団塊の世代の物語(12)

【まとめ】
・三津野は、人事の失敗が会社の命運を左右することを、過去の事例を通して示す。
・プラザ合意と日米半導体協定が、日本経済の長期低迷を招いたと分析する。
・丹呉3原則を引き合いに出し、コーポレートガバナンスの重要性と海外との連携の必要性を訴える。
「ごいっしょしてもいいかしら?」
英子の声がガラス越しに聞こえた。
「ああ、もちろん」
脚を伸ばしてバスタブにゆったりとつかったまま、三津野は大声で答えた。二人きりで会うようになってずいぶんになるが、そういえば二人で風呂に入るのは初めてかもしれないと思う。
もう英子の身体じゅう、くまなく知っているはずなのに、やはり心がときめく。75歳の女性の裸を眺めてみたいものだと欲望がうずく。
すぐにガラス扉が開いて、英子が胸から下を白くて大きなバスタオルにくるんで入ってくる。どうやら声をかけた時にはもう用意が終わっていたらしい。
後を向いてバスタオルを外し、ガラス扉の向こうに置く。大きなお尻が丸見えだ。
もちろん、垂れさがっている。それはなんども手の感触で確認済みなのだが、こうしてお尻全体を眺めてみると、やはり違う思いがある。ことに英子の場合は、こうして何人の男たちが彼女の後姿に見入ったか、とおもわずにはいられない。ギュスターブ・クールベの泉と題した作品を思いだす。ナポレオン三世が鞭で叩こうと妻と話した絵。
英子は自分の下半身がどのくらい垂れ下がっているのか、知っているのだろうか。むかし張り切っていたお尻が情けないほど柔らかくなってしまっている。
シャワーを浴びて、前を向いた。三津野は身体全体を左に寄せて待つ。脚をバスタブに入れようとバスタブの握りを掴んだ瞬間に隙ができる。お腹の肉が大きく下へさがる。そう、三津野の手のひらがなんども撫でまわした場所だ。この、いま三津野の目の前でぶよぶよとしている肉になる以前はなにだったのか。フォアグラ、それもシェイノの少し燻じたようなフォアグラだったのか、ヒレ・ステーキか、いやただの小麦か米。
もしフォアグラならガチョウの悲劇は言うまでもない。ヒレだとしても、その数パーセントの持ち主だった牛は一生に一度もあるくことなく生命を終える。三津野は知っている。その牛が初めて歩くときは肉という商品になる直前のことなのだ。
しかし、よく考えてみえれば三津野の人生も似ていなくもない。生まれ、東大に合格することだけを考え、会社に入ると業績だけにわき目もふらなかった。そして?いまは長くもない生命の終わりに近づいている。
英子の下腹の下も、同じように三津野がたびたび触れたところだ。濃い。若いころからそうだったのかのたずねたことがあった。初めの見たときのことだ。そうだという答が戻ってきた。もっとこわい感じだったかもね、と英子は他人ごとのように言い足した。そこには白いものが堂々と混じっていた。「銀狐」と伊藤整が表現していたのを思いだした。
<なんだか今日はずいぶんセンチメンタルだな>
三津野は自分が哀れな気がした。滑稽だった。
英子が身体をバスタブに入れると、ザーっとお湯があふれだす。
「いやだ、なんでこんなにたくさん。変ね」
「いやいや、僕は王冠の黄金の量を測れと命じられたアルキメデスの気分だよ。黄金の量だけの湯がバスタブの外に出るんだからね」
ピンクの花柄模様のシャワーキャップをつけた頭をバスタブの縁にゆったりとのせて、英子は大きな息を吐いた。
「あー、気分いいっていう感じ?」
三津野がたずねる。
「そう。あなたと二人で湯舟につかるなんてなんていう贅沢な一瞬。束の間とはいえ、途方もない幸せなのか、っていう感じ」
「素直だね。でも、束の間がついてまわる。」
英子は答えない。
「あなたも脚を伸ばして」
「ありがとう」
「二人横に並んで入れるバスタブにして、ほんとうに良かった。」
「へえ、これ特注なの」
「ええ、そう。このマンションの部屋は、なにもかも特注よ。あなたと二人でいるための場所ですもの」
「うれしいね。」
英子の巨大な胸がお湯に浮いている。ピンクの乳首が水面すれすれにただよっていた。
女性の胸をいったいどれほど見てきたことか。数にすれば女性の頭数の2倍になる。
小さくても大きくても、その女性への執着が胸への思いにつながっている。
「特に重要じゃないが、乳房・・・」という小説の主人公の呟きが脈絡もなく浮かんだ。大江健三郎の『個人的な体験』(文庫130頁)だった。三津野が16歳のときに読んだのだ。紺色の布の装丁だった。そういえばあの小説のなかで火見子の乳房は大きかったろうか。未だ20代だった大江氏はそういうことには気が回っていなかったろうか。
「あっち向いて」
といって、英子の背中を抱えこんだ。肩甲骨のあたりに唇をつける。「肉付きがよいので堆高く盛り上がっている幸子の背中から肩の、濡れた肌」という『細雪』冒頭の場面を思う。少し肩の皮膚を齧る真似をしてみせる。甘噛みだ。そして英子の頭からシャワーキャップを外して髪に鼻をくっつけた。香る。
「いやだ、汗まみれになってるのよ、恥ずかしい」
「だからいいのさ。あなたのシャンプーや化粧品の香りには興味がない。
あなたの匂い、香りを感じたい。それは、誰でもが化学的にさせる匂いではないからね。あなたの汗、うれしいね。恥ずかしい?それは一段といいね。恥ずかしいこと、もっともっといっぱいしたいなあ」
「ありがとう。むかしだったら、いやーと言って逃げるところだけど、あなたがそういって私の髪に顔をうずめてくれるの、たまらなくうれしい」
と言ってから、英子は三津野に振り返ると
「でも、そのセリフ、何人目?」
と睨みつけるようにしてたずねた。
