。そのような普通の思考や疑問を持てない。

陸自は今世紀に入って06式小銃擲弾を採用した。これは小銃の先端に装着して発射する所謂ライフルグレネードである。だが小銃擲弾はこれまた先の大戦後に廃れた装備である。他国ではグレネードランチャーを装備しており、21世紀になって小銃擲弾を採用したのは陸自ぐらいだ。これまた常識がこのような事実を示されれば疑問に思うだろう。ところが「軍オタ」たちはいろいろな例外や断片的な情報を挙げて擁護していた。だが2020年に採用された20式小銃にはグレネードランチャーが装備されるようになった。これは陸自も小銃擲弾の採用は失敗だったと告白しているに等しいが、このような現実目にしても彼らは自分たちの不明をはじることはない。

彼らの主張は、例えばフレンチレストランで食後にブルーチーズを出されたらカビの生えたチーズを食わされたとか、中華レストランでピータンが出たら腐った卵を食わされたとか、店内や店の前で仲間を集めて大騒ぎするようなものである。思い込んでいるので理を説いても聞く耳を持たない。基礎的な教養がない上に、自分たちは常に正しいと思っているので反論に耳を傾けないで先鋭化する。

別に彼らがフェミレスや居酒屋でオタク談義するのは自由である、だが現実社会の防衛を語るとき、好き嫌いがベースで誤った知識をあたかも自分が事情通であるかのように吹聴するのは大きな問題である。

少し古いが実例を挙げてみよう。

御嶽山への自衛隊派遣、口を挟むとサヨク?

必要なのは事実に基づく冷静な議論

https://toyokeizai.net/articles/-/49744?display=b

2014年9月27日の御嶽山噴火。多くの登山客の命を奪った惨事での捜索にあたり、陸上自衛隊が派遣された。これをみたジャーナリストの江川紹子氏がツイッター上で「むしろ警視庁や富山県警の機動隊や山岳警備隊の応援派遣をした方がよさそう」と疑問をツイートしたことに対して、一部の軍事オタクらが反駁、その中には江川氏を反自衛隊の左翼と決めつけ、自衛隊の装甲車投入の必要性を強調するあまり、「装甲車は火砕流に耐えられる」、「左翼に軍事の常識を教えてやる」といったような言説で江川氏を攻撃した。結果として、江川氏が引き下がるような形で幕を下ろした。

だが間違っていたのは「軍オタ」の方だった。装甲車は火砕流に耐えられない。摂氏数百度にもなる火砕流に通常の装甲車は耐えられるはずもない。通常の装甲車が運用可能な温度はおおむね摂氏マイナス30度~プラス60度ほどに過ぎない。装甲に耐熱機能があるわけでも、冷却システムがあるわけでもない。そもそも「そのような検証や実験は防衛省でもメーカーでもやっていない」と元コマツの装甲車の設計者が筆者に証言している。

国産のF-2戦闘機も「開発が大成功した世界に誇る傑作機」と信仰に近い認識を持っている。だが所詮開発といっても米国のF-16の近代化に過ぎず、同世代のF-16の派生型にその能力は劣っていた。自慢の対艦ミサイル4発搭載も、実際に4発を搭載して実射試験をしたこともない。しかも防衛省と空幕はレーダーや主翼に長年問題があったことを隠蔽してきた。更に申せば単発機なのに双発機のF-15Jよりも維持費も高くなっていた。開発は完全に失敗である。だから空幕は調達数を減らしたのだ。そのような都合の悪いところは見ないふりをしている。

そもそも我が国にまともな戦闘機を開発する能力はない。個別の要素技術では優れたものがあるが、戦闘機というシステムを作るためのノウハウや情報を持っていない。そのための情報収集もしてこなかった。月刊軍事研究2018年1月号のF-2の開発を担当した松宮廉元空将の手記には以下のようにある。

「我が国にはフィールドデータが存在しなかったこと、つまり空戦で何機を相手にして、相手機がどの辺で攻撃してくるとかの実戦に基づくシナリオが無かった」

「このシナリオがないとソフトウェアは組めずに、漠然とした『多目標処理』という要求にならざるを得ない。そのため、C-1試験機(FTB:Flying Test Bed)に搭載して確認したこともあって、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーの技術試験は合格とされてしまった。しかし、実際は探知距離が短く、追尾中に急激な機動をすると、ロック・オンが外れるといった、全く『実用上は使い物にならない』レベルであったようである」

まともな戦闘機を開発している国ではありえない話だ。これは今に至っても同じだ。本気の国ならば実戦データをイスラエルなりから密かに購入するだろうが我が国はそういうことはしないし、諜報組織も存在しない。

(後編に続く)

トップ写真:オーストラリア・タレス社のブッシュマスター 耐地雷装甲車 出典:SimonMacGill/GettyImages




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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