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.政治  投稿日:2023/4/1

陸自新型装甲ドーザーの調達は国産ありきでは


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・防衛省は日立が開発した新型の「ドーザ(装甲付き)」(仮称)を2023年度から調達予定。

・当初日立案とトルコのFNSSが提案するAACEが候補として上がっていた。

・日立案とAACEの両方を試験調達して調査を行い、結果を公表すれば良かったのでは。

 

3月29日、総額が過去最大の114兆円あまりとなる令和5年(2023)度予算が参議院本会議で採決が行われ、自民・公明両党などの賛成多数で成立した。防衛費は過去最大の6兆8219億円で、前年度の当初予算と比べて1兆4000億円余り多く、約1.3倍と大幅な増額となった。

防衛費の大幅増額は、財源も含めて大きな議論となっているが、果たして予算は納税者が納得できる透明性を確保して合理的、あるいは効率的であるのかは大変疑問がある。

防衛省は陸上自衛隊のコマツ製の75式装甲ドーザーの後継として日立が開発した新型の装甲ドーザー、「ドーザ(装甲付き)」(仮称)を2023年度から調達する。約60年ぶりの更新である。

陸自は施設科(工兵)を軽視してきた。戦車に関しては90年に調達を開始した、90式戦車は改修・近代化すれば使えるのに、わざわざ大同小異の10式戦車を1千億円の開発費をかけて開発し、1両あたり15億円もかけて調達している。対して74式戦車と同じ世代の、75年に調達が開始された装甲ドーザーを60年近くも更新してこなかったことは施設科(工兵)軽視であり、大変問題だ。75式は途中近代化もされておらず、恐らくは部品も枯渇しており、稼働率は相当下がっているだろう。

戦車だけを新調しても、このような施設科(工兵)装備をないがしろにしては、機甲戦闘を戦えない。このような装甲ドーザーなどの戦闘工兵用機材は戦車や機甲部隊の進撃路の啓開や、退避壕、陣地などの造成に必要不可欠だ。

それは普通科(歩兵)や特科(砲兵)でも同じで、このような戦闘工兵用装備を軽視してきたことは陸自が実戦を想定していない証左といえよう。それでも遅まきながら、新型装甲ドーザーが開発されたが、その選定には相当疑問と疑惑が残る。

新型装甲ドーザーは2023年度予算では36.5億円で5両が調達される。単価は7.3億円である。新型ドーザーは75式より防御性能や速度性能が向上している。重量26トン以下 高さ:3.3メートル以下 幅:3.2メートル以下 長さ:8メートル以下。無人操縦は付加されていないが、量産品では付加される可能性があると陸幕は説明する。だがこの調達には多くの疑問点がある。

実は筆者は上記のような概要を当初防衛装備庁に尋ねた。だが装備庁では「手の内を明かさないため」として拒否した。ダメ元で同じ要求を陸幕にしてみたら、あっさりと教えてくれた。防衛省の同じ組織内部で情報の管理が統一されていないのは大変問題だ。

しかもこのような概要情報は中国を含めて多くの国が公開している情報だ。民主国家であればいわずもがな、である。このような情報をひた隠しにしているのは筆者の知る限り、我が国と北朝鮮ぐらいである。因みに後述する他の候補であったAACEのブローシャーは以下のように概要を公開している。

AACE ARMOURED AMPHIBIOUS COMBAT EARTHMOVER

民主国家であれば当然機密以外の情報を納税者に開示するのは当然である。そうしないと納税者に対する説明責任を果たせないからだ。納税者は防衛予算の使い方を監視できなくなる。ところが防衛省、自衛隊は何でもやたらに隠蔽したがる。それは組織防衛のためだろう。

このように「民主国家の軍隊」として公開して当然の情報を公開しない、秘密扱けいしていると本当に重要で機密情報かわからなくなる。そのような情報管理ができない軍隊は弱い。このような胡乱な情報管理体制を人民解放軍は鼻で笑っているだろう。そうであれば、それは抑止の上でも大変問題だ。

防衛省では新型装甲ドーザーを合計30両の調達を予定しており、開発予算は約10億円で、調達単価を5.6億円、2020年度に試験用車輌が1両、6.347億円が含まれている。

ライフ・サイクル・コストを約320億円と見積もっている。現段階では初度費は公開されていない。だが先述のように来年度調達単価は7.3億円だ。これを平均5.6億円まで下げるには残りの25輌の単価を5.26億円に以下にする必要があるが、果たして3割もコストダウンができるだろうか。過去の防衛装備の調達実績を見ると大変疑わしい。