「いいのよ、ごめんなさい。何人目でもかまわない。今、あなたが目のまえ、いや背中のすぐ後ろにいて、私を抱いてくれている。あなたの胸と私の背中がぴったりとくっついている。油断するとお湯のなかで二人とも浮きあがってしまいそう。
この瞬間は、前とは違う、これからとも違う。いずれなにもかも消える。でも、今、こうして二人でじゃれあっている。」
「そのとおりだね。
併せて153年分の二つの塊だ」
「一つの塊」
「そうだった」
<そのたびに違っていて、でも、同じだった。いつも、何回目も>
三津野は過去を思いだすのは止めることにした。英子が目の前にいる、英子の肌と自分の肌が触れ合っている。もう過去なぞ要らない。
英子が特注したというオークラのバスローブをゆるく身に着ける。英子は鏡の前にすわって顔の手入れに余念がない。
「いい香りがする」
「あら、ありがとう。でも、ゲランの化学的な匂いよ」
「そうか。でも、僕にはこれがあなたの匂いだ」
「おやおや。別の女性がつけていても、そっちについて行っちゃダメよ」
「香りに惹かれて、ぼんやりとくっついて行ってしまいそうだ」
三津野は自分がおかしかった。78歳になっている。そうした自分が、こうして英子といる、いて、言葉を交わしている。明日は?来ないかもしれない。
「英子さん、あなたが僕を強引に手繰り寄せてくれなかったら、僕は、あのまま朽ち果ててしまったことだろうよ。それで良い、自分の人生はそれで十分だったと考え、悟ってすらいたつもりだった。もうこれでいいと思っていたのだ。
でも、あなたが僕の人生の定義を変えた。あっという間に、変えた。」
英子は鏡から顔をはずすと、三津野の唇を求めた。
「1989年、滝野川がニューヨークにあるクライスラービルを買ったことがある。」
「知っている。尖塔部の細長い楔の形をした炎のようで、それが七段、日本のぼんぼりみたいに、でもくっきりと輝いていて、なんどみてもとてもうっとりする。高層建築物だっていう気がしない。」
「そうだよ。じゃ話が早いや。
僕は42歳で丸山社長のしたで海外事業部長として仕えていた。
「仕えている、っていう言い方をするのね、日本の大きな組織の人って」
「そう。個人に仕えているわけじゃないのに、そう表現して個人的な、私的な忠誠心を捧げている雰囲気を作るのさ。」
「変なの」
「変じゃないよ。それで必死なんだから」
「変よ、やっぱり。上司だなんて偶然のことなのに」
「そのとおりさ。だから敢えて巧んで形をつくりだすのさ」
「ふーん、そんなものなのね、巨大企業の世界って」
「役人の世界、政治家の世界はもっとそうだよ。初めに公私混同ありきさ」
「で、クライスラー・ビルってことになった、してもらった。ウィリアム・ヴァン・アレンという建築家の設計で、あなたの表現したとおり、なんど見てもうっとりするデザインだ。
嬉しかった。地所がロックフェラーセンターを買っていたから、なにか同じくらいのものを、と社長も願っていた。
実は、初めはエンパイアステートビルディングを買え、っていう命令だったんだ。アメリカではなんでも売り物だからね。
可能だった。金はいくらでも出す、って社長が言ってたしね。日本の都市銀行がバックにいて、資金の調達は簡単だった。今じゃあ信じられないような話だが、そんな時代だったんだな。あ、あなたは説明抜きでわかるんだ。団塊の世代の人だものね、わかるわけだ。」
「あの楔型の七段、ぼんぼりみたい?そうね、広尾にぼんぼりみたいな建物があるけど、イメージ違うなあ。でも、設計者の心が生きているって感じ、あるある。」
英子が口をはさんだ
「あ、そう。」
三津野は話を続けたい一心だ。
「でね、僕は社長にこう進言したんだ。
「社長、エンパイアステートビルをってお気持ちはよおくわかります。でも、エンパイアステートってニューヨーク州のことですよ。まずいですよ。三菱地所がロックフェラーセンターを買って、どれほどアメリカ国民、なかでもニューヨーク市民に非難されたかご存じでしょう。まるで真珠湾の不意打ち攻撃みたいだってアメリカのメディアに言われて、非難ごうごうでした。
「社長、諦めきれなかったんだな。でも、ニューヨーク一の高さのビルって、エンパイヤステートビルじゃない。もうワールドトレードセンターに抜かれて久しかった。それなのに、なぜ。
ニューヨークの摩天楼を知ったのが子どものころだからさ。つまり、未だワールドトレードセンターなんてなかった。世界一、エンパイヤステートビル、だって覚えちゃったんだよ。
で、クライスラービルはどうですか、って社長に申し上げた。
もちろん、僕のシナリオさ。
「高さではワールドトレードセンターに負けてます。そういう意味ではもう長い間負け組なんですよ。
でも、そのエンパイヤステートビルができる直前まで世界一の高さを誇っていたビルがあります。もちろん、エンパイヤステートビルと同じ負け組です。でも、圧倒的に美しい。美しさではロックフェラーセンターはもちろん、エンパイヤステートビルなんかも足もとにも及びませんよ」って強調してね。不動産の素人が買うのがエンパイヤステートビル、通が買うのがクライスラービル。粋です、粋人のすることです、ってなんども繰り返したよ。
茶道具と同じだ。一見つまらない鉄の塊が大和一国の価値を持っている。松永弾正久秀が己とともに吹き飛ばしてしまったけどね。」
「平蜘蛛釜のことね」
「そうさ。英子さんはなんでも知っているね」
「物の価値は人が決める。猫に小判というだろう」
「そう、フランスでは豚に真珠」
「だから、クライスラービルなんだよ。
クライスラービルのあの尖塔、当時の高さ競争の結果だって知ってる?
