会計検査院P-1報告書を読む その2

清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・P-1哨戒機の稼働率が低く、その情報が隠蔽されていた。
・F7-10エンジンの腐食不具合が低稼働率の主因である。
・防衛省とIHIの責任と能力不足が問題解決を妨げている。
P13
2 検査の観点、対象及び方法
>会計検査院は、次期固定翼哨戒機の調査研究等が開始されてから令和5年度までの間にP-1の開発、運用等に要した経費、及び海上自衛隊が同年度末時点で保有しているP-1計35機(国有財産台帳価格計1320億8304万余円)を対象として検査した。
>検査に当たり確認した関係書類には、P-1の可動状況や、技術・実用試験の実施方法、試験結果等についての詳細な情報が記載されていた。防衛省は、これらのP-1の運用や開発の細部にわたる情報が公開された場合、装備品の機能、性能、特性等が推察されることになり、警戒監視活動等の任務の遂行に支障を来し、国家の安全が害されるなどのおそれがあるため、同省として公開することはできないとしている。上記を踏まえて、これらの情報については、本報告書に記述しないこととした。
確かに防衛秘にあたる核心的な情報は秘匿すべきだが、防衛省の情報隠蔽に配慮しすぎている。米国では議会調査局、会計検査院(GAO:Government Accountability Office)などが軍の装備に関してかなり踏み込んだ調査を行い、稼働率、ミッション達成率、それらが低い場合の理由、改善方法などを事細かく分厚い報告書に記載している。それは納税者に対する説明責任を果たす、という民主国家の軍隊では当たり前の行為である。
少なくとも同盟国である米国のGAOを基準とした情報公開を行うべきである。
P15
3 検査の状況
(1)P-1の開発、運用要した経費等
>平成3年度から令和5年度までの間に締結されたP-1の開発、運用等に係る契約は、(中略)計4,656件、契約額計1兆7766億1506万余円となっていた。
これだけ多額の税金を使いながら防衛省と海幕はP-1の稼働率の低さを公表してこなかった。これはすなわち、海上自衛隊の周辺海域の哨戒が十分に行われてこなかったことを意味する。その意味では防衛省と海幕の隠ぺいは国民に対する背信行為であるといえよう。

写真)Pー1の開発、運用等に係る契約の件数、契約額等(平成3年度~令和5年度) 出典)筆者提供
(2)P-1の稼働率
>会計実地検査を行った3航空基地のうち、6年度に初めてP-1が配備された下総航空基地を除いた2航空基地(鹿屋、厚木両航空基地)において、会計実地検査時点及び元年度から5年度までの間の可動状況を確認したところ、任務可動機の数は限られており、P-1の可動状況は低調となっていた。
報告書の要点はまさにここにある。筆者の取材する限りP-1の稼働率は3割程度に過ぎない。部隊でもこの低稼働率は大変問題になってきた。しかも採用されて10年たって多額の費用を投入しても稼働率は低いままであった。繰り返すが防衛省と海幕は長年P-1の稼働率が低かったにもかかわらず、それを隠蔽し問題がないかのようにふるまってきた。
P16
>P-1の可動状況が低調となっている要因等として、F7-10エンジンの一部素材の腐食による性能低下、搭載電子機器等の不具合、機体用交換部品の調達等に係る調達リードタイムの長期化等が見受けられた。
>(3) F7-10エンジンの運用等の状況
>不具合の状況及びその原因 F7-10エンジンの運用等の状況を確認したところ、会計実地検査時点まで継続的にF7-10エンジンの一定数が性能低下の状態になるなどして使用不能となっており、P-1の可動状況が低調となる要因となっていた。
P-1は、警戒監視活動等の任務を遂行するに当たり、目標の捜索等のために海上を長時間飛行することがあり、飛行する高度によってはF7-10エンジンのファンから海水の塩分を含んだ空気を取り込むことにより、F7-10エンジンの内部に空気中の塩分が付着することが想定される。そして、塩分により部品が腐食すると、F710エンジンの推力の低下につながるおそれがあることから、F7-10エンジンは、十分な耐久性及び耐腐食性を有する必要があるとされている。
