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.社会  投稿日:2024/6/9

GLP-1 薬、うつ病にも効果あり!?


大西睦子(米国ボストン在住内科医師)

【まとめ】

GLP-1薬は、血糖値の改善、血圧の低下、体重の減少などの利点に加え、うつ病への効果も期待されている。

・ただし健康な人がGLP-1薬を減量としてのみ使用すると、身体的、心理的な副作用が生じることも。

GLP-1薬の利点が副作用のに見合うかどうか、医師と一緒に決めるべき。

 

 相変わらず人気のGLP-1 薬。最近、うつ病への効果も話題になっています。

  •  肥満とうつ病は双方向の関係

 米国疾病予防管理センター(CDC)(1)によると、うつ病を患う20歳以上の米成人の43%が肥満も患っています。また英国エクセター大学の研究者らが、うつ病患者4万8000人を、29万人を超える対照群と比較したところ、BMI が高いほどうつ病のリスクが高まりました。リスクは男性(8%)よりも女性(21%)で増加しました(2)。

 一方、C D Cによると、米成人のほぼ11%が抗うつ薬を服用しています(1)が、多くの抗うつ薬の副作用に体重増加が知られています。2019年のレビュー(3)では、抗精神病薬で体重が7%以上増加し、特定の抗うつ薬では体重が5%増えました。原因は明らかではありませんが、薬が食欲を増進させ、代謝を低下させる可能性があることが指摘されています。

 さらに、いったんうつ病の症状が現れると、運動が難しくなり、肥満が悪化する可能性があります。うつ病が肥満を引き起こすのか、それとも肥満がうつ病を引き起こすのか・・・。鶏が先か、卵が先かという問題のようです。

 そのような中、米国最大の電子医療記録会社の 1 つである Epic の調査部門「Epic Research」 の報告(4)で、GLP-1薬による減量で、うつ病や不安症の診断のリスクが減ることが示されました。

  •  GLP-1薬はうつ病の治療薬になる!?

 この調査では、300万人以上の糖尿病患者と100万人近くの非糖尿病患者で、オゼンピックおよびウゴービ(一般名セマグルチド)、マンジャロおよびゼップバウンド(一般名チルゼパチド)などの有名ブランドに代表されるGLP-1薬を利用している患者を分析しました。

 すると、セマグルチドを利用した糖尿病患者は、うつ病と診断される可能性が45%低く、不安症と診断される可能性が44%低いことがわかりました。一方、チルゼパチドを利用している糖尿病患者は、うつ病と診断される可能性が65%低く、不安症と診断される可能性が60%低いことがわかりました。

 またニューヨークタイムズ(NYT)によると、米国では、「一部の精神科医は、多くの抗精神病薬や、うつ病や不安症の治療に使用される一部の薬に見られる体重増加に対処するために、オゼンピックの処方を開始」しています(5)。

 NYTは、米国の主要な医療システムの13の主要な精神医療施設と精神科から話を聞きました。そのうち6施設は、すでにオゼンピックのような薬を患者に勧め、処方していると答えました。7施設は、安全性や副作用への懸念を理由に、また減量薬の処方は自分たちの範囲外であるとの考えを示し、処方はしないと答えました。

 専門家らは、「重度の精神疾患をもつ人々が、これらの薬でどのような状態になるかがほとんど分かっていない中で、おそらく無期限に服用することになる薬を処方するのはどうか」「うつ病、双極性障害、その他の精神疾患をもつ人々がセマグルチドを服用しているというデータはほとんどない」「体重を増やしたくないという理由で、精神科の薬の服用をやめたり、服用をまったく拒否したりする人は多い」など、処方の是非についての議論を交わしています。

 ところで、否定的なボディイメージは、羞恥心や不幸感を引き起こし、うつ病や不安症のリスクを高めます。そこで身体を受け入れることに関して、「ボディ・ポジティブ」、「ボディ・ニュートラル」という2つの考え方が支持されています。ただしGLP-1薬の登場で、「ボディ・ポジティブ」への批判が始まりました。

