なにを今さらキングメーカー(上) 本当に「政治の季節」なのか その1
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・この秋は「政治の季節」で、自民党総裁選と米大統領選が控えている。
・世間の関心は野球に集中しており、自民党総裁選は過去最多の9人が立候補している。
・小泉候補が優勢だが、高市候補が追い上げており、次回の動向が注目されている。
この秋は「政治の季節」と呼ばれている。
国内では自民党総裁選、そして11月には米大統領選挙が控えているからだ。
今月はなにを置いても自民党総裁選……と言いたいところだが、世間の関心はもっぱら野球に集まっているようにも思える。
大リーグにおける大谷翔平選手の記録ラッシュに加え、国内では巨人と阪神を軸にセ・リーグの優勝争いが白熱しているので、まあ無理もない面はあるとも言えるが、それが理由の全てだとも考えにくい。
世に言う60年安保闘争のさなか、当時の自民党首脳陣は、こううそぶいていた。
「安保反対、岸(信介首相=当時)を倒せ、などとデモ隊がいくら叫ぼうが、後楽園球場は連日満員ではないか」
本当に世間の関心を集めているのは、日米安保条約の改定・延長問題よりもプロ野球の巨人戦だ、とでも言いたかったのだろう。が、これはむしろ「そのように考えたかった」という事だったのではないだろうか。
後楽園球場(1987年に閉場し、跡地には東京ドームがある)は、当時3万8000人を収容可能であったと資料にあるが、安保闘争のピーク時には13万人以上(警察発表。主催者発表は30万人)が国会議事堂を包囲するデモに参加していた。
単純に動員数を比較して、どうなるものでもないことは承知の上で、やはり本当に「政治の季節」と呼ぶべきは、このような状況にある時だろう、と考えざるを得ない。
実際問題として、1960年には、大洋ホエールズ(当時)がセ・リーグ初優勝を飾り、都市対抗(実業団)では東芝、高校野球では法政二高が強く「野球は川崎」と諸島されたことなど、今となってはファンと言うより野球オタクと呼ぶべき人たちくらいしか知らないであろうが、その頃に学生生活を送っていた人たちにとって、安保騒動は今でも記憶に留められている。
話を戻して、自民党総裁選には過去最多の9人が名乗りを上げたが、この原稿を書いている21日の時点で、石破茂・元幹事長、小泉進次郎・元環境相、高市早苗・経済安全保障担当相の3人が有力候補とされ、うち2人による決選投票にもつれ込む公算が極めて高いとされている。
以下、肩書きについては煩雑を避けるため「……候補」で統一させていただく。
こちらもご案内の通り、自民党総裁は国会議員票と一般党員票を併せての選挙で選ばれるが、国会議員票では小泉候補が優勢で高市候補が追う展開。一般党員票では石破候補が有利で、やはり高市候補が追い上げているということのようだ。
これだから自民党は……と言いたくなるのは、私だけであろうか。
まず、小泉候補が国会議員票の多くを集めそうだと言われるのは、菅義偉・元首相の後ろ盾があるからだと、衆目が一致している。
高市候補の他に、女性として初めての総理・総裁を目指すとして、上川陽子・外務大臣と野田聖子・衆議院議員が立候補の意思を示していた。しかし野田議員については、立候補の要件であるところの、推薦人20人を集めるのが困難だという事情もあり、菅元首相が「小泉支持」に回るよう、強く働きかけたのだとか。これは推測の域を出ないことだと明記しておくが、野田議員に対して、
「小泉政権誕生の暁には……」
というような話を持ちかけ、一方では小泉候補に貸しを作った、という構図ではあるまいか。
このように、首相経験者など党の重鎮が「キングメーカー」として振る舞うのは、自民党総裁選の伝統的な構造ではあるのだが、21世紀になってもまだそんなことをやっているのか、としらけた気分になってしまうのは、やはり私だけであろうか。
小泉候補の父親は、言わずと知れた小泉純一郎・元首相だが、彼は、
「私が自民党をぶっ壊します」
と言って総裁選に立候補した。
かつて「議席も持たないキングメーカー」として悪名をとどろかせた田中角栄・元首相の娘(田中真紀子・元衆議院議員)が推薦していたとは言え、党内的には、変わったことを言い張るだけの泡沫候補と見なされていたきらいさえあった。
変わったこととは、これまた言わずと知れた「郵政民営化」だが、まさに21世紀の幕が開けた2001年、自民党支持層はまったく新しいリーダーに政府与党の舵取りを託すことを選択した。
息子の小泉候補も、ちょっと真意を捉えにくいコメントを連発して、しばしば「小泉構文」などと揶揄されるが、変わったことを言う人と変なことを言う人とでは、自民党支持層から向けられる目も、自ずと違って来るのは当然だろう。
ならばどうして菅元首相が「小泉推し」なのかと言うと、これもメディアや消息筋の見るところによれば、パーティー券の売上げを環流した、いわゆる裏金問題などで地に落ちた自民党の人気を盛り返すためには、若くてハンサムな「選挙の顔」がどうしても必要だ、ということのようだ。くどいようだが今は21世紀なのに。
立候補してから、2週間ほどの間に「小泉人気」には早くも陰りが見えはじめ、高市候補が猛追する情勢となっている。このことは、すでに述べた。
高市候補に関しては、次回もう少し詳しく掘り下げるが、菅元首相が「小泉推し」を決断した理由が、世上よく言われる通りのものであったならば、それはことごとく裏目に出た、という点は、今回特に強調しておきたい。
たしかに、小泉候補は若くてハンサムではあるが、裏を返せば頼りなさげに見える。所詮は世襲議員、という声が噴出するのも無理からぬところだ。政治資金などカネの問題についてはクリーンさを前面に押し出しているが、これまた、ともすれば、
「金に困ったことなどない世襲の代議士だから、きれい事を並べられるのだ」
という批判に晒されることにもなる。
要するに、彼には「自民党をぶっ壊す」ほどの気概も能力もなく、総理総裁になったところでこの国をよい方向に変えることなど望めない、と考える人が増えつつあるのだ。
ならば高市候補が総裁選を制し、初の女性首相になったらどうなのか。
これについては、次回。
トップ写真:与党民主党の総裁選で記者クラブの前に立つ候補者(2024年9月14日)
出典:Photo by Takashi Aoyama/Getty Images