新型装甲ドーザーに関して、当初防衛省では、日立案とトルコのFNSSが提案するAACE(Amphibious Armoured Combat Earthmover)が候補として上がっていた。

AACEはユナイテッド・ディフェンス社(現BAEシステムズ)が開発したM9として、トルコのFNSS社が開発・生産しているものだ。

複数の業界関係者によれば、当初調達単価は日立案が1億円、対してAACEは2.6億円程度であったという。トルコというと途上国というイメージが未だ強いが、防衛装備、特に陸戦兵器などでは先進国に匹敵する能力を持った装備を開発している。装甲車輌では既に我が国を超えているだろう。これは四半世紀以上何度となく現地も取材してきた筆者の実感である。

日立案のほうが安価であり、また試験用車輌調達予算が十分に無かったために、日立案だけが書類審査だけで試験調達されることになった。だが試験用車輌の調達費用は、ご案内のように6.347億円に高騰している。これだけ高騰したのであれば、普通は試作調達を再考するだろう。当初の予算であれば、両候補とも試験用車輌が調達できたはずだ。

筆者は当初の両候補からの提示金額の提示を求めたが、提出企業に配慮するためとして回答を拒んだ。本来こういう情報を公開するのが民主国家であるはずだ。少なくとも採用したものに関しては明らかにすべきだ。そうでないと調達の正当性を主張できまい。

米国では国防授権法(ナン=マッカーディ条項)で、装備品単価の一定の上昇が生じた場合、事業継続について議会の承認を要するなど調達費の歯止めをかけている。防衛省でもこれを真似て「装備品等のプロジェクト管理に関する訓令」「取得戦略計画の見直し等について」で同様な制度を作った。これによれば現行基準見積比25パーセント、当初基準見積比で50パーセントの高騰の場合、調達を見直すことになっているが、米国の制度と異なり、抜け道があって有名無実化している。

(財務省資料)

実は性能面でもAACEの方にアドバンテージがあった。AACEはエプロンの裏側に「ボウル」と呼ばれるスペースがあり、車体に排土を搭載して自重を重くできる。これによって車体は軽量でも排土機能を高める機能がある。この場合自重は8トン重くなり、重量は24.1トンに増加する。このため重量26トンの新型ドーザーに匹敵する排土機能を有していると考えられる。

AACE ARMOURED AMPHIBIOUS COMBAT EARTHMOVER

26トンの新型ドーザーを空輸する場合、C-2輸送機でしか輸送できないが、AACEはより小さいC-130H輸送機でも空輸が可能である。また船舶で輸送する場合、特に島嶼防衛においての輸送では軽量である方が有利であることは言うまでもない。

装軌車輌は長距離路上を移動する場合、トランスポーターと呼ばれる大型トレーラーに搭載しないとならないが、そのような大型トレーラーは陸自では極めて少ない。その点からみても26トンもある新型ドーザーを実戦で運用することは極めて困難である。

AACEは水陸両用機能がある。ウォータージェットを装備しており、水上を時速8.6キロで航行できる。つまりAACEは海岸など水際での工事でも使用できる。対して新型ドーザーにはその能力はないようだ。これは陸自が重視している島嶼防衛では極めて有用な能力だ。それを何故か陸幕は要求仕様で求めなかった。

また新型ドーザーは遠隔操作機能やCBRN(Chemical・Biological・Radiological・Nuclear:化学・生物・放射性物質・核)システムを有していない。

戦闘工兵機材である装甲ドーザーは敵の弾が飛び交う最前線で使う機材であり、被弾の可能性が高い。またCBRN環境でも遠隔操作による無人操縦が必要不可欠なはずだ。

装甲車輌の対CBRNシステムはキャビンを密封して加圧することによって、外気の侵入を防ぎ、換気孔のフィルターで濾過した外気の取り入れるものだ。これが装備されていなければCBRN環境で戦う場合乗員は全身を覆うNBCスーツを着用する必要がある。だが、その場合は作業できる時間が極めて限られている。汚染外地域から自走して作業現場で作業をして、更に撤退するとなれば殆ど作業をする時間はない。事実上CBRN環境では戦えない。

現段階では明らかになっていないが新型ドーザーが75式同様にクーラーを装備していなければ、夏場での作業は不可能だ。因みにAACEはクーラーが標準装備となっている。何故このような当然戦闘工兵車輌に必要不可欠な要素が新型装甲ドーザーの要求仕様にこのような項目が入っていないか筆者は理解に苦しむ。

実は防衛装備庁では2011年度から2015年度にかけて「CBRN 対応遠隔操縦作業車両システムの研究」をおこなっており、装甲ドーザーやパワーシャベルなど施設科機材の実証実験も行っている。その外部評価では「研究は順調に進捗しており、十分良好な成果が挙げられている」とされている。

