無料会員募集中
.社会  投稿日:2024/1/4

NHK絶叫アナ「命を守る呼びかけ」とは 令和6年能登半島地震


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・能登半島地震発生時、NHKのアナウンサーの絶叫調呼びかけが話題に。

・3.11の教訓からNHKが取材を重ね、防災時の呼びかけを作成した。

・私たちも普段から自然災害への備えを万全にしておきたい。

 

「大津波警報が出ました!石川県能登地方、大津波警報です!大津波が来ます!今すぐ逃げてください!津波は到達とみられます。予想の高さは5メートル。今すぐ可能な限り高いところに逃げること!決して立ち止まったり引き返したりしないこと!周りの人にも津波が来るぞ、高台に逃げろと呼びかけながら逃げること!みなさんで命を守ってください。命を最優先に今すぐ逃げてください!」。

今すぐ避難!今すぐ避難!今すぐ避難!」。

元旦、令和6年能登半島地震が発生した直後、NHKをつけてこのアナウンサーの絶叫に度肝を抜かれた人は多かっただろう。

時には声が裏返っており、尋常でない雰囲気が伝わってきた。「落ち着いてください!」、と言いながら、これではむしろ視聴者はパニックになるのでは、と思ってしまった。私の知る限り、このような絶叫災害中継を聞くのは初めての経験だった。

中継の最中には、「情報はラジオやスマートフォンでも入手できます。テレビを見ていないで急いで逃げてください!」という部分もあり、そこを見出しに取り上げたメディアもあった。とにかく、聞く人にとっては衝撃だったのだろう。一時、#NHKのアナウンサーがトレンド入りしたくらいだ。

絶叫していたのはNHK東京アナウンス室の山内泉アナ。「ニュース7」でおなじみだが、画面に映っていなかったので、その時は誰だかわからなかった。普段のニュースの読みとあまりにも声のトーンがかけ離れていたからだ。山内アナは依然金沢放送局にも勤務していたこともあり、地元の被災に衝撃を受けていたに違いない。

同時に民放の地震関連特別報道番組もチェックしたが、どの局のアナウンサーも抑制的な話し方で、山内アナのように絶叫しているアナウンサーはいなかったので、よけい目立った。

NHKを見ているうちにはたと気づいた。テレビを見ているのは高齢者が多い。東日本大震災の時も家にとどまり続けた人や、いったんは逃げたが貴重品を取りに家に戻って津波に流された人が多数いた。家から動こうとしない年寄りを、津波避難教育を受けていた孫が無理やり祖母や祖父の手を引っ張って避難させた、というエピソードも当時よく紹介されていた。

それを思い出し、こうした絶叫中継は「いますぐ逃げなくては大変だ」という緊迫感を高齢者に与えるものとして有効だと考え抜いてやっているのだと気づいた。

その後調べてみると、NHKのアナウンス室は、ことばで命を守るにはどうしたらいいか考え続けてきたことが分かった。「NHKアナウンサーによる命を守る“防災のよびかけ」というホームページにその取組みが紹介されている。

災害報道に備えてNHKのアナウンサーが改善を重ねてきた呼びかけの文言、および音声(AIを活用した合成音声)がそのサイトで公開されている。東日本大震災の時、時間的猶予があったのに多くの人が犠牲になった反省から、どう情報を伝えたら人は逃げるのか、どんな言葉なら人の行動を促せるか、被災者や専門家に取材して、呼びかけの文言を作成、蓄積してきたのだという。大雪、大雨、熱中症バージョンがある。

NHKには約500人のアナウンサーがいるという。各地域でもこの呼びかけをマニュアルにして「防災教室」を開催している。

NHKの資料をみると、「大雨」の場合を取り上げ、「雨が降り続いて降り方が強まった場合」には、視聴者に「いつもと違う状況を感じ取って」もらうために、「いま避難しないと危ない!」という「願いを言葉に込めて」アナウンスする、と明記している。

さらに、ポイントとして、「はっきり/強めの口調で」、「いつもより2段階くらいギアを上げるイメージ」で、としている。

視聴者からは感じ取れないかもしれないが、アナウンサーは普段からかなり「声を張って」読んでいる。単に大きな声で読んでいるというわけではなく、どの部分が重要か考えながら、強弱やイントネーションを変えて視聴者に内容が伝わるよう、考えながら読んでいるのだ。それを2段階ギアを上げる、というのは視聴者から見たらかなりの強調具合いだと思う。

そしてこの資料を見る限り、次の段階として「最悪期」=「非常事態を伝える」がある。そこでは、「命最優先!なんとかしのいで!」との気もちを込めて、「深刻さを伝える」と「冷静な判断を呼びかける」を両立させることがポイント、とされている。

「大津波警報」が発令された瞬間に、山内アナの声のトーンが大幅にギアアップしたと当時に、「周りの人にも、津波が来るぞ高台に逃げろと呼びかけて逃げること!」と伝えながら、「大人よりもこどもの方がストレスを感じていると思います。しっかり手を握ってあげたり、抱きしめてあげたりしてください」などと呼びかけたのは、まさにこのマニュアルに則ったものだと思われる。実際に理論が実践されたわけだ。

正直、全国ネットであり、かつマンパワーがあるNHKならではの取り組みであり、今回はその成果が出たと思う。NHKの中継を聞いて避難した人も多かったのではないだろうか。

自然災害が起きるたびに必ずといっていいほど「こんなことが起きるなんて想像もしなかった」という被災者のインタビューが紹介される。人は忘却の生き物だ。東日本大震災も発生からすでに13年たった。

日本列島、地震はいつ、どこで起きるかわからない。災害時の備蓄は万全か?、家族が離れ離れになった時の連絡の取り方は?など、お正月は家族がそろっている時期でもあり、話し合っておくことが重要だ。

トップ写真:令和6年能登半島地震により倒壊した家屋(2024年1月3日石川県 穴水市)出典:Tomohiro Ohsumi/Getty Images




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."