  •  GLP-1薬が「ボディ・ポジティブ」に与える影響

 まず、米クリーブランドクリニックの情報(6)を参考に、これらの考え方をご説明しましょう。

 同クリニックの心理学者スーザン・アルバース博士は、「より大きな意味で、ボディポジティビティとは、体の大きさ、体型、肌の色、性別、身体的能力に関係なく、すべての体を受け入れることを提唱する社会運動です」「中心的な考え方は、美しさは社会によって作り上げられたものであり、それによってその人の自己価値が決定されるべきではないというものです」と言います。

 この運動は、非現実的な美の基準や理想に挑戦するものです。1960年代の太っている人の権利運動が、ボディ・ポジティブへの道を開いたと言われています。米国における肥満排斥とダイエット文化について書かれた『もっと多くの人が太るべきです!(More People Should Be FAT!)』という記事を読んだビル・ファブリー氏は、その著者であるルー・ラウダーバック氏に連絡を取りました。ふたりとも太っている人が不当に扱われているのを見るのにうんざりしていたので、志を同じくする人々の小さなグループを組織するために協力しました。このグループは教育とアドボカシー活動を通じて、肥満社会の生活改善に取り組みました。

 現在、このグループは「全米肥満受け入れ推進協会(NAAFA)」(7)と呼ばれています。1990年代後半から2000年代前半にかけて、より多くの人々がオンラインで交流するようになると、ネットいじめやボディシェイミング(人の見た目を馬鹿にしたり、批判すること)がありふれたものとなりました。否定的な意見を遮断するために、肥満活動家とその仲間たちは、より声を大きくし、目立つようになったのです。彼らが自分たちの身体とスタイルを讃えることで、他の人々もそれに参加し、ありのままの自分を受け入れるようになりました。

 ただし、その全体的な意図は良いものでしたが、ボディポジティブ運動は長年にわたって批判を浴びてきました。まず有色人種、障害者、LGBTQIA+コミュニティが、この運動からしばしば取り残されているという指摘があります。もうひとつの批判は、ボディ・ポジティビティが時として非常に非現実的であることです。自分の体を本当に愛していないのに、愛せというのは、自分の感情をさらに抑圧することを人々に教えかねません。感情を抑圧することは、より高いレベルの不安、うつ病、摂食障害、そして時には極端な場合、自殺につながります。

 そんな中GLP-1薬が登場しました。ボディポジティブ運動の中でこれらの薬はどのような位置づけにあるのでしょうか。

  •  オゼンピックが勝ち、ボディポジティブは負けた!?

 さまざまなニュースが反響を取り上げています。例えば・・・

 ガーディアン(8):フリーランスのライターレイチェル ピック氏は、「オゼンピックが勝ち、ボディポジティブが負けた。私はそれに関わりたくない」という記事で以下のように語ります。

 私は太っていて、健康で、幸せです。そして、ボディポジティブ運動の小さな成果が、新しい「奇跡の」薬の登場によってあっという間に後退してしまったことに、まったく驚いていません。オゼンピックの瞬間は、私たちの社会がいまだにどれだけ太り気味で太った人々を憎んでいるか、そしてすでに肉体的に健康な人々が、よりスリムになるために極端な手段をとることを厭わないかを、端的に露呈しています。

 現在のボディポジティブ運動は、もっと前に、もっと過激な肥満活動家運動の薄まったバージョンであり、そのアイデアは広告主やマーケティング担当者によって大量消費されるように再パッケージ化されたものです。この運動は、私たちが他人をどう見なし、どう扱うかを問うものではなく、ただ自分自身をより良く感じることを求めるものです。それは「自己」に重点を置いた純粋な自己愛であり、究極の自己陶酔です。

