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.社会  投稿日:2024/1/17

極寒の冬海に40分間浸かり、なお生存!低体温サバイバルの真実


原田文植(相馬中央病院内科)

【まとめ】

・冬の海に40分間浸かっていた34歳男性。

・低体温患者を診るポイントは、基礎疾患を見逃すな。蘇生方法の違いを理解せよ。

・今回の男性もリスクはあったが、若さと肥満に救われた。

 

(漁港に車が転落 釣り客がけが(福島):ニュース – FTV 福島テレビ )

暮れも押し迫った12月28日のPM10時、救急隊から連絡が入った。

「車が崖から落ちて、ひとり海に浮かんでいます。車に何名乗っていたかはまだはっきりしません」

さっきからのけたたましいサイレンの音はこれだったのだ。

私は相馬中央病院で当直をしていた。当院の当直は一人体制。このような案件は2次救急や3次救急に慣れている病院の仕事だ。しかし、何人搬送されるかわからないのであれば、協力しないわけにはいかない。

「複数だとウチだけでは対応できません。他所の病院と協力体制が取れるならお受けします」

そう返答した。15分ほど経過し、第二報が入った。

「車に乗っていたのは海に浮かんでいる34歳の男性一人だったようです。ロープに掴まって約40分間海に浮かんでいましたが、今引き揚げました」

「すぐに連れてきてください」

なぜ車が崖から落ちたのか?自殺企図?とにかく意識はあるようだから生きている!まずは低体温が問題だろう。冬の海に40分間浸かっていた。12月28日の相馬の最低気温はマイナス4.8度(アメダス)。冬の海は冷凍庫だろう。救急室に電気毛布を用意し、同時に温水で温めた生理食塩水500mlを2本準備しておいた。

救急車到着時、搬送された男性は寒さで小刻みに震えていたが、少し笑みも浮かべていた。「死なずにすんだ!生きている!」その喜びの方が勝っていたのだろう。とりあえず、こちらの気持ちにも余裕が生まれた。肥満気味の男性の皮膚は全身凍傷のような紫色だった。直に触った皮膚は氷のように冷え切っていた。

腋下の体温は35度。意外と保たれていた。意識もあったため、治療は保温を中心に行っていけばよさそうだ。慣れない作業のため、温め過ぎた生食を少し冷まし、全開で点滴。男性は順調に回復していったが、急変もあり得る。入院して一晩心電図でモニタリングすることにした。

低体温から起こる不整脈はないだろうか?なんと心房細動が出ている!実は持病で、治療を中断していたそうだ。また既往症にてんかんもあった。これは数年前に治療終了になっているそうだ。一過性に意識消失などのことが起こっていたかもしれない。翌日撮影した頭部MRでは異常はなかった。採血結果も、CK上昇(振戦からきたと思われる)を認める以外は、ほぼ正常範囲内だった。ただし、生活習慣病を示唆する数値は正常範囲外のものも若干認めた。ドアから飛び出す際に、左足首を少し負傷した他、外傷もほとんどなかった。胸部腹部CTもほぼ異常なし。男性の希望もあり、翌日夕方には退院を許可した。心房細動と高尿酸血症の治療薬を投薬し、定期通院するよう指導した。

男性は釣り目的で相馬市松川浦に来ていた。相馬市は知る人ぞ知る有名な釣りスポットだ。東日本大震災後、漁獲制限されていたことで海産資源が回復した。面積当たりの魚の数量がなんと震災前後で8倍に増えている。

海が豊かになった原因はそれだけではない。伊勢エビやトラフグ、タチウオなど南方に生息していた魚種も20倍にまで増えている。これは気候変動による海水温の上昇が原因だと推測されている。

福島第一原発の処理水による風評被害が懸念されたが、釣り人にはどこ吹く風。釣りのメッカには県外からも大勢の釣り人がやってくる。前泊や車中泊で早朝の出船を待つ人も多い。男性は夜釣りが目的だった。慣れない土地でも釣り人はピンポイントを狙うそうだ。

暗い場所でバックしようとしてアクセルを強く踏み過ぎた。そのまま崖から落ちた。バックする際、ドアを開けたままにしていたそうだ。それが功を奏した。ドアを閉めたままだと、水圧でドアは開かなくなる可能性が高い。ちなみに、ハイブリッド車や電気自動車だと漏電する危険性はないのだろうか?国産車ではそのような報告はないそうだ。すぐにシャットダウンできるという技術のお陰だそうだが、逆にすぐに電気系統は停止されてしまう。海に沈んだ車であった場合、何も反応しなくなるわけだ。男性の運転した車種は確認できていないが、現代の車であった可能性は高い。ドアが閉まった状態であれば、脱出できなかったかもしれない。余談だが、完全に車内が浸水してしまえば、内外圧差がなくなるためドアは開き得るらしい。

しかし、冬の海の車中で内外圧差がなくなる状態まで待つ…想像したくない。

男性はドアを開けたままバックしたことで九死に一生を得た。

男性が肥満していたこともラッキーだった。身長178cm、体重96kg。過度な脂肪が命綱だった。そして、一緒に来ていた釣り仲間もいた。その彼が救急要請してくれた。一人で夜釣りに行ってはいけない。これも今後の教訓になるだろう。

医師になって25年になるが、低体温症の診療をしたのは初めてかもしれない。臨床医としてのほとんどの期間を大阪、東京などの都会で過ごしたからだ。当日、相馬中央病院の同僚の齋藤宏章医師が駆けつけて来てくれた。忘年会の二次会を抜け出してきたため、少しホロ酔いではあったが。彼は北海道の北見赤十字病院で初期研修を行った。相馬市より寒さが厳しい北見市では路上で行き倒れになっている低体温患者を診ること日常茶飯事だったそうだ。

ポイントは

(1)基礎疾患を見逃すな

(2)蘇生方法の違いを理解せよ

だそうだ。

低体温だと薬物が代謝されないため、薬が効かないということも盲点だった。つまりブドウ糖の点滴も意味がない可能性があるということだ。また重症度に応じた治療をしないといけない。体表だけを温めると、深部体温が急激に下がり、重症不整脈を発症することがある。権威である齋藤医師の存在は非常に心強かった。地方でしかできない経験を持っていることは医師として「強み」だ。今回の男性もリスクはあったが、若さと肥満に救われたのかもしれない。

この文章を書いている1月7日、能登地震による被災はまだまだ生々しい。日本海ではこれから雪も降るだろう。低体温症になる患者さんもいるかもしれない。考えたくはないが、津波の影響で水没することもあるかもしれない。都会にいる臨床医は低体温症に出会うことは決して多くない。しかし、雪国に住んでいるからといって低体温症を診療する機会が多いとは限らない。経験上、東北以北の方が空調や暖房設備が整っていて、対策されているし、繁華街のない地域では夜に出歩くことも少ないからだ。私は東京下前で訪問診療もしているが、患者さんの家は軒並み寒い。下町の長屋のような造りは夏の風通しには適しているが、冬はとても寒い。もしかしたら軽度の低体温症を見逃しているかもしれない。

また、釣り人など趣味人は、少々無理をしがちだ。万難を排して趣味を全うするための行動を取る。気持ちはわからなくもないが、ハンマー搭載、仲間とともに行動する、土地の情報収集など下準備を怠らないでほしい。

貴重な経験を共有していただき、お役に立てれば幸いである。

(本記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会Vol.24005 “極寒の冬海に40分間浸かり、なお生存!低体温サバイバルの真実”の転載です)

トップ写真:イメージ(本文とは関係ありません)出典:rbkomar/GettyImages




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