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.社会  投稿日:2022/6/27

福島県の医師不足は改善されたのか その3


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・福島県の医師不足を改善するには、診療科によって状況が異なるため、それぞれ適切な対応が必要。

・いわき市の医師不足は医師養成数を増員する、国立大学医学部を移転するなど、もっと強力な対策が必要。

・医療体制の整備は、住民の最優先希望の一つであり、福島の復興のためにも住民目線に立ち、もっと真面目に取り組むべきだ。

 

過去二回(第一回第二回)、福島県の医師不足について解説した。今回は診療科の偏在についてご紹介しよう。

福島県の医師不足は、全ての診療科で同じように起こっているのではない。事態を改善するには、診療科によって状況は異なり、適切な対応が必要だ。そのためには、まずは現状把握だ。

厚労省の「令和2年医師・歯科医師・薬剤師統計」を用いて、医療ガバナンス研究所の山下えりかが調べた。その結果が興味深い。表1をご覧いただきたい。日本専門医機構が認定する基本領域(歴史が新しい総合診療科を除く)における、全国と福島県の医師数の比を示している。もっとも少ないのはリハビリテーション科(39.1%)で、救急科(54.8%)、皮膚科(55.1%)、形成外科(62.5%)、麻酔科(67.9%)と続く。全国平均を上回っているのは外科(105.7%)だけだ。

▲表1 

全国で人口10万人あたりの医師数が10人を超える6つの主要診療科に限定すれば、 眼科(76.9%)、小児科(79.7%)、整形外科(86.0%)、内科(90.8%)、精神科(90.8%)、外科(105.7%)となる。

眼科、整形外科、内科は高齢者の需要が高い診療科だ。福島県の高齢化率(65以上人口の割合)は31.5%(2019年)で、内閣府によれば、2045年には44.2%に上昇するという。12.7%の上昇幅は青森県(13.5%)、秋田県(12.9%)に次いで高い。今度、このような診療科の需要は益々高まる。

では、福島県内の地域別では、どうなっているだろう。表2をご覧頂きたい。黒字が福島県内の平均以上、赤字が以下を示す。県北医療圏の「一人勝ち」が分かる。この地域には福島市が含まれ、県内唯一の医学部である福島県立医科大学の本院が存在する。

▲表2

それ以外の5つの二次医療圏の中で、特に「悲惨」なのがいわき地区だ。人口10万人あたりの医師数は136.1人で、この中で最低だ。県北医療圏(292.6人)の46.5%に過ぎない。診療科のうち、皮膚科、小児科、麻酔科、産婦人科、形成外科、外科、リハビリテーション科の7つの診療科の医師数は、県内で最低だ。最も医師数が多い県北医療圏と比較して、麻酔科は6分の1だ。いわき地区以外から非常勤医師を招聘し、なんとか診療を維持しているのだろう。アルバイト医師で回せるのは、このような診療科では、主治医として入院患者の診療にあたることが少ないからだろう。

問題は、入院患者の診療の占めるウェイトが高い内科、外科、小児科、産婦人科などの診療科だ。このような診療科の医師数は、県北医療圏と比較して78.6%、51.5%、30.8%、33.0%しかいない。

これでは日常診療が回るはずがない。いわき市の医療は既に崩壊している。同市の中核医療機関であるいわき市医療センターのHPによれば、腎臓・膠原病内科、糖尿病・内分泌内科、呼吸器内科、リハビリテーション科に常勤医はおらず、腎臓・膠原病科のホームページには「常勤医不在のため、再来患者さんのみを対象に診療しています。」と記されている。このような診療科以外にも、眼科、放射線治療科、精神科、病理診断センターも常勤医は一人で、十分な診療が提供できているとは言いがたい。

常磐病院に勤務する外科医である尾﨑章彦医師は、「いわき市内で入院できない場合、救急車で郡山市内の病院まで運ぶのは日常茶飯事です」という。その距離は約80キロで、高速道路を用いても、1時間半を要する。

どうすれば、いいのだろうか。地元紙である福島民報は5月13日に「いわきの医師不足 実効性ある解決策必要」という「論説」を掲載誌、「いわき市、市医師会、市病院協議会の三者は市内の医療発展に向けた協定を結んだ。内田広之市長は「医師確保を加速させる」とするが、医師不足は大都市を除き、全国共通の課題だ。関係機関が連携し、居住環境など医師らに選ばれる地域づくりを目指すとともに、実効性のある施策を打ち出し、地域医療の充実につなげる必要がある」と論じた。

認識が甘いと言わざるを得ない。いわき市の医師不足は、「全国共通の課題」などのレベルではない。いわき市は人口32万6,943人(6月1日現在)の東北地方第二位の大都市だ。「いわき市、市医師会、市病院協議会」が協定を結んだくらいでは解決しない。福島県内の医師数が不足している以上、福島県立医科大学からの派遣を増やすにも限界がある。

いわきでの医師養成数を増員する、国立大学医学部を移転するなど、もっと強力な対策が必要だ。復興庁は浜通りに福島国際研究教育機構を設立するという。その中核事業には、ロボット、エネルギー、放射線科学・創薬医療・放射線の産業利用が含まれる。この話を聞いて、開いた口が塞がらない。

浜通りは戊辰の役以降の不幸な歴史もあり、元から医師不足だった。その状況が、東日本大震災・福島第一原発事故で一気に悪化した。いまや、日常診療もままならない状況だ。医療体制の整備は、住民の最優先希望の一つだ。地元の意向を省みず、「福島国際研究教育機構」を設置するのは正気の沙汰ではない。福島の復興は、住民目線に立ち、もっと真面目にやるべきである。

トップ写真:公立大学法人 福島県立医科大学 ⓒ福島県立医科大学医学部生化学講座




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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