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.政治  投稿日:2024/9/27

自民党総裁選挙 9 石破茂氏「政策分析」と「人事評価」


西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)

【まとめ】

・石破氏の政策の特徴は、アベノミクスからの新たな路線変更と、地方創生をリセットする」との問題意識。

・防衛政策において「エビデンスに基づく政策推進(EBPM)」の考え方が明確。

・課題は、金融所得課税などの富裕層への応分の負担の議論をどう進めていくか。

 

「政治家は勇気と真心をもって真実を語る。それができないのは政治家をやめよ」。

 これは故・渡辺美智雄氏の言葉である。石破さんはその言葉を胸に秘め、長年、政治活動をしてきた。3年前に自民党総裁選に出馬せずあえて区切りをつけたにもかかわらず、立ち上がった石破さん。「自民党や日本が大きく行き詰まったときではないか」というタイミング、「自分の理想とする政治を実現するために内閣総理大臣という職がある」という使命感。ついに立ち上がる時が来た。

 「ルールを守り国民に信頼される政治。日本を守り、国民を守り、地方を守り、そして未来を守る。そのために全身全霊で臨んでいく」との決意で、今回を「最後の戦い」として位置づける。

・まじめに政策を勉強し、周りから信頼を少しづつ集めていく

・人と群れず、親分子分の関係を結ばない

・政策立案こそ政治の王道である点にこだわる

・民主的でオープンでリベラルかつ自由闊達に議論を行う

・相手の主張に対して寛容性を持って聞く、受け入れる度量を持つ

・あらゆる角度から入念な議論を地道に積み重ね、納得感を得て、妥協点を見出す

・誠実に向き合い、説明責任と納得を重視する

・内部からの批判を許さないという非寛容な体質に納得せず、厳しいことであってもモノを言う

・公平公正さ、謙虚さを持つ

 そう、今回の戦いは石破さんの「生き方」と日本政治との勝負なのだろうと思う。

 

石破茂氏とは?

 1957年2月4日、千代田区生まれ。建設事務次官だった父、石破二朗さん(のちに鳥取県知事、参議院議員も務める)、母、和子さん夫妻の長男として生まれる。上に姉が2人いて、いずれも女子学院から東京女子大を経て教師になったそう。吉田茂から「茂」の名前をもらった。1歳まで東京にいて、鳥取県八頭郡八頭町で育つ。国立鳥取大学附属小学校、中学校に進む。自身をのんびり屋、鳥取砂丘で「人間とは何だろう」とか思っていて、「変わった子」だったと自身が語る。高校は地元を出て、慶應義塾高校に進学した。英語、国語、古文、漢文が得意で数学と物理が苦手だったそう。雑誌「法学セミナー」を高3の夏休みに鳥取の本屋で読み、刑法の問題にはまった。「ここが生きる世界だ!」と思って迷うことなく慶應義塾大学法学部法律学科へ進学。1979年、株式会社三井銀行入社。サラリーマン生活をしていた。父が亡くなり、田中角栄氏がいざない、銀行員をやめて田中派の木曜クラブ事務局員になった。

 1983年、丸紅勤務の大学の同級生と結婚。1984年、鳥取に戻って、衆議院選挙に出馬。1986年、衆参同日選挙で初当選。1993年の衆議院選では公認を得られず無所属で当選し、新生党に入党。内部では憲法改正の議論もなく権力闘争ばかりで小沢一郎氏にも意見をしたそう。「何のために政治家になったのか自問自答ばかりしていた」(著書「保守政治家 わが政策、わが天命」より)。新進党を経て、1997年に自民党に復党。復党は大きな蹉跌であった。高邁な理想が果たせなかったことを蹉跌と感じて、党内の居心地の悪さからに悩んだものの、「人の視線を気にしながらうじうじしていても仕方ない」(前掲)と一度安全保障の勉強をやり直し、職務に没頭した。

 2002年、小泉内閣で防衛庁長官として初入閣。防衛大臣、農林水産大臣、国務大臣・地方創生担当、自民党政務調査会長、自民党幹事長を歴任。

 

 石破氏の政策の特徴 

 日米地位協定の改定の検討、ファイブアイズはじめ友好国・同士国との連携を抜本的に強化、サイバーセキュリティに取り組む組織・人員・予算を大幅に拡充、自衛官の給与の早急な引き上げ、防災庁の設置、TKB(T=トイレ、K=キッチンカー、B=ベッド・バス)を配備しうる平時からの官民連携体制を構築、政党法の議論開始などを主張する。党綱領の制定、党首選挙のルール、意思決定の在り方、政党支部数、政党助成金使途の明確化、各級選挙の候補者の選定方法などの政治改革案も提案している。

 特徴の第一に、アベノミクスからの新たな路線変更であることだ。「今後はアベノミクスからの軌道修正を図らなければなりません。重要なのは労働分配率の向上です。まずは生産性を上げて、得られた利益をきちんと労働者に分配していく」と発言している。「格差の縮小が経済成長につながる」という考えを持ち、岸田政権の分配重視路線を踏襲する。さらに、石破さんは総裁選中に発言した「金融所得課税」は、まさに富裕層・大企業が優先されたアベノミクスへの明確な対案であるといえる。富裕層の所得税、法人税など負担能力のある人、企業に負担してもらう「応能原則」の考え方が強い。失われた30年の検証の必要性を語り、コストカット型経済から高付加価値創出型経済への転換を主張する。この点も岸田政権の路線を踏襲してるとも言える。