外部評価報告書 「CBRN対応遠隔操縦作業車両システム」

その「良好な成果」が何故新型ドーザーに反映されなかったのだろうか。

戦時になれば戦闘工兵用の機材である装甲ドーザーは損耗率が高い。ところが陸自装備調達の宿痾で、30輌という調達数は部隊配備数だけで、予備の車輌はない。これは軍隊としては異常としか言いようがない。このため平時でも故障が起これば、予備の車輌を使うことができずに、部隊での稼働率は下がることになる。

当然ながら戦時ともなれば戦闘で消耗すれば予備がない。メーカーで増産するにしても早くても何ヶ月もかかるだろう。本来であれば予備車輌を含めて調達すべきだ。遠隔操作機能がない新型装甲ドーザーでは乗員の消耗が激しく、車輌を補充しても乗る乗員がいなくなるだろう。

更に申せば輸入品のAACEであれば、トルコやフィリピンなど他のユーザーから融通してもらうことも可能だ。またAACEのベースとなった米軍のM9は水上航行用のウォータージェットがなく、水上航行速度が遅い以外はほぼ同じなので米軍から融通してもらったM9を使用することも難しくないだろう。

そもそも僅か30輌の車体をわざわざ開発すること自体がナンセンスだ。調達数が少なければ一輌当たりの開発費は嵩むし、十分な開発費の捻出も難しい。そして試験車輌を除いた開発費は僅か3.7億円弱に過ぎない。これは装甲車輌の開発費としては極端に少ない。果たしてこの金額で設計、各種の要素開発、車内試験用の試験車輌などの手当がついたのだろうか。常識的には開発が不可能な金額だ。

量産効果もでないので、調達単価は高くなる。遠隔操作機能やCBRN機能を搭載しなかったのはこれらの機能をつけると開発費や調達単価が更に高騰するからだったからではないのか。

恐らく装備庁、陸幕は始めから国産開発ありきだったのだろう。だが競争入札の建前があるからAACEを当て馬に利用したのではないか。そうでなければ試験車両のコストが6.347億円となった段階で調達を見直したはずだ。

まともな「軍隊」であれば両方の候補を調達したはずだった。だがそれを行うと都合の悪いことがあったと思われても仕方があるまい。これは始めから調達する本命が決まっていた「官製談合」が疑われて然るべき案件である。

以前も空自の救難ヘリ調達では同様のことがあった。23.75億円という「最安値」でエアバスやアグスタ(現レオナルド)の提案を抑えて三菱重工製のUH-60Jの改良型が採用された。だが、実際の調達単価は50億円を超え、2倍以上となっている。元のUH-60Jは45億円程度していたので、更に改良を施したものが23.75億円にならないのは子供でもわかる道理だ。これまた「官製談合」が疑われる案件であった。この件では空幕長が在京英国大使から抗議を受ける異例の事態となった。防衛省は何度となくこのような入札を巡って外国のメーカーや政府から抗議を受けている。

どうせまた当て馬に使われるとなれば入札を拒否される。事実、空自の次期空中給油機調達ではエアバスは入札を辞退した。

装備調達がグローバル化する中で不透明でアンフェアな調達を繰り返せば外国メーカーからの信頼を失うことになる。今や世界の軍事予算の半分を使う米軍ですら多くの外国製装備を使用している。装備調達の多様化は必要不可欠だ。だがこのような「悪さ」をしていれば外国から相手にされなくなって、必要な情報や装備が調達できなくなる可能性が高い。

それは日本国の信用をも毀損することになるが、防衛省、自衛隊には自覚がないようだ。

今回の装甲ドーザーの調達でも日立案とAACEの両方を試験調達して調査を行い、その結果を公表すれば、そのような疑いも持たれなかっただろう。そもそも不効率な少数調達の装備の開発は止めるべきだ。また途中で極端に金額が高騰すれば開発や調達を中止すべきだ。

公開データを見る限り、調達コスト、性能的、運用、有事の際の補充などの面からAACEの方が優れているとしか思えない。

国産調達のために高いコストで低性能な装備を調達して、隊員や国民の命を危険に晒すような事があってはならない。またこのような不透明な調達を繰り返す防衛省の予算を2倍に増やしても浪費されるだけではないか。

AACE 動画は以下のHPより

AACE ARMOURED AMPHIBIOUS COMBAT EARTHMOVER

トップ写真:日立製新型装甲ドーザー 提供:防衛省 新たな重要装備品等の選定結果について 令和5年1月




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


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清谷信一

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