最後まで競争相手に隠しておいて、相手が283メートルにやっと背伸びして、これでクライスラービルが完成しても1メートル差で世界一になってやったぞと舞い上がったその一か月後さ、隠していた尖塔部分を継ぎ足して319メートルにして世界一に躍り上がったっていう次第だ。
もっとも、それも1年後に381メートルのエンパイヤステートビルに高さ世界一の座を奪われてしまう。まるで子どもの競争だな。現代と比べれば、牛の前のカエルだね。」
「そう。こんなに大きいかって子カエルの前でお腹を膨らませて、あげく破裂してしまったイソップの寓話。
「つまり、ブルジュファリファも同じって?」
「違う?いくら一気に300メートルも高いぞ、って言ってみても、一時期のこと」
「それが人の世だ。それはそれで、意味があると、僕は思うよ。」
「形あるものは全て滅す」
「いや、50億年後に太陽に飲み込まれるまで、地球は存在しているってことさ。
クライスラーって、あの自動車会社のクライスラーの創業者の名前なんだよ。クライスラービルに本社があった。」
英子は三津野の懐旧談に聞き入っている。いや、一生懸命しゃべっている三津野の顔に見とれている。
「だって、本当にあなたもそう思わない。あんな美しいビルはこの世にない。優雅っていう日本語はそのためにあるような言葉だっていう気がするじゃないか。
で、一部長に過ぎない立場だった僕は一計を案じたんだ。
『社長、ニューヨークに一泊して、夜見てください』って。
夜に見ると、あの尖塔の輝きが心を包み込む。少しも力づくではなく、どちらもアールデコかもしれないけれど、エンパイヤステートビルとは質というか格が違うんだな。クライスラービルのデザインは人の魂、エンパイヤステートビルは無機質な建物。」
「ええ、私もそう思っていた。」
「社長、夜中のひと目ですっかり気に入っちゃってね。それで即、買った。他にも日本の不動産会社が買いたがっていて、1000億を超えた。1990年。もうバブルの終わりの気配が漂い始めていたころだ。
実はそれが幸いした。僕のシナリオの後編に織りこんであったたんだけどね。」
「あなたは、いつでもそうなの?」
「知らない。つまりこうだ。
知ってるだろう、三菱地所はコックフェラーセンターを1995年に捨て値で売ることになってしまった。
実は滝野川もクライスラービルをやっぱり大損して売ることになったんだけどね、僕が担当常務だったから、いつでも売るぞっていう体勢だった。危なくなるまえに売ってしまった。買ってから持っていたのは2年だけ。ご執着だった丸山社長が相談役になってすぐに亡くなってしまったのが、丸山さんには悪いが、会社には幸運だった。簡単だった。もし丸山相談役がご存命だったらなかなか処分できなかったろうな。
『おまえ、俺をあのビルに惚れさせて、すぐに売ります、かよ』って言われたろうな。烈火のごとく怒って、みな丸山相談役のご機嫌取りさ。俺は孤立。いや、僕もバカじゃないから、言いださない。三菱地所の例もあるから、滝野川だけ軽症で済まなくっても誰かが悪いわけじゃないしな。」クライスラービルの絵を英子と二人、パソコンで眺めながら、三津野はあのビルのなんとも優雅なたたずまいを思い返していた。〈英子に似ているかもな〉そう思った
<あの国ではなんにでも値段がつく>
「僕は買う前から、クライスラービルは早く処分したほうがいいって決めていた。買えっていっていた当の本人が買う前から売るつもりだったわけだ。
いま言ったろう、丸山相談役が亡くなったおかげで実行できたんだ。つくづく会社の盛衰は人次第、その人の生死は会社の盛衰を決めるって感じないではいられない。」
「丸山相談役が亡くなったときには大変なことがあったんだ。」
「待ってました。」
英子が合いの手を入れた。
「よせやい。会社にとっちゃ重大事だったんだ。
「通夜の席に隠し子を連れた母親が現れてね。
社葬だからな。遠山社長が葬儀委員長だったけど、事務方筆頭の僕を呼んで、「君、なんとかしろ」だ。
そういわれてもなあ。会ったことも、聞いたこともない人たちだしね。
でも、丸山相談役はいかにも玄人女性が惚れるようなキップの良さがあったな。
だから、惚れられて、本気になられて、子どもができたってわけだ。
でも、丸山相談役って人は、会社では強面だけど、家では奥さんに頭があがらない。そりゃそうだ。同じ病気にかかっては、そのたびに奧さんに平謝りに謝ってばかりいたんだからね。無理もない。でも、病気はなおらない。最後の病気が死後に表に噴きだしたてことだ。
僕がたくさんの人がいる通夜の席から離れたところにある別室に二人を呼んで話した。
「私どうしたらいいんでしょうか」ときた。女性は40前でいかにもその筋の女性っていう感じで、色気が首筋からむんむんしていた。子どもは10になっていなかったかな。
丸山さんとは41歳違いだっていう女性は、芸者をしていて料亭で知り合った。思えば、未だあのころには芸者さんっていうのがいたんだな。
で、丸山さんが惚れて、口説いた。口説かれても彼女は応じなかった。30歳の女性と71歳の男だもの。
すると、丸山相談役はムキになった。ムキになれば熱もあがる。上がらなくていい熱が上がると、当たり前なら口にしない口説きになってしまう。」
「それで、丸山さんの二号さん、ていうのかな、お妾さん、いえこれも古い言い方ね。今ふうにいえば愛人、なんて言ったの?」
「うん、別室で僕の顔をつくづくと眺めてから、『三津野さん、三津野信介さんておっしゃるんですね』って僕の名をきちんと字まで確認するんだ。
はあ、三津野です、信じる紹介って書く信介です、って答えたよ。
そしたら、なんて言われたと思う?
