「自己肯定感を育む教育」目指す
埼玉県川口市の小学校における移民児童の日本語教育の課題

【まとめ】
・川口市立在家小学校ではマンツーマンの日本語教室を実施
・課題は言語の壁より人手不足、教室を支える現役教員が求められる
・国籍に関わらず、クラスに自分の居場所がある環境を整え「自己肯定感が育つ土壌」を作る教育方針
外国人が多い街で知られる埼玉県川口市。それを象徴する場所のひとつが市立小学校である。移民2世や外国にルーツを持つ子供たちが増え続けている今、教育現場はどのように対応しているのか。我々は市が紹介してくれた、川口市立在家小学校へ向かった。3月初旬、春の雪が積もり肌寒い日だった。
マンツーマン指導の日本語教室
「おはようございます!」
広い教室に響くたった一つの幼い声。この日、日本語教室で授業を受けていたのは1年生のギュネイ君(仮名)だった。指導教員である雨宮先生(仮名)と向かい合わせにくっつけた席に、ちょこんと座っている。小学校の教室、というよりは個別指導塾を思わせるような光景だった。

写真)日本語教室で勉強をするギュネイ君
©Japan In-depth編集部
東浦和駅から少し離れたところにある在家小学校では、全校児童約350名のうち7分の1が外国籍の子供たちだ。トルコ国籍や中国籍が多いという。彼らのうち、日本語能力が不十分な為に授業についていくのが困難な児童もいる。そういった児童をサポートするのが日本語教室である。川口市内の他の小学校でも日本語教室は実施されているが、本校では2名の指導教員が分担してマンツーマン指導を行っていることが多い。児童らは毎週1〜2時間ずつ普段のカリキュラムの授業を外れ、日本語教室での学習に当てる。
この日のギュネイ君は、日本語のてにをはを学んでいた。
「服を、着る」
「帽子を、脱ぐ」
「靴を、……着る?」
間違えるとギュネイ君は恥ずかしそうに笑うものの、先生の目を真っ直ぐに見て、正しい答えを待つなど真剣そのもの。日本語の難しさに苦戦しながらも、楽しそうに学ぶ姿勢が見て取れた。そしてこの1ヶ月練習し続けた詩の朗読ではやっと合格ラインに達し、先生から貰えたご褒美のシールに大喜び。教室に掲示されている自分の名前の横に得意げに貼っていた。
教室の壁には生徒らの絵日記や自己紹介が一面に貼られていた。1年生から6年生まで、計16名の児童がこの教室に通っているようだ。
授業後、私達は学校が声をかけて集めてくれた外国籍の児童ら4人に話を聞いた。
6年生のレイース君(仮名)と5年生の福山さん(仮名)はそれぞれトルコ国籍と中国籍だが生まれも育ちも日本で、我々と同じように流暢な日本語を話す。当然、日本語教室は利用せず他児童らと同様に通常の時間割を受けている。
「家ではクルド語を話している。両親は日本語が分からなかったりするので、学校からの連絡はたまに大学生の兄が通訳する」と話すレイース君は、中学以降の進路も日本で過ごすことを希望している。
川口市の印象について聞くと、福山さんは「自然がたくさんあるけど都会で過ごしやすい街」、レイース君は「優しい人がいっぱいいて楽しい」と答えた。
課題は言語の壁より教員不足
一口に外国籍児童と言っても、その日本語能力にはバラつきがある。特に低学年の児童は、そもそも母国語もなかなか話せない状態だ。
「私は授業ではポケトークを使っています」。ギュネイ君の担当教師の雨宮先生が見せてくれた通訳機器、ポケトークは学校側が日本語教室用に購入したものだという。「私にとってはお守りみたいなものです。学校に2つしかないので、(ポケトークを使えない)担任の先生達はタブレットを起動させて、インターネットに接続して…と、なかなか大変みたいです」。

写真)ポケトークがトルコ語を日本語に変換する様子
©Japan In-depth編集部
言語の壁はあるものの、工夫によってある程度は乗り越えられている。それよりも深刻なのは、教員不足の問題だ。
実は日本語教室のマンツーマン指導が充実したのは今年度からだ。文科省が令和8年度までに段階的に実施している教職員定数の仕組みによると、日本語指導が必要な児童生徒18人に対して1人の日本語指導担当教員が配置される。昨年の日本語教室は担当教員が1人だったため、授業も教員1人に対し児童が3、4人ついたという。しかし、今年からは日本語指導が必要な児童数が36人を超えたため、教員が1名追加された。これにより、教員1人あたりの担当が減り、マンツーマン指導が可能になったのだ。
とは言え、教員の負担は決して軽いとは言えない。ましてや、今後外国籍児童が増え続けるとすれば人手不足も懸念される。実際、雨宮先生は元々小学校の先生として勤務していたが、定年退職後に再任用で日本語教室の教諭を務めることになった。埼玉教育委員会の令和4年度の発表によると、川口市の全教員1439人のうち約5%が60歳以上の再任用の教員だ。その多くが、特別支援学校や日本語教室で教育現場を支えている。しかし、再任用制度の期限は65歳までだ。前述の通り、外国籍児童の増加により教室が拡大したり、制度自体を変えざるを得ない可能性もある。長期的な課題に取り組むためにも、現役世代の教員が求められている。
雨宮先生が時短勤務として週に受け持つ授業数は15時間だ。それでも現場では教員不足を実感しているという。(参考:埼玉県学校教員統計令和元年度 )
写真)取材を受ける雨宮先生
©Japan In-depth編集部
「外国籍のお子さんが増えている中で、やはり日本語教室の役割は大変重要だと思います。通常のクラスの担任が足りない中で、現実的には厳しいと思いますが、私たちのような指導者が増えるといいなとは思いますね」と雨宮先生は語った。
また、転入時に利用する校外日本語教室の充実の必要性も感じているという。日本語が全く話せない児童は川口市が実施している日本語指導教室で日本語教室初期指導プログラムを20日間受けることができる。しかし、そういった施設は在家小学校からは遠く離れている。「どの学校からも通えるところがあれば良いなという思いがあります」と、市の北部にある在家小学校ならではの意見を述べた。
通常学級の教員に関しても、需要と供給の乖離は年々激しくなっており、今や日本全国で教員不足が叫ばれている。そんな中、日本語教室の教員を目指す人材を市は確保できるのか。本取材後、今後における取り組みについて私達は市の担当課に取材を行った。そちらは追って掲載するので、是非ご覧いただきたい。
目指すのは「自己肯定感を育む教育」
日本語指導が充実し、外国籍児童が学びやすい環境を作っている在家小学校。学校として心がけていることは何か、校長である熊谷壽校長に話を聞いた。

