「濃縮ウラン製造施設」を初公開した金正恩の狙い
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮建国76周年記念(9・9節)錦繍山太陽宮殿参拝に金正恩総書記欠席。
・金正恩は9月9日に幹部たちを集めた祝賀会で核武装強化路線を強調。
・13日には「濃縮ウラン製造施設」への視察を報道させ施設の一部を初公開した。
9月8日、北朝鮮建国76周年記念(9・9節)にあたっての錦繍山太陽宮殿(金日成と金正日の遺体が安置された建物)参拝に金正恩総書記は欠席した。金与正、趙甬元(チョ・ヨンウォン)、朴正天(パク・チョンチョン)など最側近も参加せず、外相・崔善姫、党国際部長・金成男も参加しなかった。
金正恩は慶祝集会・夜会にも参加しなかったが、9月9日に党中央庁舎で幹部たちを集めた祝賀会を開き「偉大なわが国家の隆盛・繁栄のために一層奮闘しよう」との施政演説を行った。この演説では、住民の金正恩への不満を意識してか「地方発展20×10政策のビジョン」を再度宣伝し、住民欺瞞に力を注いだ。その一方で「わが国は核保有国である」と主張し、「核兵器の数を幾何級数的に増やし、核の力量を絶えず強化していく」と核武装強化路線を強調した。
これまで北朝鮮の「9・9節」は、体制を宣伝するのが通例だった。しかし今回、金正恩は、経済・国防に対する課題を再度強調した。これは異例といえる。遅滞する計画目標達成に焦りをつのらせているものと解釈できる。
この演説では対外政策に関するメッセージはなかったものの、9月13日に、「濃縮ウラン製造施設」への視察を報道させ、施設の一部を初公開した(金正恩の訪問日時は不明)。これが金正恩の対外メッセージだったかもしれない。
■ 北朝鮮が秘密裏に進めてきた濃縮ウラン製造
今年の「9・9節」での「プロパガンダの目玉」は、「高濃縮ウラン製造施設」を初公開したことであろう。
北朝鮮が秘密裏に進めていたこの「高濃縮ウラン製造施設」が、暴露されたのは2002年10月だった。
訪朝した当時の米国国務次官補ジェイムズ・ケリー氏(ブッシュ大統領特使)が、「高濃縮ウラン設備」の証拠写真を提示し、核開発凍結を約束した「米朝枠組み合意(1994年)」に違反しているとして外務次官の姜錫柱(カン・ソクチュ)に説明を求めたところ、姜錫柱が開き直ってそれを認めことで明らかになったのである。その後、2003年1月10日に北朝鮮が核拡散防止条約からの脱退を再度表明したことで「1994年の米朝枠組み合意」は事実上崩壊した。
そして、2003年8月から中国を議長国とした米・韓・日・ロ、朝による北朝鮮非核化のための「6カ国協議」が始まった。
この交渉も北朝鮮が2006年10月に初の核実験を行い、交渉継続の条件として国連安保理制裁と米国独自の金融制裁解除を迫ったことから難航した。2007年1月のクリストファー・ヒル国務次官補と金桂寛外務次官の会談(ベルリン)で、米国が一定の譲歩を行ったことで交渉は再度進展するかに見えたが、結局、第6回「6カ国協議」を最後に挫折を余儀なくされた。北朝鮮非核化のための「6カ国協議」は、北朝鮮に核開発の時間を与え、交渉のための対価物まで食い逃げされる結果をもたらしただけだった。
その後北朝鮮は、対米圧力を強めるため、2010年に米国の核物理学者シグフリード・ヘッカー博士を寧辺に招待して秘密裏に進めてきた「濃縮ウラン製造施設」を初めて見せつけた。ヘッカー博士は、ウラン濃縮用の遠心分離機が2000基ほどあり驚いたとしていたが、今回報道された写真を見ると、その数は何倍にもなっている様子だ。
*遠心分離機は、核開発の過程でウラン核燃料生産に重要な役割を果たす装備。通常、2千台の遠心分離機で年間約40キロのHEU(高濃縮ウラン)を生産できる。それを考慮すると、毎年200~240キロのHEUを確保できることになる。核弾頭1発を作るのにHEUが約25キロ必要なため、北朝鮮はHEUだけで毎年8~10発の核弾頭を生産できることになる。韓国政府消息筋は、「北朝鮮が秘密のウラン濃縮施設を1、2つ以上運営している可能性もある」とし、「その場合、核弾頭生産量がさらに増える可能性がある」と指摘した。
■ 濃縮ウラン製造施設初公開の狙い
では、金正恩が秘密にしていた「濃縮ウラン製造施設」を全世界に公開した狙いはどこにあるのか?
