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.国際  投稿日:2024/11/11

「真の敗者」はバイデン氏(下)  「再トラ」ついに現実に その2


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・バイデン大統領健康不安で、ハリス副大統領が民主党候補となるも、インフレや黒人労働者層の支持離れで敗北。

・オバマ元大統領が応援演説を行うも、トランプが幅広い層の支持を集め激戦州を制し勝利。

・ハリス敗北の主因は経済不満で、有権者は生活改善を期待できる候補を選んだ。

 

 今次の米大統領の経緯を、簡単に振り返ってみよう。

 

 昨年の11月あたりから、バイデン大統領の言動がどうも怪しく、もしかして認知症を患ったのではないか、などという観測を開陳する人が増え始めていた。ウクライナのゼレンスキー大統領の名を、こともあろうに「プーチン大統領」と言い間違えるなど、これでは再選は望み薄で、たとえ再選されたとしても、その後4年間、職務を全うできるのだろうか、と不安視する声が聞かれたのも当然である。

 

 さかのぼること約1年、2022年11月15日には、トランプ元大統領が今次=2024年の大統領選挙への出馬を正式に表明し、選挙戦の幕が事実上切って落とされた。

 

 この時点で早くも、わが国のメディアは、

「もしトラ=もしもトランプ大統領が再登場したら」

 などという言葉を好んで使うようになったことは、記憶に新しい。その後。

「ほぼトラ=ほぼ確実にトランプ大統領が再登場する」

 と言われるようになった。

 

 直接のきっかけは6月28日、大統領選挙に向けての公開討論会で、バイデン大統領が言い間違えや沈黙を繰り返すなど、まったく精彩を欠いた有様が、世界中に配信されたことである。わが国でも「ほぼトラ」どころか「確トラ」だなどと言う人が増えた。もはや再登場は確定だ、と。

 

 さすがに民主党内にも危機感が広まったが、今ここで候補者を変えたのでは、かえって党への支持が失われると考える人も多く、2週間ほど混乱が続いたが、最終的にはバイデン大統領が選挙戦からの撤退を表明するに至った。7月21日のことである。

 

 かくしてカマラ・ハリス副大統領が、民主党の大統領候補として押っ取り刀で参戦したわけだが、当初その期待度は非常に高く、絶望的なまでに共和党(=トランプ陣営)に差をつけられていた民主党の支持率は急上昇。ハリス候補はトランプ候補に「追いつき追い越す」勢いであった。実際、1~2ポイントの差で壮烈なデッドヒートが続き、投票日を目前に控えても、おそらく結果が確定するまでには数日かかるだろう、との見方が支配的だったほどである。このことは、前回述べた。

 

 なんと言っても、女性、黒人、そしてアジア系の血を引くという、いずれも大統領に選ばれたなら初めてのケースで、彼女こそは「多様性のアメリカ」を象徴するにふさわしい、と考えられていたのだ。

 

 ところが、9月も終わろうという時期から、急に雲行きが怪しくなってきた。

 激戦州で、再三述べてきたように、民主党の大きな支持基盤であった黒人労働者層が「ハリス離れ」を興している、などと喧伝され始めたのだ。彼女には投票しない、と公言する人たちが急増した、という意味である。

 その最大の理由は「彼女が副大統領だったから」ということに求められる。

 トランプ政権時代の米国経済は、順調とは言い難かったものの、まだ「穏やかなインフレ」と呼べる状態であった。

 

 ところがバイデン政権になってからというもの、インフレが亢進し、給料も上がったが物価上昇も甚だしく、特にもともと雇用が不安定な黒人労働者層の生活は圧迫されていたのである。

 

 客観的に見て、新型コロナ禍や、ロシアによるウクライナ侵攻、それに対する制裁と、経済を大いに混乱させる外的要因はあったのだが、それに対してなにか有効な手を打てたのか、と問われたなら、バイデン政権の側に返す言葉はなかったのではないか。

 

 そのような、激戦州で「ハリス離れ」を公言するに至った人がメディアの取材に応じていたが、概略こんなことを述べていた。

 

「彼女は、あれをやる、これもやる、と盛んに言うけど、ホワイトハウスに4年いて、なんの結果も出せなかった人が、自分が主になったら、すべてうまく行く、という話か」

「そんな話も、臆面もなくそんなことを言う人も、どうして信用できるというんだ」

 今さらこのようなことを書くと、なにやら後出しジャンケンみたいに思われそうで嫌なのだが、これを聞いて私は、もしかしてハリス候補は危ないかな、と思った。

 

 ただ、前述の意見が黒人労働者層の最大公約数的なものか否か、判断材料はなかったし、これまた幾度も述べてきたように、両者の支持率は史上稀なほど拮抗していたのである。

 

 もっとも民主党側は、この事態を深刻に受け止めていたようで、黒人有権者の間で絶大な人気を誇るバラク・オバマ元大統領が、さかんに応援演説を行うなど、てこ入れに躍起となっていたことは、やはり大きく報じられていた。

 

 こうした経緯を経て、11月5日の投開票となったわけだが、結果はご案内の通りである。

 

 黒人労働者層だけではなく、あらゆる人種・年齢・性別の有権者層において、トランプ候補が得票を伸ばした。この結果、激戦州と呼ばれた7州も、すべてトランプ陣営のものとなっている。

 

 ただ、得票率で見ると、トランプ候補の50.5%に対してハリス候補は47.9%。総得票数に至ってはその差400万票足らず(トランプ候補約7465万票、ハリス候補約7096万票)である。言われているほどの圧勝でもなかった。

 

 とは言え、アメリカ大統領選挙のシステムは州ごとに開票され、咲いた得票者が、その州に割り当てられた「選挙人」を総取りし、最終的に選挙人の数によって勝敗が決まる。

 

 今次トランプ候補は312人の選挙人を獲得(過半数270)したのに対し、ハリス候補は226人。この数字だけを見れば、たしかに予想外の大差でトランプ氏が勝ったと言える。

 

 私がどうして、本稿のタイトルを『〈真の敗者〉はバイデン氏』としたか、読者諸賢は、すでにお分かりではないだろうか。

 

 今次ハリス候補が敗れたのは、彼女がカリスマ性に欠けるからでも、女性のエグゼクティブは多いがトップにはなかなかなれないという「ガラスの天井」のせいでもない。

 

 そうした要素が全然なかったわけではないが、やはりそれ以上に、いつの時代、どこの国でも、投票所に足を運ぶ有権者は、

「自分たちの生活を多少なりともよくしてくれる(少なくともそれが期待できる)候補者」

に票を投じるものだし、期待を裏切った候補者や政党には、厳しい審判を下すのである。

 

写真)選挙イベントで演説するカマラ・ハリス副大統領(2024年7月13日 アメリカ・ペンシルベニア)

出典)Photo by Drew Hallowell/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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