写真)取材を受ける熊谷壽校長
©Japan In-depth編集部
「何人だから、とか関係なく、『人として生きているという点では一緒だ』という視点に立った時に、やはり自分の存在を認めてもらうことが一番だと思います。だから、最終的には自己肯定感を育んでいくということが、学校の中で子供たちを育てていく上での一番大事なポイントになってくると思います」。
しかし、自己肯定感はいきなり育つものではない。自己肯定感が育つ土壌を作るために、学校では国籍に関わらず「どの学年どの教室、どの学級においても一人一人の子どもに自分の居場所がある」環境作りを目指しているという。普段の学校生活はもちろん、日本のマナーを教えたり、反対にトルコや中国など外国籍児童の母国文化を皆で学ぶ機会を設けたりすることで、相互理解に励んでいる。
「自己有用感、自己存在感が認められている環境にあることをお互いに自覚できるようにしていくことが、まず大前提としてあると思います。また、一人では何もできないけれど、みんなで力を合わせると大きなことができるという話に結びつけていければ、多文化共生の考え方につながっていくのではないか、と」。
我々取材班が窓から覗いた音楽の授業では、外国籍の児童が鍵盤ハーモニカの弾き方を他の児童に教える様子が見られた。また、日本語教室の自己紹介欄には好きな食べ物としてケバブが書かれており、外国籍児童が自国のアイデンティティを自然と示すことができる、まさに多文化共生の下地が作られていると実感した。

写真)日本語教室の壁にはられた児童らの自己紹介
©Japan In-depth編集部
しかし、学校の外、特にSNSでは児童らの自己肯定感を削ぎ落とすような心ない言葉が飛び交っている。川口市内に住む特定の人種に対するSNS上のヘイトコメントを見て、当事者の児童が傷付く恐れがあるのでは無いか。熊谷校長によると、校内においては関連する大きな事案は生じておらず、一つ一つの案件に対応したことは無いという。
「情報教育の一環ということでリテラシーの学習の機会は設けるようにしていますので、そういったものを踏まえて、自分の生活の中に良い影響がでるように導いているところかなと思います」。とSNS指導について説明した。
そして、ヘイト的な言説に対しては、「学校として、様々な風評に惑わされるなという指導をしなければいけないと思いますね。〇〇人は悪い人、みたいな意見を耳にしたからといって、それを丸ごと受け入れてしまい、自分のそばにいる〇〇人も悪い人だ、という風に思わないでほしいです」ときっぱり語った。そのために、学校生活の中でも噂話に起因する揉め事は丁寧な話し合いによって解決する姿勢を教えているという。「そういったことの日々の積み重ねの中で、子どもたちがより良い方向に学んでいけるように導いていくのが私たちの仕事なのだろうと思っています」。
また、日本語教室の教員不足については、毎年外国籍児童が増え続ける訳では無いから一概には言えないが、教員を志望し、日本語教育に関心を持つ人が増えてくれればという思いがあると言う。我々はNPO法人を取材した経験から、ボランティアとの連携の可能性について聞いたところ、「学校が求める望む支援をいただけるのならば、積極的に声をかけていきたい」と前向きな返答を貰った。学校の枠を超えた、地域の人々との連携が期待される。
取材を終えた昼頃、学校では給食を準備する子供たちの笑い声が響いていた。校庭に積もった春の雪に負けない、人と人とが思い合う暖かな空気が私の心にも残った。教員不足やSNS上のヘイトは、川口市だけでなく全国の問題である。よその街のことだからと切り離さず、自分事として向き合う姿勢が求められる。そして、街の変化に適応し、全ての児童に安心して学べる場を提供する現場の姿から、私たちが学ぶものは多い。外国人が多い自治体の小学校の力強く前向きな実態を、より多くの人に知ってもらいたい。
冒頭写真)在家小学校における日本語教室の様子
©Japan In-depth編集部





