彼女、『あの人、私の面倒をすべて見るって約束してくれたんです。私も好きでした。ですから、芸者も不義理でしたけど辞めました。6300万円、即金で払ってくれました。それからはあの人のためだけに生きていました。愉しかった。あの人、時間も少し余裕があるみたいで、『今日は財界のくだらない会合だから』なんていって、二人で、いろいろなところへ出かけるんです。こっちが心配になってしまうくらい。知り合いの多い人だけど、「やあ」なんて挨拶して、それだけ。相手はなにか分かりすよね。
子どもができたと打ち明けたら、とっても喜んで、滝夫っていう名前をつけてくれました。オレの人生は、滝野川不動産て会社とオマエだから、会社の一字をとってこの名にするって。
で、もしオレがオマエより先に死んだら、特に未だこの子の教育が残っていたら、滝野川不動産の三津野信介を訪ねてゆけ。あいつには言い置いておく。あいつなら必ずなんとかしてくれる、って。』
丸山相談役が僕を信頼していたのはわかっていたし、たぶん、僕を社長にするつもりだったから、そんなことが言えたのかもしれない。越前谷社長を出し抜いて会長だった丸山さんが遠山さんを社長にした話はしたろう。
でも、僕が社長になる前に自分が死んでしまうとまでは彼の予定表にはいっていなかったんだな。」
「たぶん、予定表に入っていたんじゃないかしら。
でも、その元芸者の女性にあなたを訪ねさせて、丸山さんて方の遺言を告げさせれば、あなたがなんとかしてくれる、って思っていたんじゃないかしら。三津野信介、見込まれたものね。
私、丸山さんていう方の気持ちよおく分かります。見込まれて当然のニッポン一のいい男!
よね」
英子は得意気だった。
「ふーん、あなたにはそんな風に見えるのか。」
「もちろん。
で、なにをしてさしあげたの?」
こんどは興味津々といった風情だ。
「うん、しかたがないから、遠山社長と越前谷会長にこっそり話して、系列の財団の事務をやってもらうことにした。大した給料は払えないけれど、って言ったら、彼女、『ありがとうございます。やっぱり、三津野さんていう方は私の丸山秀夫が見込んだ方でした。』って、涙を流してくれた。
「ふーん、そんなことしたの。いいことしたわね。」
「ああ、月に20万、30万という金が大事なんだよ。
それは、川野さんにいろいろな機会に教えられたことの一つだ。上ばかり見ていた僕、上昇することにしか関心のなかった僕にとっては、新鮮で、為になる教えだったよ。
『三津野君、あなたには理解できない界かもしれないけれど、世の中には誠実に、自分の置かれた場所で、期待されていることを一生懸命に果たしていながら、不運に見舞われてしまう人がいる。組織はそういう人がいないと成立しない。でも、上からは見えないことが多い。そういう人にとって、不運な運命にみまわれたとき、ほんの少しの助け、感謝に添えた金銭的な援助がどれほどの有難みを持つことか。君にもそういうことが分かる日が来る。君はそういうことを分かるために生きているんだ。きっとそうなる。君はそういう立場になるんだから。でも、今のように上ばかり見ていちゃダメだよ。上になったら、下を見ることができないと、組織に属している下の人たちが気の毒だ。」
言われたときには実感がなかった。でも、あのときには『ああ、これがあの川野さんの教えなんだ。今がそれを実行するときなんだ。』そう感じた。だから、そのとおりやった。」
「そうね。そのとおりね。誰かが見てくれている、という感覚ほど人に癒しになるものはない。そういうことね。」
<英子にはまんざら他人ごとじゃないのかもしれないな>
気取られないように、少し声を励ました。
「さて、プラザ合議とその後の日本の話をしよう。そいつは現在の日本にそのままつながっている。失われた30年という言い方もある。
プラザ合意が第二の敗戦だったって、もう言ってたかな。」
「ええ、おっしゃいました」英子の明るい声だった。
「そうだったね。その後のバブルに浮かれている間に、日本は大きな軛(くびき)につながれているがゆえに坂道を徐々に転げ落ちていった。いまこの瞬間も転げ続けている。人々が『東京23区の土地を売ればアメリカ全土が買える』と浮かれていた時こそ、そのはじまりだったってわけだ。」
「そうね。峰夫もそんな具合だったもの」
「実はね、プラザ合意の1年後に締結された日米半導体協定のすぐ後、こんな話を聞いていたんだ。
牧本次生さんの部下だったかたと或る勉強会を通じて親しかったんだ。牧本次生さんていえば、日本半導体の父親みたいな方で、僕もお名前は存じ上げていた。日立の専務をしていたときかな。
その牧本さんの部下だった方が勉強会の後の食事の席で、「日本はアメリカの激しい怒りを買ってしまった」と牧本さんが怯えたようにおっしゃっていると教えてくれたんだ。
