朝鮮半島情勢ー金正恩の真の狙いとはー
.社会  投稿日:2014/8/14

[為末大]<頭の良さは手段であって目的ではない>なぜ人は「頭が悪い」と思われる事を恐れるのか


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

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陸上選手を引退してみて一番驚いたのは、世の中では「学歴」と「頭の良さ」と「収入」についてかなり神経質である、という事だった。

収入と学歴は数字や出身校で明らかになっているので、どちらかといえば「頭がいいか、どうか」についての言及がとても多い印象がある。

僕が以前にいた陸上競技の世界では、当然「足が速いか、どうか」が大事な事で、そこに皆神経質になっていた。でも、陸上の世界では数字かもしくは勝敗ではっきりと結果が出るので、本当は誰の足が速いかどうかはあまり話題に上がらない。「競争してみれば?」で終わる話。

頭がいいとはどういう事か。

頭が悪いとはどういう事か。

実はほとんど基準がない。受験と頭の良さは違うとか、頭がいいから成功するとは限らないとか、頭の良さが計れない為に、いくらでも言いようがある。だからたぶん本当はどっちでもいい。

スポーツで社会的に成功するのはラグビーとアメフトだという印象がある。特徴なのは「いじる」のが文化なので、細かい事に神経質ではない所。周りに馬鹿にされながら平気で淡々と物事を押し進めていって、最終的に勝利を手に入れている。

どうでもいい事は本来はどうでもいい。

そうやって割り切れば人生は随分シンプルになる。頭がいいかどうかに拘る人は、一つ一つの勝負に拘ってしまい、最終的に何が達成したかったかがわからなくなる。頭の良さは手段であって目的ではないのだ。

 

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