P17
>F7-10エンジンが性能低下の状態になるなどした原因についてみると、次のとおり、F7-10エンジンの一部の素材に腐食が生ずるなどしたことによるものが多くなっていた。 ① F7-10エンジンの一部の素材に空気中の塩分が付着するなどして腐食が生ずるなどした(以下、これを「第1回目腐食不具合」という。)。 ② 一定の使用時間が経過したF7-10エンジンにおいて、第1回目腐食不具合が発生したのとは別の素材に空気中の塩分が長時間付着したことにより、腐食が生ずるなどした(以下、これを「第2回目腐食不具合」といい、第1回目腐食不具合と合わせて「腐食不具合」という。)。
P-1のセールスポイントは低空を飛行してのMAD(magnetic anomaly detector:磁気探知機)を使用しての対潜哨戒に有効だとされている。だが米海軍の海軍航空システム・コマンド(NAVAIR)は音響センサーシステムの能力向上にともない、MADがなくても対潜探知能力影響はなく、耐久性向上と軽量化のためP-8にMADを搭載しないことにした。ただオプションで搭載は可能であり、インド海軍のP-8にはMADが搭載されている。
現実問題として筆者の取材する限りP-1の探知能力はMADを搭載しないP-8に遠く及ばない。MAD装備は必ずしも必要ではなかったのではないか。こういうところが筆者が先に述べた哨戒機の技術の端境期というところだ。
どうしても低空を飛ぶことが必要であるならば、十分な塩害対策を行うべきだったがそれが行われていなかった、ということだ。

写真)国内開発された固定翼哨戒機(Pー1)の運用等の状況(随時) 出典)筆者提供
P17〜18
>不具合に対する対応状況
>腐食不具合の原因は、いずれもF7-10エンジンの一部の素材に空気中の塩分が付着したことなどによるものであったことから、補給本部は、IHIからの提案を受けて、第1回目腐食不具合及び第2回目腐食不具合のそれぞれについてF7-10エンジンの素材に係る改修指示を行っていた。
そして、第2回目腐食不具合に対するF7-10エンジンの素材に係る改修の進捗状況を確認したところ、会計実地検査時点で改修が必要となるF7-10エンジンが一定数残っており、海幕はIHIにおける修理体制を増強するなどして可能な範囲で速やかに改修を実施していたものの、改修には一定の期間を要することから、改修が十分に進んでいるとはいえない状況となっていた。
>F7-10エンジンが部隊に納入されてから発生した不具合に関する契約不適合修補等の請求等の状況を確認したところ、第1回目腐食不具合に関しては契約不適合修補- 17 等の請求等が行われたものがあり、いずれもIHIが修補を行っていたが、第2回目腐食不具合に関して契約不適合修補等の請求等が行われたものはなかった。
>補給本部は、第2回目腐食不具合に関して契約不適合修補等の請求等を行っていない理由について、契約不適合修補等の請求等を行うことができるか検討したものの、第2回目腐食不具合は一定の使用時間が経過したF7-10エンジンに発生していて第2回目腐食不具合が発生した時点で既にエンジンの納入日から1年が経過していたこと、また、承認された図面どおりに製造されたものであって契約不適合に該当しないことが判明したためとしていた。
かいつまんでいうと、1回目は業者の責任にできるが、2回目は期間が経過して請求できなかったということだ。
エ 技術・実用試験において発生していた不具合及びこれに対する対応状況
装備庁は耐腐食性等を十分に有していることを確認するための試験(Qualification Test。以下「QT」)を行うにあたってアメリカ合衆国軍隊の公共規格の一つである「統合運用のための仕様ガイドライン 航空機用タービンエンジン」を参照していた。そのなかで腐食性試験の項目の一つとして定めていた。
P19