『アメリカが通商法301条にもとづく制裁をしたろう。それも半導体協定を締結してたった半年後のことだ。パソコン、カラーテレビ、それに電動工具が対象だった。この3つに100%の報復関税を賦課してきたんだよ。
半導体協定締結のほんの半年後だぜ。
もちろん、中曽根総理は急遽アメリカに飛んでレーガン大統領に会ったさ。
日本側はロン、ヤスってファーストネームで呼び合っている二人の関係に大きな期待を抱いていた。中曽根さんならレーガン大統領と個人的に親しい仲なんだから、きっとなんとかなるだろう、ってね。
会ったさ、勇んでね。中曽根さんはレーガン大統領に、『自分が責任をもって半導体協定を順守するので、この制裁ばかりは解除してくれ』って頼みこんだっていうことだ。頼み込まれたレーガンはなんて答えたと思う?』
「知らない。でも、結果がダメだったことは知っている。」
「『単なる約束なんてものじゃダメだ。結果が出てからのこと』とつれない返事だったんだんな。
突然の301条発令とロン・ヤスのトップ会談の決裂だ。」
「ふーん。半導体協定は知っていたけど、301条は、新聞で読んだでしょうけど、覚えていないわ」
「さすがの牧本さんが『アメリカの怒りはこれほど激しいのか』って、改めて衝撃を感じたっていうことだった聞いたんだ。身近にいた方の話だ。
『日本政府も民間も委縮することになるな。それだけでは済まない。今度のことは日本にとってトラウマになる。そしてそいつが長く長く続くことになる。』
それが牧本さんの述懐だったそうだ。」
「牧本さんて、ソニーの専務さんにもなられてる方」
スマホで探した英子が、感心したような声をだした。「僕がクライスラービルを買う前の話だ。1987年。日本中がバブルに踊っていた。時の総理大臣が輸入品を2倍買いましょう、なんて叫んでいた時代だ。」
「でもバブルの最中には、誰もバブルだとわからないものなのよね。
私は自分の経験からそう思う。峰夫がバブルのときにどれほどの大風呂敷を広げていたかよく憶えているもの。『自分の会社は近いうちに三菱地所も滝野川不動産も追い越すんだ、三井不動産、三菱地所と天下を三分する』っていう勢いだった。鈴木商店っていう、一時は三井物産をも凌いだ商社を率いていた金子直吉っていう方の言葉だって、峰夫に聞かされた。広島の一中堅不動産業者がそんな途方もない夢をもってもおかしくない雰囲気があったものね。毎日まいにちが銀行や信用金庫なんかとの宴会。でも、早起きして、目当ての土地は必ず自分で見に行くの。
滝野川不動産は目に入っていなかったみたい。ごめんなさいね。でも、あなたが滝野川を今の規模にしたのよね。峰夫の言ってたこと、滑稽な男の滑稽な夢物語だったんだし、許してやって」
「許すも許さないもないよ。ウチは三井不動産や三菱地所にはかなわない。」
「でも、トップがそう思っていなかったら、いまの滝野川不動産はないかもしれないってことでしょ」
不思議だった。三津野は会ったこともない斉藤峰夫なる人物にそこはかとない親しみを感じたのだ。同じ時代を生きていたんだと心の底に実感が湧く。英子を介しての嫉妬の対象でしかなかったのに、自分でもその変化に奇妙な気がした。
「そうか、英子さん、やっぱりあなたは同時代人なんだね。峰夫氏もまったく同じだ。わかる、わかるよ。
それにしても金子直吉ときたか。なつかしい名だな。鈴木商店ね。金子直吉のそのセリフ、僕は高畑誠一さんの『私の履歴書』で読んだのを憶えている。日商岩井っていう商社、今の双日のトップだった方だ。僕が26歳のときだった。まだ滝野川に入ってまもないころだ。きっと峰夫氏も同じ連載を読んだんだね。」
会ったことのない、目の前の英子の子どもの父親だった男にゆえしれぬ共感をもつ。人間とはそうしかものなのだろう。先ほどすれ違っただけの男が、明日の大顧客かもしれない。
「クライスラービルを買うときには、いずれ大変なことになるとうすうす感じていた。動物的勘というかなんというか、とにかく今はバブルで近いうちに崩壊する。そうなったら谷は深く、長くなるぞって確信していたといってもいい。
でも、あのバブルは始めっから崩壊まで仕組まれたものだ。アメリカの怒りが呼んだものだ。敗戦国のくせに、なんていうことをするのか、っていう怒り。いや、それ以上かな。
でも、日本人はまだ猛虎の尾を踏んだと気づいていない。猛虎ということすら忘れていたといった方が正確かな。バカみたいな話だ。
クライスラービルを買うのはいい、社長が買いたいと言っているんだからな。買うしかない。でも、買ったら、いつ売るかを常に考えていないと危ない。いつというより、可能な限り早くだ。
牧本さんの言葉を知ったことが、僕のバブル感をつくってくれた。つまり、後知恵もあるけど、これは単なる経済現象ではない。日本は戦争をしているんだ。前の戦争とおんなじ。あの時と同じ。日本が望んだ戦争じゃない。でも戦うしかない。第二のガダルカナルだとしても、ってね。」