その狙いはまず、金正恩の力の誇示と権威維持にあると見られる。
北朝鮮の「首領独裁体制」は首領の権威と統率力が生命線である。その弱体化は即体制の崩壊につながる。金正恩の権威は破綻した経済では維持できない。頼るのはただ一つ核武力誇示による国威発揚だ。金正恩は「濃縮ウラン製造施設」視察で「見るだけで力が出る」と言ったというが、この言葉が彼の考えを端的に示している。
ところが、金正恩に対する北朝鮮住民の崇拝度はこのところ低下の傾向が続いている。特に若者層の金正恩離れは顕著だ。最近韓国に亡命した北朝鮮のエリートたちは、口を揃えてこの点を指摘している。「濃縮ウラン製造施設」を見せれば、住民が「すごい」と驚き権威回復につながると考えたのだろう。
次にその狙いは、核で韓国民を脅迫し、韓国内の左右対立を拡大させ、尹錫悦大統領を追い詰めようとしていることだ。
尹政権の毅然とした対北朝鮮政策は、北朝鮮軍事力の「ハッタリ」部分を剥がしつつある。特に米国と進める新たな「核拡大抑止政策」と、それに基づく北朝鮮への核反撃軍事演習は、金正恩体制に大きな打撃を与えている。金正恩はいま何としてでも尹政権を崩壊させなければと考えている。
そして3つ目は、米国の大統領選挙を前にしたメッセージだ。
誰が大統領になろうが、非核化交渉はない。あるのは北朝鮮を「核保有国」と認めたうえでの「核軍縮交渉」だけだということを示したかったと思われる。
■ 対北朝鮮「融和政策」がもたらした濃縮ウラン製造
北朝鮮の「首領絶対独裁制」(北朝鮮の金王朝体3代体制)と核兵器はコインの裏表である。核兵器なしに金正恩は存在できない。金正恩にとって核兵器は命の源泉だ。それ故、金正恩体制が崩壊しない限り北朝鮮の核は除去できない。
しかし米国をはじめとする国際社会はこの真理を理解せず、金独裁体制に対価を与えれば核を放棄すると考えてきた。そして数十年にわたって無駄な時間を費やした。この幻想を作り出した張本人は歴代の韓国左派政権であった。金大中、盧武鉉、文在寅の3政権は、崩壊寸前にあった北朝鮮の「首領絶対独裁制」を支え続けた。特に北朝鮮の代弁政権と言われた文在寅政権は、「金正恩は核を放棄する」と米国をはじめ国際社会に触れ回り、北朝鮮の核兵器開発を助け続けた。
これらの政権が取った対北朝鮮政策は、北朝鮮の「民族どうし戦略」を受け入れ、イソップ物語の「北風と太陽」の寓話をもとにした、いわゆる「太陽政策」なる融和政策だった。
しかし「太陽の光と熱」は、北朝鮮の統治システムによって遮断され、北朝鮮住民には届かなかった。むしろ金王朝政権復活のエネルギーとなった。またその熱は、北朝鮮政権が作り上げた「反射装置」によって韓国に逆反射させられた。この熱は韓国民の脳を麻痺させ、金王朝独裁政権への警戒心を武装解除させた。その結果物として出来上がったのが今回公開された「濃縮ウラン製造施設」だといえる。
北朝鮮が核保有とその使用規定まで憲法に定めた今、交渉で北朝鮮非核化を実現する道は閉ざされたといえる。北朝鮮が求めている交渉は「核軍縮交渉」だ。米国、韓国をはじめとした国際社会は、この野望を打ち砕かなければならない。金正恩政権を核放棄に追い込む新たな政策が求められている。
トップ写真:ロシアとの会談後、出発セレモニーの際に空港で手を振る金正恩大統領(2024年6月19日、平壌)
出典:Photo by Contributor/Getty Images