>(イ) 当初腐食性試験時不具合及びこれに対する対応装備庁が、腐食性評価基準に基づき、腐食性試験を実施したところ、21年8月から9月にかけて実施した当初腐食性試験において、XF7-10エンジンの一部の素材に空気中の塩分が付着するなどして腐食が生ずるなどの不具合(以下「当初腐食性試験時不具合」という。)が発生した。
> そのため、装備庁は、IHIと協議の上、腐食性試験の実施条件の見直しについて検討することとした。そして、検討の結果、装備庁は、腐食性評価基準を作成する際に参照した統合仕様ガイドラインはアメリカ合衆国軍隊の航空母艦に搭載される回転翼航空機を基準としたものであり、次期固定翼哨戒機ではそのような運用は想定されないなどとして22年5月に当初腐食性試験の条件を見直した上で、新しい条件による試験(以下「新条件腐食性試験」という。)を行い、同年11月にXF7-10エンジンが腐食性試験に合格したとしていた。
P19〜20
>装備庁は、新条件腐食性試験を行い、腐食性試験に合格したとしていたが(中略)¥22年8月にも当初腐食性試験時不具合と類似の不具合が再度発生したため、新条件腐食性試験の後に実施する予定であった試験の一部を中断するなどしたとされていた。
>装備庁は、次のことから、新条件腐食性試験実施後不具合に対応するための特別な整備、処置等は不要であり、必要に応じて所要の処置を検討することとしていた。
①新条件腐食性試験は回転翼航空機と次期固定翼哨戒機の運用環境の差異を比較するなどしたIHIの分析結果を踏まえて設定されたものであること
②IHIから、新条件腐食性試験実施後不具合は偶発的に発生したものであり、新条件腐食性試験実施後不具合に関する特別な整備、処置等は不要であるとする分析結果が報告されたこと
これは防衛装備庁が自分たちでしかるべき、試験を組み立てる能力がなく、そのための研究すら行ってこなかった。しかも都合の悪いデータがでそうなので、参照した米軍の試験は必要ないとして、腐食問題があったXF7-10エンジンをお手盛りで腐食性試験に合格させたということだ。
この点からも防衛省に航空機開発の能力はないといえよう。
P20
>装備庁は、新条件腐食性試験実施後不具合により新条件腐食性試験の実施後に予定していた試験の一部が中断し、また、腐食性評価基準を作成するに当たって参照した統合仕様ガイドラインには実際のデータを取得することに代えて分析の結果によりエンジンの性能の一部を確認することが可能である旨の手順に関する明確な記述はなかったものの、IHIの分析結果を踏まえて、過去に採用された実績のある検証方法として統合仕様ガイドラインに記述されている実証方法とデータ分析手法を併用して、XF7-10エンジンが腐食性試験に合格したと判断していた。
「過去に採用された実績のある検証方法」を実施し、それでなぜ問題が発生したのか。ここからも装備庁に航空機開発の知見がないことがうかがえる。
P20
>(エ) 当初腐食性試験時不具合及び新条件腐食性試験実施後不具合に関する契約不適合修補等の請求等の状況
>装備庁は、当初腐食性試験時不具合及び新条件腐食性試験実施後不具合については、契約不適合に該当しなかったとしている。 また、IHIは、XF7-10エンジンの設計・試作の時点で、海幕及び装備庁から与えられた限りの情報を最大限に活用するなどしていたものの、詳細な運用方法に基づく具体的な数値等による設計要求がなされなかったため、設計・試作の時点ではP-1の運用段階における不具合までを予見することはできなかったとしている。そして、IHIは、海幕又は装備庁から契約不適合修補等の請求等が行われたとしても、基本的には否認することになったとしている。
この部分からも実際にエンジン不具合が生じているのに装備庁、IHIともに当事者意識と能力が欠如していることがうかがえる。誰も責任の所在を明らかにしたり、責任を取ることを拒否しているように見える。
P20〜21
>(オ) 運用段階における対応状況