・デフレ脱却の果実を多くの国民に実感してもらうため、生活必需品の価格上昇や住宅ローン等の金利上昇への緊急対策を講じつつ、賃上げのための環境整備(保育・介護報酬等公的制度を含む)、人手不足に対して DX 等を推進する中小企業への支援、価格転嫁対策を強化するため下請法の改正案などを次期通常国会に提出します(経済・物価高対策)。

・労働時間ではなく成果重視への転換を官民あげて促進し、「働き方改革」と「所得向上」の両立を目指します。

・賃上げと人手不足緩和の好循環(賃上げ→消費拡大→投資拡大〔=生産性向上=人手不足緩和〕→収益拡大→賃上げ)を実現します。

・最大限の価格転嫁や生産性向上の支援により、人手不足緩和にも資する最低賃金の着実な引き上げ(2020 年代に全国平均 1500 円)を実現します。

・働けば暮らしていける実効性のあるセーフティネットを確立します。(最低賃金のセーフティネット機能の回復など)

・物価上昇から国民を守りつつ(経済・物価高対策)。

・生活保護や貧困対策は衣食住の現物支給を重視し、これに教育無償化(子どもの教育のみならず、大人のリ・スキリングも含む)を組み合わせて、格差を乗り越え次世代に不公平を先送らないセーフティネットの構築を目指します。

・従来の家族モデルを前提とした社会保障の在り方を脱却し、多様な人生の在り方、多様な人生の選択肢を実現できる柔軟な制度設計を行います。

【出典】石破さん政策

 

 第二に、「道半ばの地方創生をリセットする」との問題意識が色濃く反映されていること。筆者は内閣府地方創生大臣時代に仕えた身で、以前もインタビューをさせてもらったが、「日本を守り、国民を守り、地方を守る。地方の発展なくして日本の発展はない。農業、漁業、林業などの力を十分に発揮することで、地方から新しい日本をつくりたい」という思いを伝導する。

・地方経済を再生し(地方創生2.0)消費と投資を最大化する成長型経済(投資大国)を実現することにより、少子高齢化や人口急減少を乗り越え国民一人一人の豊かさを実現します。

・イノベーションとスタートアップ支援。技術の進化に合わせ、ガイドラインと必要最小限の法的枠組みで、AI の研究開発・実装がしやすい「世界一 AI フレンドリーな日本」を堅持します。政府の AI政策の司令塔を強化します。

・日本経済の活性化と成長を加速させるため、スタートアップ支援策を引き続き強化していきます。政府の「スタートアップ育成 5 か年計画」を着実に進め、「アジア最大のスタートアップハブ」を実現します。

・豊かでデジタルが行き届いた「デジタル地方文化都市」(=便利で文化的にも豊かな地域社会)を実現し、国民一人一人が思い思いの幸せな人生を満喫できる環境を整備します・

【出典】石破さん政策

 また、東京一極集中の問題解決にも熱心で、省庁の地方移転を本格的に推進してきたいとも語る。 

 第三に、マネジメント面である。防衛政策においては「個別最適は全体最適ではない」という視点を提起する。エビデンスに基づく政策推進(EBPM)の考え方をビルトインすることが明確だ。

・官民で総合的な「幸福度・満足度」の指標を策定・共有。

・「自給率」と「自給力」の両方について、数値目標を作り、計画的に達成を目指します。

【出典】石破さん政策

 彼の下で、地方創生を行った際、KPI設定を行うことを重視していた。三重県の事務事業評価制度、政策評価法から始まる「行政経営」の視点で、KPI専門家の筆者としては非常に勇気を得たものだ。全国の地方自治体のKPI設定やKPIマネジメントはまだまだ課題はあるもの、再度「指標と数値目標によるマネジメント」の必要性を注入しようとする点に好感が持てる。

 課題は、金融所得課税などの富裕層への応分の負担の議論をどう進めていくか、だろう。

 

 人事評価

 筆者は人事評価の専門家として「政治家の人事評価」などを提起してきた。ここで、「首相の人事評価」を考えたい。総理大臣の「能力」「成果が出せる行動特性(コンピテンシー)」は以下になる。

◆1.未来の方向性を示せる、共有できる

◆2.組織マネジメントができる

◆3.決断・意思決定ができる

 これをしっかりできれば十分なのだが、石破さんをこの視点を細かく見ると以下のようになる。

 石破さん「あらゆる人が安心安全で幸せに暮らす国」を目指すそう。それは一部の人たちを幸せにする社会ではない。安倍政権まで何十年と続いてきた新自由主義的な政権が、岸田政権で少し路線が変更した。今回の総裁選では、またアベノミクスに戻るか、配分重視か、日本の岐路、社会のあり方が問われる。もちろん石破さんは「失われた30年」に終止符を打つ意欲を明確にしている。

 「政治が信頼を取り戻すために私がすべきことは、社会や国家の問題点を洗い出し、解決策を見出し、それを法律や予算と言った形にして、できるだけこの国をいい形で次の世代に残すために研鑽を積む以外にないと思う」(前掲)と語る。

 「もっと国民を信用し、国民の胸に飛び込んでいくべき」と国民からの信頼を重要視する石破さんに期待したい。

トップ写真:日本記者クラブに対し演説をする石破茂氏(2024年9月14日、東京)

出典:Photo by Takashi Aoyama/Getty Images

 




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