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.国際  投稿日:2024/2/4

ちょっと風変わりなアメリカの「節分」


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・「グラウンドホッグ・デー」、冬眠から目覚めたグラウンドホッグの様子で春の訪れを占うイベント。

・19世紀、ドイツ移民が多いペンシルベニア州のパンクサトーニーが起源とされる。

・風変わりなアメリカの「節分」。今年の春の訪れは早そうだ。

 

NYはここのところ、ずっと天気が悪い。テレビの天気予報によれば、1月23日以降、2月2日までの10日間、くもりか雨で、太陽は一回も顔を出していないそうだ。

今日はアメリカで「グラウンドホッグ・デー」と呼ばれる日で、朝からメディアがにぎやかである。

リスの仲間であるグラウンドホッグ(ウッドチャック、というリス科のマーモットの一種)が冬眠から目覚め、その様子を観察することで春の訪れがいつになるかの「ご託宣」を求める、というイベントの日である。

冬眠の巣穴から出てきてグラウンドホッグが、自分の影を見る(=晴れている)と驚いて巣穴にもどってしまう(=まだ冬眠がつづく=春の訪れはまだ先)、とされ、巣穴から出てきて影を見ない(=曇っている、天気が悪い)場合は、巣穴への冬眠には戻らず、春は間近、とされる。

一種の占いとも言える習慣をイベント化したもので、日本ではさほど報じられないが、アメリカでは、1月も終わり、春の訪れを感じる事のできる最初のイベントとしてそこそこの存在感がある。

このイベント、いつから始まったかというと、ペンシルベニア州のパンクサトーニーというドイツ系の移民が多い町で、19世紀後半、地元の新聞社が仕掛け人として、古いドイツの習慣をもとにしたイベントとして考案、この日を「グラウンドホッグ・デー」としたという説が有力である。

その後、カナダも含めた北米各地で「パンクサトーニーに続け」とばかりに毎年類似イベントが行われ、以来100年以上もの間「ウチが元祖」という本家争いにまで発展したという。

だが、結果、ずっと続いたパンクサトーニーの「本家本元」を主張する熱心なキャンペーンが功を奏して、今日ではパンクサトーニーのイベントが世界でも有名になった。

▲写真 第137回グラウンドホッグデーに集まる民衆(2023年2月2日 アメリカ・ペンシルベニア州パンクサトーニー) 出典:Michael Swensen/Getty Images

パンクサトーニーが本家として決定的に有名になったのは、1993年のビル・マーレイ主演の映画「Groundhog Day(邦題:恋はデジャ・ブ)」のヒットである。映画のヒットにより、舞台になったパンクサトーニーを訪れる観光客が爆発的に増え、それ以前は人口6,000人あまりの町の森の中(グラウンドホッグが住んでいる)に2,000人程度が集まる小さなイベントに過ぎなかったグラウンドホッグ・デーであるが、今では毎年、世界中から関連イベントも含めて数万人の人々と、マスコミが押し寄せるイベントに成長したという。

パンクサトーニーで「お天気占い」を行うのは「フィル(Phil)」という名前がついたグラウンドホッグで、なんと、イベントが始まった19世紀から生きているということだ。計算すると130歳以上ということになる。毎年、ありがたいご託宣をくださるので、皆、フィルを一目見ようとこの町に集まる。

とはいうものの、実際のグラウンドホッグの寿命は長くとも10年程度だそうで、何代にも渡るグラウンドホッグが「フィル」を襲名していると思われるが、公式の「パンクサトーニー・グラウンドホッグ・クラブ」の説明によると「フィルは長寿の秘薬を飲んでいるので、百数十年、ずっと生き永らえている」そうである。