「第二のガダルカナルなんて思っていたの、あなたは。あの、日本中が踊り狂っていたときに。」
英子が小さなため息をついた。三津野の肩に頭を寄せる。
「あなたって、ほんとうに頭の切れる人、冷静な人なのね。惚れ直してしまう。」
三津野の顔を見つめ、目を閉じて息を吸い込む。自分のなかの三津野への恋心を、ゆっくりと反芻しているのだ。
三津野はそんな英子に語りかけた。
「牧本さんのいわれたトラウマはほんとうに長かった。半導体振興という言葉を日本の総理大臣が使うことができたのは、2022年の岸田総理のときだからね。なんと37年後だ。トラウマも続いたもんだな。」
英子が目をうっすらと開いて三津野の瞳をのぞき込む。見えているのかどうかわからない。声は出さない。
「僕はクライスラービルを買う前からできるだけ早く売るつもりでいた。でも、丸山社長がご存命の間はできないとわかっていた。社長を辞めたところで会長になる。会長の次は相談役だ。そして特別顧問、名誉顧問という順だ。権力はすこしずつ減りながらも、残り続ける。というよりも、社長が人選をして次の社長を選ぶのさ。権力は、実はぼんやりと少しずつ年月が経つに従って、本人たちの意志にかかわらず偏移してゆくんだ。その間に会長が死んでしまうこともある。もちろん特別顧問やその前の人はもっと死んでしまう可能性が高い。日本の会社ってそんなものさ。社業が順調な限りは、だけどね。
つまづいたら、ダメ。業績の悪化はもちろんだけど、不祥事も同じことになる。これまではトップのセクハラが連続しいて起きていた巨大企業があったけれど、これもこれからは社外取締役が責任を問われることになってくる。実のところ、社内の人間にしてみると社外の方々は取締役かもしれないけれど、しょせんお客様っていうのが本音なんだな。
でも、そんな発想もいつまで持つのかどうか。怪しくなってきているな。わかるよ。僕らがやろうとしていることも、その一環だものね。丹呉3原則、その2つ目が『コーポレートガバナンスしかない』だものね。
あなたも知っているだろうけど、丹呉泰健さんという方は大木弁護士の大学時代以来の友人なんだ。でもただの弁護士の大木先生と違って、日本のエスタブリッシュメント中のエスタブリッシュメントと呼ばれるにふさわしい方だよ。開成高校から東大の法学部に合格してさらに大蔵省に入ったからっていうようなことだけじゃない。そうした人間は年に何十人といる。丹呉氏は小泉純一郎内閣で事務方の筆頭秘書を長く務め、さらに財務次官となった方なんだよ。これまでの日本のどの基準で測ってもエスタブリッシュメント中のエスタブリッシュメントと称するのになんの躊躇もない。
「大木先生はエスタブリッシュメントじゃないの?」
「違うね。本人もよく分かっている。弁護士なんてエスタブリッシュメントに決してなることはない。」
「どうして?」
「だってそうだろう。この世は組織が力なんだよ。だから、組織で階段を最後まで昇った人がエスタブリッシュメントになる。」
「ふーん。そういえば、弁護士さんて事務所としては決して大きな組織じゃないものね。」
「最大の弁護士事務所で700人くらいかな。
売り上げはいくらか公表されてないけれど、どう考えても1000億にはならないだろう。
売り上げ1000億の企業なんてごろごろしている。
弁護士の力は、法律の力の共演者だからさ。」
「えっ?主演は?」
「もちろん、裁判所という巨大組織だよ。大変な権力装置だ。憲法というのは最高裁判所がこれが憲法というものだ、っていう諺があるくらいさ。法律があったって、その法律は憲法に反して無効だって決められる違憲立法審査権まであるからね。
「なんでもよく知っているのね」
「お恥ずかしい。すべて大木先生の受け売りさ。
彼はいつも、『裁判所は最後にはなんでも知っていることになる。でも、そこまで持って行くのは我々弁護士だ、って言っている。そのとおりだ。裁判官は弁護士に教えられて、なるほどと思ったり、とんでもないと思ったりだよ。
大木先生もまた、いつも裁判所にチャレンジしているのさ。
彼は口ぐせのように言っているよ、『勝率の良い弁護士なんて自慢にならない。勝てる事件は誰がやっても勝てる。勝てそうにない事件を担当して、必死になって勝ちに持って行く。そこに弁護士のだいご味がある」って』
でもね、裁判所って自立していないんだよ。」
「そう。政治家が最高裁判所の判事を決めているもの」
「そうじゃない。判決は紙切れだからね。それが確実に実行されること。場合によっては暴力装置を使ってでも裁判所の判決が実効性をもっていなければ、裁判所なんて何の意味もない。」
「ぶっそうなお話」
「そうさ。警察があって初めて世の中の平穏が保たれる。ときどきテレビのニュースに暴力団事務所の捜索なんてことが出てくるだろう。機動隊がいっしょに出動してる絵だ。」
