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.国際  投稿日:2024/2/7

米下院、経歴詐称疑惑の議員除名 NYで補選


柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

【まとめ】

・米共和党ジョージ・サントス元下院議員は経歴詐称と刑事告訴含む複数の訴追で下院史上6人目の除名処分。

・NY第3選挙区の特別補欠選挙では民主党のベテラン、トム・スオッツィ氏と、共和党の若手、マジ・メレサ・ピリップ氏が対決。

・勢いをつけたい民主党と1議席も失いたくない共和党の対決に注目集まる。

 

昨年、経歴詐称でアメリカのメディアを賑わした、共和党のジョージ・サントス元下院議員。

サントス氏は、私の住むニューヨーク・クイーンズ地区北東部と、隣のナッソー郡にまたがる、ニューヨーク第3選挙区から2022年の選挙で下院議員に選ばれたものの、当選後ニューヨーク・タイムスのスッパ抜きで、「経歴のほとんど」が詐称だった、ということが徐々に明らかになり、下院を除名された人物である。このニュース、サントス氏が選出された選挙区が私の地元ということもあって、かねてからその後を注目してみている。

サントス元下院議員、報道を見る限り、本名と出身地、誕生日以外は、全て詐称、と思われるくらい「苦労して立派な経歴を考えて手に入れた」ストーリーを良くもうまく考えたな、と思わせる人物である。そういう人物が、その後メディアが調べるまで、誰にも疑問を抱かれず、選挙民は見事に欺かれた。ちなみに、本人は刑事告訴も含む現在20以上の連邦法違反などで訴追されている

サントス氏は、幼い頃は家庭が貧しく、私のアパートから15分くらいの小学校に通っていたらしいが、高校などへは通えず、その後、高校卒業資格テスト(GED、General Educational Development)に合格したという。テストに合格した証明書を所持していることまでは確認されており、それは事実らしい。

ウソで塗り固められた経歴は主にここからはじまる。

ニューヨーク市立大学で経営学修士を獲得、卒業し、ゴールドマンサックス、シティーバンクなどで働き、努力して貧しい身分から登りつめた経歴は華々しいものであった、とされたが、全ては本人が騙った「ウソ」であった。加えて、家族や、出生にまつわる話などにも「ウソ」が多く混ざっていた。

野党民主党から非難の声が上がる中、終りが見えない壮大なウソの話の連続に、身内である共和党からも「巻き添えはごめん」とばかり辞任の要求が上がり「除名決議案」への投票が行われたが、賛成票が多く得られず、除名はひとまずは見送りとなった。それでも身内への批判がきちんと形として決議にかけられるのはどこかの国とは違う。

その後、倫理委員会の詳細な調査報告書で、サントス議員は、ブラジルでの詐欺行為で刑事事件の被疑者とされていたこと(居所がわからなくなったため捜査が中断)も含め、横領、公金私的の使い込みの証言などが十数万ページに及ぶ報告書で具体的にあきらかになり、身内もかばいきれず、昨年の12月1日、下院の除名決議で、共和党員も賛成に回ったこともあって、超党派投票により、除名に必要な3分の2の票を集め、議員の身分は剥奪され、下院史上、6人目の除名処分になった

その結果、サントス氏が選出されたニューヨーク州下院議員の第3選挙区は空席となり、特別補欠選挙が来る2月13日に行われることになった(ちなみに何かと話題の、AOCことアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員は、サントス氏のニューヨーク第3選挙区の隣、私が居住する地元、クイーンズ区北西、及びブロンクス区であるニューヨーク第14選挙区の選出である)。

選挙で相対するのは、選挙区・議席奪還を狙う民主党の元下院議員トム・スオッツィ氏(Tom Suozzi)と共和党、マジ・メレサ・ピリップ氏(Mazi Melesa Pilip )である。

スオッツィ氏は元々、第3選挙区から選出された民主党下院議員で、2022年、ニューヨーク州知事選に出馬するため下院議員を辞退(結果、知事選には、同じ民主党のキャシー・ホークルが当選)、行われた後任を選ぶ、第3選挙区選挙で下院議員の座を共和党のサントス氏に明け渡してしまうことになってしまった。

スオッツィ氏は、政治家としてのキャリアは地元グレンコーブ市の市長を努め、下院議員を6年務めた後、ニューヨーク知事選にも出馬した。第3選挙区は、狭い選挙区ではあるが、地元では圧倒的に有名ではある。

▲写真 ニューヨーク州知事候補として講演を行ったトム・スオッツィ氏(2022年4月6日)出典:Photo by Michael M. Santiago/Getty Images

相対する共和党候補のピリップ氏はエチオピア生まれのイスラエルからの移民で、第3選挙区ともかぶる、ナッソー郡第10選挙区選出の現職の郡議会議員である。

イスラエルでは、イスラエル国防軍空挺部隊に所属しており、その後、夫と主に2005年にアメリカへ移住した。ユダヤ人であり、反ユダヤ主義に強く反対する立場である。エチオピア生まれであるピリップ氏は黒人でもあり、当選すると下院にいる黒人共和党員の中で唯一の女性となる。

▲写真 記者会見を行うマジ・メレサ・ピリップ氏(2023年12月15日) 出典:Photo by Adam Gray/Getty Images

だが、ピリップ氏は郡議会議員として2021年に初当選、まだ政治家としての経験は3年未満にすぎない。しかし、除名されたサントス氏が「ユダヤ人であることを詐称」して当選したことを考えると「イスラエル出身のユダヤ人」であることは重要なこととも思われる。

実績と言われるものが殆どないピリップ氏が、この選挙でスオッツィ氏にどれほど肉薄できるかが見ものではないだろうか。

もともと民主党基盤であった第3選挙区は、僅差ながら前の選挙で共和党にその座を明け渡してしまった。背景にはコロナ禍以降、民主党が政権を握った結果、急増した犯罪増加への対策アピールが大きかったと言われる。

加えて、民主党が主導する移民問題なども大きな問題となっており、民主党基盤、と言われた地元一帯は、徐々にその信頼を失い、共和党の支持が強まってきている感がある

しかし、今回の選挙に限って言えば、功を焦って「良いとこ取り」で、サントス氏の100近くはあると思われるウソ、詐称を良く調べもせず、2年前の選挙で「有権者を騙して」投票させてしまった共和党へのダメージがないわけはない

それでも、実績も、大きく振りかざすほどの公約も政治アピールも弱いピリップ氏が候補者に指名されたのは、共和党は強力な候補者がいないという、立場を変えた「トランプ対バイデン」バージョンにも見えてしまう。

議席バランスが微妙な下院において、勢いをつけたい民主党に対して、1議席も失いたくない共和党

大統領選挙への影響もあり得るこの選挙は、アメリカ全土から注目が集まる選挙になることは間違いないだろう。

身内だからと言って、サントス氏を徹底的に庇い立てしなかった共和党は、どこかの国の政党と違い、その点はまだ国民から評価される余地が残っているかどうか。アメリカの選挙権がない自分ではあるが、地元での選挙でもあり、結果を大いに注目している。

トップ写真:下院除名が決定した決議後に取材に応じるジョージ・サントス元下院議員(2023年12月1日)出典:Photo by Drew Angerer/Getty Images




この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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