国民への説明責任が求められる日本郵便支援

福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)
【まとめ】
・日本郵政株の配当金を2027年から毎年日本郵便へ供与する案が、議員立法として国会へ提出される。
・国が保有する日本郵政株は国の「資産」、配当は「収益」。
・国民のお金を預かる政府は十分な検討と国民への説明が必要。
選挙前になると、議員の動きが急にあわただしくなる。そのうち議員自身が駅前などでマイクを握って演説する姿が見られる。しかし、当選した途端、所属する党、長老に従うことをメインに置き、一般国民の意見は二の次、選挙民とのコミュニケーションは新聞の折り込みチラシや郵送での活動報告あるのみとなる場合が多い。
政党が票を取る為にタレントなど、マスコミで名の知れた人を担ぎだそうとする動きは毎回のことだ。そもそも担ぎ出された新人議員の多くは、政治や経済についての勉強を十分していないと言っていい。ある会合の後、参加議員にメールで質問したところ「自分は未だ新人で勉強中」との返事が来て、呆れ果てたことがある。当選してから勉強中とはとんでもない。議員の力不足によって、実際は官僚が動かすような政治で困るのは国民なのだ。新たに立候補する議員に限らず、国会議員は、官僚に対抗できるくらいのレベルの政治、経済などの知識を蓄えておくべきだ。
国が保有する日本郵政株の配当金650億円を2027年から毎年、日本郵便へ供与するという案を自民党議員連盟が了承し、議員立法として国会へ提出されるそうだ。そもそも国が保有する株、そして、そこからの配当金は国民のものではないのか?国民への説明すら十分せずに与党議員が進めて良いのか?はなから日本郵便は郵便局の財政改善に努力する気がないようだ。議員に財務諸表を読む基礎知識があれば、本件は不自然以外の何ものでもないとわかるはずだ。
2007年10月1日、かつて国が運営していた郵便、郵便貯金、簡易生命保険の3事業が民営化され、現行の日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、日本郵便の4社体制となったのは2012年10月1日のことだった。それから10年あまり、インターネットによるコミュニケーション環境の激変もあり、郵便の利用者も激減した。昨年は郵便物が40%減、947億円の赤字を計上した。日本郵便はこれまで、人員削減、土曜日の配達休止、ゆうパックの翌日配達中止、昨年の10月1日から25グラム以下の郵便は84円から110円へ、ハガキは63円から85円へとする郵便料金値上げなどを行ってきたが、この赤字体質からはなかなか抜け出せない。そこで自民党は国が有する日本郵政株から毎年受け取る配当金に加えて郵政民営化までに預けられた定額郵便貯金、積立郵便貯金で満期後20年2か月経って国庫へ納付された権利消滅貯金の一部を利用して、2027年より毎年、650億円を日本郵便へ与えるという策を打ち出した。因みに、2023年度の配当額は約576億円だった。
国庫へ納付される配当金、権利消滅貯金は国民のお金だ。それを日本郵便の支援のために流用するということは許されるのか?日本郵便は更なる合理化に自助努力すべきだ。この日本郵便支援については、野党からも反対の意見は聞こえてこない。自民党、野党にはそれぞれ、大票田の郵便局長会、JP労組の陰の力が透けて見える。
「自民 郵政民営化法と関連法の改正案を了承 今国会へ提出」のニュースの横のニュースランキングの第一位に「自民森山幹事長 “消費税引下げなら、代わりの財源明示を”」とあった。国のお金を郵便局支援の為に使おうとする一方で、消費税を引下げるための財源が無いとはどういうことか。その650億円を消費税引下げの財源の一部に充てればすむ話だ。
この、国が保有する日本郵政株の配当を国民の合意なしに日本郵便に渡すという話で思い出されるのが、2016年10月、JR九州の上場時の不可思議な国のお金の譲渡だ。1987年、旧国鉄が民営化された時にJR北海道、JR四国、JR九州に経営安定基金が与えられた。基金自体は預け金で、与えられたのはその運用益だった。ところが、JR九州が民営化された際、国家から預けられた約388億円の経営安定基金がそのままJR九州のものになってしまったのだ。これは民営化後、本来国に返すべきお金だった。本件、国会で十分議論されたのだろうか?
国が保有する日本郵政株は国の「資産」であり、配当は「収益」だ。これを日本郵便に与えるには、国、つまり国民の同意が必要だ。国庫に移された権利消滅預金も国の「資産」だ。民営化前のJR九州に与えられた経営安定基金は「純資産」で、国、つまり国民へ返済しなければならないものだった。
国の資産、つまり国民の資産を動かすには、当然ながら、国民への十分な説明をした上で同意を得る必要がある。その為には国会で議論を尽くして、その議論と結果を国民に知らしめることが不可欠だ。日本郵便への株配当の譲渡について、国民のお金を預かる政府は、十分検討し、国民に説明しなければならない。これこそ国民ファーストだ。
社会人、いや大学を卒業して社会人になる人達でさえも、財務諸表の基礎くらいの知識は必要な時代だ。貸借対照表、損益計算書のしくみくらいは、国民を代表する議員は知っておくべきだろう。知識を有して、国民ファーストの政治を行う賢明な議員であれば、国保有の株の配当、更に権利消滅貯金の一部を既に民営化して久しい日本郵便へ与える案に対しては異議を唱えるべきところだ。
トップ写真)2015年11月4日、東京都心の道路を走る日本郵政の配達車
出典)Christopher Jue/Getty Images




