「確かに。」
「警察があり、万一のときには軍隊が出てくるから、治安は守られていると僕は思っている。」
「いやね」
「いやなものか。女性にとっては深夜の交番ほど頼もしい味方はないはずだ」
「そういえば、そう」
「ね、そうだろ」
「でも、選挙に出る政治家は?どの人も個人よ。」
「いや、違う。組織たる自民党のトップになった人がエスタブリッシュメントの頂上だ。
でも、野党だって政権党になれば、エスタブリッシュメントに大変身だ。ただし、民主党の例もある。
政治家は個人としては力はない。集まって、総理大臣を選らぶから、力があるのさ。戦前と違って、総理大臣は大臣の首のすげ替えは自由自在だ、すくなくとも法のうえではね。」
「じゃ、参議院は?」
「参議院で自分の党が過半数でないと、衆議院の三分の二を占めていない限り、お手上げだ。」
「でも、なんとかなる。」
「ああ、そこが政治だ。どんな妥協だってする。変幻自在。それが政治だ。」
「エスタブリッシュメントの話から、ずいぶん遠くへ来ちゃった。
「こめんごめん。
丹呉氏がエスタブリッシュメント中のエスタブリッシュメントっていう話だったね。」
「でも丹呉さんて、官僚よね」
「そう。官僚も官僚、そのなかで最強の財務省、金融庁を合わせもっていた昔の大蔵省に入って、財務次官になった方だ。」
「官僚って、滝野川不動産の執行役員とどう違うの?財務省のトップと滝野川不動産のトプとどちらが偉いの?」
「グッド・クエッションだね。
なんでも知りたがるお人だ。気を付けて、身を滅ぼしかねないよ。」
「あなたがいれば、ちっとも構わない」
「おやおや。
いいかい。昔のアメリカにJ.P.モーガンという人がいた。金融王として知られている人物だ。」
「知ってる。」
「そのモーガン氏が、或るとき言ったそうだ。『私は世界の誰よりの力がある。なぜなら私を辞めさせることは誰にもできないから。』
そのとおりだね。
財務次官と滝野川不動産のトップの話に戻すと、財務次官のほうが偉い。ま、偉いっていう言葉の定義にもよるけどね。財務次官は滝野川不動産が売り出すマンションの割引分譲はもちろん、優先分譲も受けることはできない。国の予算は年に100兆円を超えていてもね。でも、滝野川不動産のような上場会社は個人オーナーがいるわけじゃないから、トップにも定年がある。決まった規則というわけではなくても、言ったろう、従業員の協働組合だからなんとなく限度があるってわけだ。仲間が決める。先輩や後輩が仲間だ。」
「社外取締役は?」
「ま、半分くらいの仲間かな。いや10分の1かな。なんとなく慣例になっていることを横紙破りするような人は、はじめっから社外取締役になんかなれないからね。」
「でも、財務次官よりも財務大臣の方が偉いんでしょう?」
「そうだね。でも、大臣も財務省の役人が手伝ってくれないとなにもできないから、ま、そんなに偉くもないかな。人による。選挙っていう関門がいつも控えているしね。」
「世の中は、ジャンケン?」
「そうね。
でも、あなたの質問に軍人が出てこないところが、今の日本らしいと思うよ。
戦前なら、陸軍が一番力があるんでしょう、とある時期は言われていた。
でも、丹呉氏に戻ろう。」
英子の目はあいかわらずキラキラ輝いている。目には年齢がない。目の周囲の筋肉には年齢があるが、目の輝きは変わらない。三津野の目のまえには、12歳で水色のカーディガンを着ていた少女がいた。
「とにかく、その丹呉氏がコーポレートガバナンスが日本経済を復活させるにはコーポレートガバナンスしかない、とおっしゃっているってわけだ。」
「あら、じゃ丹呉さん、私たちの同志ってことね。」
英子が無邪気に言い放った。目尻に皺が寄る。年齢を感じさせる。皺の少ない顔だが、笑ったときには驚くほどの皺ができるのだ。とくに目と頬の間に皺がたくさんできる。
体質なのだろう。
「そうか、そういうことになるな。
僕も大木先生にその話を聞いたときには、日本のエスタブリッシュメント中のエスタブリッシュメントがそこまで考え詰めているのか、って、いささかの感慨があったよ」
丹呉3原則の三つ目が外国の力を借りることも必要なら躊躇するな、っていうんだろ。驚くよね。
彼をしてそこまでの思いに至らしめたのは、なによりも失われた30年の間、日本国内への設備投資が少なかったことに原因がある。だから日本人の職場が増えない、だから日本人の給料が上がらない、だから日本人は子どもをつくらない。日本企業は海外への投資を増やして来たのだし、それはそれで企業という立場からは当然のことなんだろうけど、でも日本という国の視点からはどうなのかな。
国は国民が大事。金よりも国民、というか、金は国民のために使ってなんぼだ。
海外に生産拠点を作って利益をあげている日本企業って、いったいなんだい?
