北朝鮮軍のロシア派兵と金正恩の運命(上)
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・金正恩総書記は韓国を敵視する政策を強化、露のウクライナ侵略支援のために兵士を派遣。
・派兵は憲法や党規約に反し、国内の不安を増大させ、朝鮮半島と国際情勢に緊張もたらす。
・北朝鮮とロシアは相互支援を確認する条約を結び、今後も協力を継続する姿勢。
金正恩総書記は、昨年12月30日の党中央委員会総会と今年1月15日の最高人民会議で、金日成の統一路線を放棄し、南北関係を「敵対的な両国関係」としたが、その一方で、対外的には、ロシアのウクライナ侵略に積極的に加担し、世界の平和に脅威を与える侵略戦争路線に踏み出した。この「韓国敵視路線」と侵略的な「ロシア派兵路線」は、一対をなす金正恩の危機脱出戦略と言える。
年初から金正恩によって打ち出されたこうした「賭博戦略」は、韓半島(朝鮮半島)の緊張を高め、世界の平和を脅かしている。
1、北朝鮮憲法も党規約も無視したロシア派兵
ロシアのウクライナ侵略を支援するための「金正恩のロシア派兵」は、隠密里に進められていたが、韓国、ウクライナの情報機関によって暴露され、米国もそれを確認した。当初否定していた北朝鮮も10月25日、外務省のキム・ジョンギュ・ロシア担当次官を通してロシア派兵を事実上認めた。また、プーチンも10月22日~24日にロシア中部のカザンで開かれたBRICS首脳会議で、記者から質問に答えそれを否定しなかった。
しかし、このロシア派兵は、国民の同意を得ていないばかりか、北朝鮮憲法に違反し党規約にも反しているために、北朝鮮国内の混乱と住民の不安を増幅させている。
北朝鮮社会主義憲法(2019年8月改正)には、派兵関連条項は全くない。かろうじて拡大解釈できる条文は、北朝鮮の対外活動原則を含む第17条しかない。そこには「国家は自主性を擁護する世界人民と団結し、あらゆる形態の侵略と内政干渉に反対し、国の自主権と民族的、階級的解放を実現するためのすべての国人民の闘争を積極的に支持する」と規定されている。この「すべての国人民の闘争」にウクライナに対するロシアの侵略戦争を無理やり含めて手続きしたのかもしれない。しかし、この条文には軍事力を含めるとの文言はない。
また北朝鮮は、党規約で軍を「党の軍隊」と規定している。朝鮮労働党規約(2021年1月改正)は「朝鮮人民軍はすべての軍事政治活動を党の領導の下で進行する」としているが、海外派兵を正当化する条項はない。
憲法や党規約に海外派兵に関する根拠を定めていないのは、北朝鮮体制において海外派兵という状況自体を想定していなかったからだと思われる。
金正恩による今回のロシア派兵過程は、北朝鮮の体制下において憲法や党規約がいかに無意味なものかを改めて全世界に知らしめた。金正恩は、北朝鮮がこれまで法治国家と偽装してきた仮面をすべて投げ捨てたといえる。
2、賭けに出た金正恩、軍側近も投入
ロシア派兵の賭けに出た金正恩は、派兵兵士の指揮官として軍側近まで投入した。ロイター通信は10月31日、ウクライナが前日に国連安全保障理事会に提出した資料を引用し、李昌虎偵察総局長、キム・ヨンボク朝鮮人民軍総参謀部副総参謀長とシン・クムチョル人民軍少将がロシアに入国したと報じた。李昌虎総局長とキム・ヨンボク副総参謀長は、上将(星3つ)、シン・クムチョルは少将(星1つ)階級だ。
李昌虎偵察総局長は、2022年から偵察総局長を務め、北朝鮮軍副総参謀長も兼ねている。韓国政府は昨年12月、制裁物資取引と不法サイバー活動を理由に李昌虎局長を独自制裁リストに含めた。対北朝鮮情報筋は李総局長がどのような職位で派兵されたかは具体的に確認するのが難しいと伝えた。
キム・ヨンボク副総参謀長は、派兵北朝鮮軍の主軸である「暴風軍団」(第11軍団)の軍団長を務めている人物だ。シン・クムチョル少将は、具体的の情報が知られていなかったが、ロイターは対北朝鮮専門家の話を引用し「李昌虎とキム・ヨンボクが(北朝鮮に)戻ればシン・クムチョルが(派兵北朝鮮軍を)指揮する可能性がある」と分析した。
そうした中で、朝鮮中央通信は11月2日、モスクワで1日に行われた北朝鮮の崔善姫外相とロシアのラブロフ外相の会談内容について報じた。両外相は、朝ロ間で有事の相互支援を謳う6月の「包括的戦略パートナーシップ条約」(プーチンは11月9日に署名、金正恩は11日に署名)に関し「条項を正確に履行する固い意志を再確認」し、朝ロ首脳の合意を踏まえ、ウクライナ戦争(侵略)のための「実践的な問題」について意見交換したとした。ロシアのウクライナ侵攻を支援する北朝鮮兵士派遣問題や金正恩の訪ロ問題の協議を行ったものと見られる。
(下に続く)
トップ写真:ソウル駅にて、北朝鮮の金正恩委員長とロシアのプーチン大統領の会談を伝えるテレビ放送を見る人々(2024年6月19日 韓国・ソウル)出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統