F7-10エンジンについては、P-1の運用段階の初期において、第1回目腐食不具合が一定数発生し、P-1の可動に支障を来す状況となっていた。他方、開発段階においても、XF7-10エンジンの腐食性試験において、当初腐食性試験時不具合及び新条件腐食性試験実施後不具合が発生していた。 装備庁は、新条件腐食性試験実施後不具合について、これに対応するための特別な整備、処置等は不要であるとしていたものの、塩分が付着した状態でのXF7-10エンジンの保管期間とXF7-10エンジンの素材の腐食の進行度合いに関する分析をIHIに行わせていた。
開発時からF7-10エンジンに腐食の問題が生じており、このため不具合が発生していたにも関わらず、装備庁はその事実を直視せずに調査も業者任せにしていた。
P21
>XF7-10エンジンの純水水洗には付着した塩分の除去に一定の効果があることを確認したとして、これに係る分析を行うことがIHIから提案された。 そして、補給本部は、IHIからの提案を踏まえて、F7-10エンジンの使用時間延長に関する役務請負契約において素材の腐食の進行度合いなどに関する分析等を行っていたが、次のことから、P-1の運用段階の初期においては残留塩分量の除去を目的に定期的にF7-10エンジンの純水水洗を行うこととしていなかった。
- F7-10エンジンの純水水洗は整備部隊にとって作業負担が大きいこと
- 海上で警戒監視活動等に従事した場合にはその直後に機体の洗浄を行っていること
- IHIから新条件腐食性試験実施後不具合に対応するための特別な整備、処置等は不要であるとする分析結果が報告されていたこと
- 必要に応じて行うこととされている油分を除去するためのF7-10エンジンの洗浄を行えば整備作業としては足りること
その後、補給本部は、第1回目腐食不具合が継続的に発生していることを受けて、IHIに技術維持活動の一環として対応策の検討を行わせたところ、IHIから暫定的な対応策として所定の間隔でF7-10エンジンの純水水洗を行うなどの具体的な整備方法を提案されたことから、P-1整備部隊等に対して所定の間隔でF7-10エンジンの純水水洗を行うよう通知を発していた。
このように、補給本部は、IHIからの提案を踏まえて継続的に分析を行っていたものの、P-1の運用段階の初期において、定期的なF7-10エンジンの純水水洗を行うこととしていれば、第1回目腐食不具合の発生時期を遅らせることなどができた可能性もあると思料される。
本来低空飛行での哨戒監視が可能であることがP-1の最大のセールスポイントであり開発理由であった。であれば塩分による被害の対処は素人でも思いつくことである。そうであれば地上試験についで、テストベッドとなる航空機に搭載してのエンジン試験を通常のエンジンよりもはるかに慎重に行う必要があった。
だが実際にはエンジンの試験は他国のエンジンよりも一桁少ない時間で終わっている。まさにこれは試験不足による人災である。またそのような特殊なエンジンをIHIが開発できるかという技術評価もされていなかった。
IHIからの改善提案も場当たり的なものであった。だがそれやってこなかった。IHIには問題の根源的な解決の能力がないように思われる。
そもそも航空機用のエンジンはある程度の量産をしないと不具合などを把握できない。通常旅客機用などでは千基以上のエンジンが使用されるので、様々な異常が報告されて、それがフィードバックされて信頼性を高めていく。ところがP-1の場合、P-3Cを単純に置き換えてのであれば哨戒機80機+派生型20機で100機、エンジンは400基に過ぎない。しかも現実は現状35機に過ぎない。仮に現在の61機が調達され、派生型が開発されも80機程度でエンジンは320基程度に過ぎない。そもそも調達数の少ない単独機種専用エンジンというものが成立しなかったのだ。
(その3に続く)
トップ写真)P-1哨戒機 出典)海上自衛隊ホームページ
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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