 ワシントンポスト(9):「オゼンピックなどの新たなマーケティング活動が、ボディポジティブの反発を巻き起こす」は、「ボディ・ポジティブと肥満の受容を訴えてきたプラスサイズのインフルエンサーが、減量薬の宣伝で報酬を得ていること」を指摘し、減量業界からのこの圧力は、ボディポジティブ コミュニティーにイデオロギーの亀裂を生み出していることを論じています。

 N Y T(10):ここでは、「ボディポジティブを宣伝し、その後体重を減らしたプラスサイズのインフルエンサーが、体型が変わったときにフォロワーに説明する義務があるか?」を論じています。記事では、プラスサイズのインフルエンサーのデイビスさんが痩せたことで、フォロワーのジェームスさんが初めて気づいたとき、彼女のフォローを外した例を紹介しています。

 後にジェームスさんは、「自分のためにならないと思ったからです。しかしその後、デイビスさんの投稿が運動やダイエットのルーティンばかりであることに気づきました。ジェームスさんは、もはや誇らしげにプラスサイズを装っていない多くの女性の一人に過ぎませんでした」と語ります。そしてジェームスさんは彼女をフォローし直し、最近、彼女自身も運動を始め、体重を落としたそうです。

 N P R(11):ニュージャージー州家庭医マラ・ゴードン氏は、「私はボディポジティブな医師であろうと努めている。オゼンピックの時代には難しくなっている」で、「オゼンピックの時代にボディポジティブな医師である私は、悲しいことに、ひとりでは文化に根づく肥満恐怖症を止めることはできないと悟りました。それが存在する限り、人を痩せさせる薬の市場は存在します。私にできることは、診察する患者さん一人ひとりに、快適で安全だと感じてもらえるよう努力し、健康であることと体重はあまり関係がないことを理解してもらうことです」と語ります。

 GLP-1薬の登場で、ボディポジティブの真価が問われています。

 さて、ボディ・ニュートラルは、ボディ・ポジティブとボディ・ネガティビティの中間的なアプローチです。アルバース博士は「ボディ・ニュートラルの考え方は、自分の体が美しいかどうかは問題ではないという考え方に傾いている。あなたの価値は体とは関係ないし、あなたの幸せはあなたの外見に左右されるものでもない」「しつこい内なる声から解放されるのです。そうすることで、人生における他の重要なことに、より多くの時間とエネルギーを割くことができるのです」と説明します。

 私自身、ボディ・ニュートラルの考え方に共感し、自分らしく生きるためのヒントにしています。

  •  遠隔医療による減量プログラム

 ところで、心理学者ケルシー・ラティマー博士は「心理的なレベルでは、体重計の数字が減っていくのを見ると、私たちの文化がある種の「成功」感を与えるように仕向けています。残念ながら、『それが止まったときに何をすべきか教えてくれる人はいません。』そのため、満足できないという悪循環が生じる可能性があります」と指摘します(12)。

 実際、米大手保険会社ブルークロス・ブルーシールドの保険に加入し、2014年から2023年に、体重管理の治療薬として承認されたGLP-1薬を処方された約17万人のうち、12週間以上使用し続けた人は半分以下でした。とくに、若年層(18〜34歳)ほど中止しています(13)。

 12 週間の治療を完了した患者は、より早く治療を中止した患者よりも、GLP-1 の処方後に医療提供者の診察を受ける頻度が高まりました。

 つまりGLP-1薬を使用する際、専門家のアドバイスが重要です。それに応じて、米国では新しいダイエットビジネス、GLP-1薬を利用した遠隔医療による減量プログラムが次々と誕生しています。

 遠隔医療によるデジタルヘルスクリニック 「Ro」社は、ユーザーにGLP-1薬処方箋を交付し、減量プログラムを提供する デジタル・ヘルス企業のひとつです(14)。同社はGLP-1薬の供給不足をリアルタイムで知らせる情報ツールとして、オンラインGLP-1供給トラッカーを開設しました。患者はGLP-1供給トラッカーを使用すると、薬剤、投与量、場所ごとのGLP-1の供給状況を把握できます(15)。

