アメリカは「日本核武装」をどうみるのか

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・日本の核武装論議は、政権側近のオフレコ発言がメディアに報じられ波紋を広げた。
・米国政府は公式には反対の立場だが、『フォーリン・アフェアーズ』誌などで日本核武装を推奨する学術論文が発表された。
・中露の核戦力増強に対抗するため、日本などが核兵器を保有することが米国の負担軽減や国際秩序の強化につながると主張。
日本の核武装論議は最近、日本で波紋を広げた。高市政権の側近がオフレコという条件で一部のメディアに「自分は個人的には日本が核武装をすべきだと考えている」と述べたのをメディア側がそのオフレコの規則を一方的に破り、あたかも高市政権が核武装を考えているかのように報道したからだ。
この動きは公共性のある報道機関の規則破りとして深刻な問題を提示した。特に報道機関でなくても、公の団体や個人が相互の約束を平然と破るという行為はごく基本的な倫理の踏みにじりという悪質な背信行為でもある。だがメディア側のそんな悪質な言動パターは別にしても、日本国内では日本の独自の核兵器保有という国防のオプションが大きな論題となった。
もちろん高市政権が核武装を考えているわけではない。だが鬼の首でもとったかのようにオフレコ発言を堂々と報じるメディア側は日本核武装など飛んでもない、というスタンスでの糾弾報道を展開する。日本の核武装という国防の手段を論じるだけでも、危険な思想であるかのように糾弾する。きわめて一方的な報道姿勢なのだ。
ではこの日本の核武装という政策は国際的にはどのように認識されているのか。国際的といっても、まず肝要なのは同盟国のアメリカの反応である。日本の防衛に責任を持つアメリカがもし日本が独自の核兵器保有という選択肢を選ぼうとして場合にどう対応するのか。反対なのか、賛成なのか。この点で注視されるのは、アメリカ側では日本での核武装論議にあたかもタイミングを合わせたかのように、日本も核武装すべきだとする真剣な学術論文が出ていたことである。
アメリカの外交関係雑誌では最大手とされる「フォーリン・アフェアーズ」最新号(デジタル版)は11月中旬、「アメリカの同盟諸国は核武装すべきだ(編集部補記:America’s Allies Should Go Nuclear)」と題する論文を掲載した。「選別的な核拡散は国際秩序を強化する」という副題の同論文はオクラホマ大学の2人の若手学者モリッツ・グレフラス、マーク・レイモンド両氏の共同執筆だった。
この論文はアメリカが長年の核拡散防止条約(NPT)保持政策を修正し、カナダ、ドイツ、日本という同盟3国に独自の核武装を推奨すべきだという骨子だった。NPTは公式の核兵器保有を認められたアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス以外の非核国が核武装への進むことを禁じていた。日本もその条約への加盟国で、核は平和利用はできても軍事利用しないことを誓約している。アメリカ政府としてはこのNPTを支持し、順守するから、日本の核武装にも自動的に反対ということになる。
しかし今回の論文は中国やロシアが核兵器での威圧を含めて米側主導の国際秩序を破壊しようとする現在、その挑発的な動きへの効果的な抑止にはアメリカが信頼できる民主主義国家の日本など3国がそれぞれ独自の核兵器を保有した方がアメリカの負担の軽減になる、と主張していた。
同論文は日本について中国の核戦力の増強による東アジアでの覇権の拡大に対してアメリカの同盟国への「核のカサ」の揺らぎを補完する意味でも日本独自の核武装は有意義だと論じていた。だからこの論文はアメリカの学界だけでなく、政府や議会筋にも複雑な波紋を広げることとなった。アメリカ政府の公式見解に反するこうした主張が大手学術雑誌に堂々を登場すること自体、米側での日本独自の核兵器保有への思考の微妙な変化の反映だともいえる。
ここでアメリカ側での日本の核武装という課題へのこれまでの曲折をたどってみよう。アメリカ政府は公式には反対という立場だが、議会や民間では多様な意見や提案が発信されてきたのだ。
過去をふりかえれば、アメリカ側での日本の核武装論の歴史は古い。1970年代後半に国防大学副学長のジョン・エンディコット氏が「日本の核オプション」と題する論文を発表した。この論文は米ソ対立が厳しかった当時、もし日本へのアメリカの「核のカサ」が崩れそうになった場合、日本独自のソ連に対する核抑止力の保有が可能か否かを論じていた。結論としては日本が独自の核ミサイル搭載の原子力潜水艦潜数隻をアラビア海に配備しておけば、モスクワ直撃の能力は保持できて、ソ連に対する日本独自の核抑止力になると総括していた。ただし同論文はアメリカ政府は日本独自の核武装は認めるべきではないとも主張していた。
しかし東西冷戦の終結後の2006年10月、保守系の政治評論家の重鎮チャールズ・クラウトハマー氏が北朝鮮の核武装への対抗策として「アメリカは信頼できる同盟国の日本の核武装を推奨すべきだ」という意見を発表した。
さらに2009年7月には下院外交委員会の北朝鮮や中国の核についての公聴会でエニ・ファレオマベガ議員(民主党)が「日本が独自の核武装を求めても不自然ではない」と述べた。2011年7月にも下院外交委員会でスティーブ・シャボット議員(共和党)が同趣旨で「日本は核武装を真剣に考えるべき」と述べた。
2013年2月には戦略問題専門のジョン・ボルトン氏が「日本は自国の防衛のために独自の核兵器保有を目指すべきだ」と大胆な提言を発表した。その直後の同年3月、上院外交委員会は北朝鮮の核開発への対策についての公聴会を開き、多数の議員が「日本の核武装」を具体的に論じた。この時点で日本の核武装には自動的に反対というアメリカ側のそれまでの反応は崩れたともいえる。
さらに2022年10月、イリノイ大学のソンファン・チェ教授が「日本と韓国がともに核兵器を保持すべきだ」との意見を発表した。
アメリカ側での日本核武装の論議はこんな変遷を経てきたのだ。となると今回のオクラホマ大学の2人の学者の提案も民間からとはいえ大きな変化の流れを示してもいるわけだ。そしてアメリカでは当事国の日本でよりも自由で開かれた日本核武装論が展開されているともいえるのだ。
トップ写真:天安門広場で行われた対日戦勝80周年と第二次世界大戦終結80周年を記念する軍事パレード。写真は、核兵器搭載可能なDF-31BJ弾道ミサイル(2025年9月3日中国・北京)出典:Kevin Frayer/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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