トランプ氏暗殺未遂、大統領選の「ゲームチェンジャー」に
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#29
2024年7月15-21日
【まとめ】
・共和党大統領候補のトランプ氏がペンシルベニア州バトラーという小さな町で演説中に20歳の若者に狙撃され負傷した。
・「この優良な小さい町」で狙撃事件が起きたのは、ある意味で象徴的だ。
・トランプ氏がJDヴァンス・オハイオ州選出上院議員を副大統領候補に決めた。
今週ばかりはアメリカ国内政治の恐ろしさ、ダイナミックさを痛感させられた。共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏がペンシルベニア州バトラーという小さな町で演説中に20歳の若者に狙撃され負傷したのだ。この大事件については今週の「デュポンサークル便り」が詳しいので、詳細についてはこちらをご一読願いたい。
我が書斎兼寝室ではCNN-USを24時間つけっぱなしにしている。この日も、ふと明け方に目が覚めたら、何とこの暗殺未遂事件の映像が生放送で飛び込んできた。
初めは夢かと思うほど衝撃的だったが、流石の筆者もトランプ氏の無事を心から祈ると同時に、この事件は今年の大統領選の「ゲームチェンジャー」になると確信した。
今回の暗殺未遂事件の舞台となったバトラーという町を訪れた日本人は少ないだろう。バトラーはペンシルベニア州の人口1万3502人の小都市、ピッツバーグの北56キロメートルにあり、雑誌「スミソニアン」で「アメリカの優良な小さい町」の第7位に挙げられたとGoogleMapには説明があった。勿論、筆者も行ったことはない。
だが、「この優良な小さい町」で狙撃事件が起きたのは、ある意味で象徴的だ。事件の捜査は始まったばかり。ここで育った白人の若者が、この町を含む多くの東部・中西部の、以前は繁栄を謳歌した米国の工業地帯の凋落に直面し、何を思ったかは知る由もない。彼がトランプ支持者なのか、反対者なのかも現時点では不明だ。
分からない以上、推測でモノを書くべきではないが、こうした「名もなき町」の「名もなき市民」たちが「トランプ現象」を支えている可能性は高い。今年、我々は一体何を見落とすのだろうか。マスメディアが報じる米国政治関連情報は、何かがどこか、欠けているのではないか。こんなことを事件後、この数日間、毎日考えている。
続いては米国政治のダイナミズムについて。この原稿を書き始める直前、これも日本時間では未明の出来事だったが、トランプ氏がJDヴァンス・オハイオ州選出上院議員を副大統領候補に決めたというニュースがCNNで飛び込んできた。ヴァンス議員の略歴はもう出来ている。実は近く「トランプ」本を出版するからなのだが・・・・。
J.D.ヴァンス上院議員 作家、伝統的共和党主流派に批判的な保守派
1984年生の39歳、海兵隊入隊後イラク戦争に従軍、退役後オハイオ州立大卒、イェール大法博士、ベンチャーキャピタリスト、作家として成功、カトリックに改宗、2016年に白人労働者を題材としたベストセラー『ヒルビリー・エレジー』で有名に、かつてはトランプの批判者だったが、現在はトランプ支持者の若手強硬保守派政治家アメリカの叩き上げのエリートを絵に描いたような略歴であり、イラク戦争に従軍したという点で、筆者には親近感がある。筆者がバグダッドのCPA(米軍主体の占領組織)に勤務していた2004年当時、彼は19~20歳だったのか。それから、あれよあれよという間に大出世、上院議員生活も僅か18か月だという。ダイナミックだなぁ。米共和党大会の模様については来週書くことにする。
▲写真 ウィスコンシン州ミルウォーキーのファイザーブ・フォーラムで開催された共和党全国大会初日に登場した共和党大統領候補ドナルド・トランプ前米大統領(左)と共和党副大統領候補J.D.ヴァンス上院議員(右)。2024年7月15日 出典:Photo by Joe Raedle/Getty Images
続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。
7月16日 火曜日 イタリアでG7貿易大臣会合
日本が太平洋島嶼国会合を主催(3日間)
7月17日 水曜日 英首相、首相官邸でアイルランド首相と会談
タイの憲法裁判所、選挙管理委員会の野党解党要請を審議
7月18日 木曜日 英首相、第四回European Political Community 首脳会議主催
北京で三中全会が閉幕
7月20日 土曜日 コロンビア大統領、経済計画案を議会に提出
7月21日 日曜日 ラオスでASEAN外相会合開催
7月22日 月曜日 台湾が中国人民解放軍の軍事侵攻を想定した演習を実施(一週間)
最後にいつものガザ・中東情勢だが、今週も表面的にはあまり大きな動きがない。
水面下で行われていたハマースとイスラエルの停戦交渉も進展はなさそうだ。ということは、イスラエルは引き続きハマース殲滅作戦を継続するということかな。されば、南レバノンのヒズブッラとの本格戦争や西岸地域での新たな騒動は遠のくのか、というと、それはまた別の話だろう。やはりネタニヤフは11月5日まで戦争を続けるつもりではないのかなぁ。実に怖い話であるが・・・。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ペンシルベニア州バトラーのバトラー・ファーム・ショー社で行われた選挙集会で銃声が鳴り響き、シークレットサービスに守られながら連行される共和党大統領候補のドナルド・トランプ元米大統領(2024年7月13日)出典:Photo by Jeff Swensen/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。