英子が微笑をもらす。
「私に言われても」
「そうだね。
なにが悪かったといって、例外は別として、社長の後継者選びだ。縮小均衡しか能のない社長選び連続。
滝野川が好い例だ。
僕を社長に就けたのは遠山社長だ。その遠山社長を社長にしたのは丸山会長だ。ま、越前谷社長を飛び越えての会長による指名だから、実力会長だったってことかな。僕を育ててくれた川野副社長の話、したよね。」
「ええ。京都に住んでいた女性に恋した学生さん」
「日本の上場企業の社長選び、オーナーのいる会社、事実上同族経営の会社を除くと、どこを見ても複雑骨折なんだな。人事っていうのは運、縁、依怙贔屓っていった人がいたけど、そんなところだよ。選ばれなかった方から見れば、なんとも不当な依怙贔屓だ。でも、選んだほうに言わせれば、運と縁の結果で信頼できる人が分かる、それこそが依怙贔屓の大事なところ、ってわけだ。
「遠山さんて方、なんだか心理的に負い目があって、前評判をくつがえしてあなたを社長にしたっていう話。なんだか変。」
「そう、あなたは正しい。
そんな配慮と忖度ばかりしていて、肝心の経営力は二の次だ。
川野さんが好い例だな。川野さんを社長にしなかったばかりに、滝野川が三井、三菱を超えることができた貴重な機会を逸してしまった。一度失敗すると、人事だからね、10年単位で影響が続くんだよ。」
「まあまあ。」
年季のいった女将のような表情で英子が微笑んだ。
「僕を社長にしてくれたのは遠山社長だった。
その前の時点では、遠山社長の後任は管理畑出身の遠藤副社長だと衆目が一致していた。遠山社長の下で長い間、ポストをなぞるように後任の部署に就任し続けたからね。すくなくとも遠山社長の見るであろう目と周囲の人々が考えるところ、つまり人々の次期社長についての予想は遠藤副社長の一点に絞られていた。
しかし、遠山は僕を指名した。僕は、誰が見たって明らかに川野さんの子分だったよ。遠山社長が決して後継者にするはずのない人物だった。
しかし、遠山さんを選んだのは越前谷社長ということになっていたが、実は越前谷さんは川野を後継にと考えていたのだ。ところが結果的には川野さんではなく遠山さんを選んだ形になった。真実は、越前谷の前の社長だった丸山会長が遠山を選んで社長の越前谷に押しつけたんだけどね。丸山さんからも越前谷さんからも聞いたことだから、間違いない、確かだ。
遠山さんにはそうした自分が社長になるについての経緯が複雑な影を落としていたのだろう。自分のコピーではいけない、という強迫観念にも似た思いが、川野さんの子分ということが明々白々だった僕を選ばせたとも言えたのかな。もう丸山元会長も越前谷会長もどちらも死去していたことも、遠山さんが自分だけの思いで後継社長を決めることを容易にした。
それに、僕が社長になった2007年はね。」
英子は三津野の言葉を遮った。
「そう、リーマンショックの前の年。ようく憶えている。私、新聞報道で知ったの。いえ、正確には地元の中国新聞の記者さんが教えてくれたのよ。『広島出身の三津野信介さんが滝野川の社長になります』って、息せき切って。彼、嬉しそうだった。スクープだったのかもしれない。『誰にも話さないでくださいね』って念押しされたもの。」
「へえ、じゃ同窓会誌以前の情報だ。」
「あなたのことなのよ。私が早耳で当たり前でしょ。いやねえ」
「恐れ入りました。
とにかく、クライスラービルは一日でも早く売るつもりだった。
だから、遠山社長への遠慮をしている余裕はなかった。遠山さんもそのことはよくわかっていてくれて、或る時「もう一回恋人に会いにニューヨークへ行ってくるか。丸山さんへのお別れのご挨拶でもあるからな。涙が出るかな。でも、あのクライスラービルってのは、一人消えればまた次の男性と、恋人が次々と名乗りを上げてくる。そんな女性をおもわせる建物だものな。未練の情なんてものは通用しない女性みたいなものだ。丸山さんには他にも報告があるしな。君に代わってすべてご報告しておくよ。君、なにもかもご苦労だったね。」
そうぼそっと漏らしたんだ。よくわかってくれていたんだな。
専務になっていた僕は、短く「はい、ご出張を手配いたします」とだけ申し上げた。
いつものプラザにスウィートをとった。買ったときの丸山さんもプラザ、売るときの遠山さんもプラザだ。そういえば、英子さん、あなたの定宿がプラザだったよね。」
「いやだ、私、本当に或る恋人とお別れの夜にあそこに泊ったのよ。」
「思い出す?」
「それが変なの、誰と泊まったのか思い出せない。」
「それほどいろいろな男性と泊まったってこと?」
この話は三津野にすこしも嫉妬を感じさせない。三津野はそういう自分を、透明人間のように感じていた。人ではない、ホテルなのだ。建物にすぎない。それになんといっても昔のことなのだ。もうその瞬間の英子は消えてしまって、どこにも存在しない。しかし、いまの英子は目のまえにいて、触れることもできる。
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