グラウンドホッグ・デーを迎えた今日。

フィルの天気占いに、数千人の人々はがご託宣を伺うために夜明け前から集まり、日の出の7:30と同時に(実際の日の出は7時すぎ)インナーサークルと呼ばれる公式クラブメンバーが、切り株を模した小屋にいる(実際は閉じ込められている)フィルのドアの錠前を外し、出てきたフィル(叩き起こして無理やり引きずり出す)のご託宣をメンバーが聞き取り(グラウンドホッグ語で聞くという)、結果を人々に発表するという(今、伺ったばかりのご託宣のはずだが、メッセージは書かれている)流れだ。

(イベントの公式映像はこちら:Groundhog Day 2024 Prediction: Punxsutawney Phil does NOT see his shadow

こんにち、パンクサトーニーでのグラウンドホッグ・デーはドイツ系移民の人々の誇りである。

「フェルソムリング(Fersommling)と呼ばれるこの日の社交イベントでは、ペンシルベニア・ダッチ(ペンシルベニアドイツ語)という言葉しか使ってはならず、うっかり英語で話した者はペナルティーとして1単語に付き5〜25セントを罰金箱に投げ入れなければならない(ペンシルベニアドイツ語、とは、1985年のハリソン・フォード主演「刑事ジョンブック目撃者」でアーミッシュ、と呼ばれる人々が話す言葉である。現在も北米に30万人の話者がいるという。ちなみに「ダッチ」というのはオランダ語を指しているのではなく、ドイツ語を指す「Deutsch」から来ている)。

「元祖」を勝ち取ったパンクサトーニーの町であるが、全米各地で今でも、同様のイベントが行われている。

我が地元のNYでは、スタッテン・アイランドの動物園にグラウンドホッグの「スタッテン・アイランド・チャック」がおり、今日は朝7:30からパンクサトーニーと同時進行で同じ内容のイベントが行われた。

NYでのグラウンドホッグ・デーのイベントは、NY市長が司会を務めるなどしてたこともある。

2009年、当時の市長であった、マイケル・ブルームバーグがこのイベントの司会に。その時抱きかかえていたチャックに噛まれる、という「事件」が起きた。世界でテロが頻発していた当時、ブルームバーグは「このげっ歯類はアルカイーダによって訓練された可能性があるかどうかはなんとも言えない」とのコメントを残した。

2014年には、NY市長になったばかりのビル・デブラシオが司会者に。この年は、市長初年度に当たるデブラシオに合わせて「チャック」の孫に当たる「シャーロット」が鮮烈デビュー。しかし、デブラシオは抱いていたシャーロットを「落とす」という「事故」を起こして「シャーロット」は数日後に内蔵損傷で死亡。動物園は死亡の事実を隠したものの内部告発によりその事実が発覚。「市長がグラウンドホッグを殺した(Groundhog Murder)」という報道に対して、動物園は「自然死だった」という立場を取り続け、これがまた炎上の材料になった。

▲写真  スタッテン アイランド動物園で、グラウンドホッグの「チャック」が占った春の訪れを告げるカードを掲げるデブラシオNY市長(2015年2月2日 ニューヨーク市スタッテンアイランド区)出典:Andrew Burton/Getty Images

肝心の今年の「フィル」の予報であるが、アメリカ東海岸はずっと天気が悪く、フィルは自らの影を見ることもなく、春の訪れは早い、との結果となった。

NYの「チャック」も同様、NYもずっと悪天候だったので、同様の予報。

ちなみに「フィル」の予報的中率は3〜4割程度にとどまり「チャック」の的中率は脅威の85%とのことである。

今年の2月3日は日本の「節分」である。

古いドイツでの季節の慣習を元としたアメリカの2月2日の行事はアメリカにおける「節分」であると思っている。

NYではあす2月3日、太陽が10日ぶりに顔を出すらしい。

「冬来たりなば春遠からじ」。

桜が待ち遠しい。

トップ写真:第138回グラウンドホッグデーで、インナーサークル副会長ダン・マッギンリー氏が「フィル」の天気予報を発表した(2024年2月2日 アメリカ ペンシルベニア州パンクサトーニー)出典:Jeff Swensen/Getty Images




この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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