 一方、オンライン健康・ウェルネス企業である「Hims & Hers」は、減量プログラムを開始6か月後、話題の減量薬オゼンピックやウーゴビーと同じ有効成分を含む複合GLP-1注射剤の製品を追加しました(16)。価格は月額199ドルからで、それらのブランドより約85%安い(17)。「Hims & Hers」の減量への投資は昨年始まったようですが、FDAの、深刻な供給不足の際に模倣薬の製造を認める規制(「配合医薬品」として知られるプロセス)によって強化されました(18)。この複合GLP-1注射剤は、GLP-1薬の有効成分が特許に保護されているためジェネリック薬ではありません。

 配合医薬品は医薬品不足の際に役立つことがあります。ただし、配合医薬品は FDA の承認を受けていません。安全性、有効性、品質について FDA の審査を受けていないため、FDA が承認した医薬品よりも患者にとってリスクが高くなります。 また、配合された減量薬市場がどれだけ成長したかを明確に把握できず、FDAも州保健局も厳密に追跡していません。

 GLP-1薬は、血糖値の改善、血圧の低下、体重の減少、心臓血管などの利点に加え、うつ病への効果まで期待されています。ただしGLP-1薬は「ダイエット業界の道具箱」の最新のツールになっています。他の薬と同様、危険なのは、ユーザー、ダイエット業界、製薬会社による薬の乱用です。社会は、多くの人が必要以上にやせたいと思うように仕向けています。そして減量に関して、GLP-1薬はかなり手っ取り早い解決策となります。

  ただし健康な人がGLP-1薬を減量としてのみ使用すると、その代償として、身体的、感情的、心理的な副作用が生じることもあります。GLP-1薬が、医学的、社会的、心理的副作用の利点に見合うかどうかは、それぞれが医師や専門家と一緒に決めるべきでしょう。

この記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会「Vol.24110 GLP-1 薬、うつ病にも効果あり!?」の転載です。

(1)https://www.cdc.gov/nchs/data/databriefs/db167.pdf

(2)https://academic.oup.com/ije/article/48/3/834/5155677#123729362

(3)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/obr.12934

(4)https://www.epicresearch.org/articles/most-glp-1-medications-correlated-with-a-lower-likelihood-of-anxiety-and-depression-diagnoses

(5)https://www.nytimes.com/2023/11/03/well/mind/ozempic-weight-loss-antidepressants-antipsychotics.html

(6)https://health.clevelandclinic.org/body-positivity-vs-body-neutrality

(7)https://naafa.org/

(8)https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2023/jun/08/ozempic-weight-loss-body-positivity

(9)https://www.washingtonpost.com/style/of-interest/2024/02/14/ozempic-body-positivity-influencers-weight-loss-drugs/

(10)https://www.nytimes.com/2024/02/26/style/body-positive-influencers-weight-loss.html

(11)https://www.npr.org/sections/health-shots/2023/10/04/1202723479/ozempic-body-positive-medicine-weight-stigma

(12)https://www.healthline.com/health/losing-weight-and-relationships#Dieting-can-make-you-feel-worse-about-your-body

(13)https://www.bcbs.com/sites/default/files/BHI_Issue_Brief_GLP1_Trends.pdf

(14)https://ro.co/

(15)https://www.cnbc.com/2024/05/29/ro-launches-glp-1-supply-tracker-to-help-patients-navigate-shortages.html

(16)https://www.hims.com/

(17)https://www.cbsnews.com/news/hims-hers-glp-1-weight-loss-drug-199-wegovy-price/

(18)https://www.fda.gov/drugs/human-drug-compounding/drug-compounding-and-drug-shortages

トップ写真:ロサンゼルス、カリフォルニアのドラッグストアに並ぶオゼンピック。2023年4月17日。出典:Photo illustration by Mario Tama/Getty Images




この記事を書いた人
大西睦子米国ボストン在住内科医師

内科医師、米国ボストン在住、医学博士。


東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年から2013年まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、医療ガバナンス研究所研究員。

大西睦子

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