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.政治  投稿日:2025/9/12

仏新政権揺るがす「全封鎖」デモ:財政再建か、社会の安定か


Ulala(著述家)

【まとめ】
・2025年9月10日、フランスで「Bloquons tout(すべてを止めよう)」デモが展開された。

・この運動への評価は、「思想的・政治的な立ち位置」により大きく異なる。

・財政難と生活費高騰が抗議拡大の背景となり、国際的注目を集めた。


2025年9月10日、フランス全土で「Bloquons tout(すべてを止めよう)」と名付けられた抗議運動が繰り広げられた。政府の大規模な歳出削減計画や生活コストの高騰に反発した市民や労働者が街頭に立ち、道路封鎖や学校の閉鎖、公共交通の乱れなどが相次いだ。参加者は数十万人規模に上ったものの、国全体を完全に麻痺させるには至らなかった。それでも、この日がちょうど新首相セバスチャン・ルコルニュの就任と重なったことで、国内外に強い印象を残した。

今回の抗議は、フランス政治の不安定さを改めて示す出来事となった。前首相フランソワ・バイルは2024年12月13日、エマニュエル・マクロン大統領によって首相に任命された。中道政治の重鎮として期待を集めたが、就任後は深刻な財政赤字に向き合わざるを得なかったが、400〜440億ユーロに及ぶ歳出削減案を柱とする予算を国民議会に提出したものの、公共サービス削減への反発から与野党双方で支持を得られなかった。

そして2025年9月8日、野党が提出した不信任決議案が可決され、バイル内閣は議会の信任を失った。これは第五共和制史上初めて、不信任決議案の可決によって首相が退陣に追い込まれる前例のない事態である。こうした政局の混迷と、それに呼応するように広がった街頭での抗議運動は、フランスが直面する財政難と社会不安の根深さを浮き彫りにしている。

フランスの「デモ文化」

日本人からすれば「なぜフランスではこんなに頻繁にデモが起きるのか?」という疑問が自然に浮かぶだろう。黄色いベスト運動(2018〜19年)以来、年金改革や教育問題、気候政策など、さまざまなテーマでデモやストライキが繰り返されてきた。

背景にはいくつかの要素がある。

第一に、フランス革命以来の歴史的伝統だ。権力に不満を持ったとき、市民が街頭に出ることは政治参加の正統な手段として根付いている。第二に、労働運動の力である。20世紀の大規模ストライキは最低賃金制度や社会保障拡充を勝ち取り、「権利は闘って得るもの」という感覚が市民に残った。第三に、国への期待の大きさだ。教育、医療、交通といった公共サービスは「国が守るべきもの」と考えられているため、削減や料金値上げは生活直撃と受け止められる。

黄色いベスト運動は、燃料税の引き上げがきっかけだった。郊外や地方の中間層・低所得層にとって、自動車は生活に欠かせない。にもかかわらず「パリのエリートは庶民の暮らしを知らない」との怒りが爆発し、全国規模の抗議に発展した。しかしながら、今回のBloquons toutはソーシャルメディア、とくに TikTokで拡散されたAI動画から始まっており、SNS時代に生まれた新しい形の抗議運動だ。歴史的なゼネストの伝統を想起させつつも、実際には急進左派の支持が中心で、労組との間には溝がある。ジャン・ジョレス財団の調査によれば、この運動は主に急進左派の支持者に支えられているようだ。

しかし、発表元によってばらつきがあるものの10万人〜25万人が参加したということからみても、現在の国民の不満や生活の苦しさを映し出していることは間違いない。

財政赤字とインフレという現実

フランス経済を覆う二つの大きな影は、財政赤字の拡大とインフレの持続である。

まず財政赤字。2025年の時点でフランスの赤字は GDP 比 5.8%に達し、EUが定める3%の基準を大きく超えている。国債の発行でしのいでいるが、赤字が続けば国債の利回りは上昇し、借入コストが増大する。結果として「借金を返すためにさらに借金をする」悪循環に陥るリスクがある。国家としての信頼性を保つためには、どうしても歳出削減や増税による赤字是正が不可欠だ。

一方でインフレ。エネルギー価格や食料品の値上がりが続き、特に低所得層の生活を直撃している。光熱費や燃料費が家計に占める割合が高いため、日本以上に「日々の暮らしに直結する物価高」として受け止められている。もし政府が赤字削減のために公共支出を削り、補助金を減らせば、電気・ガス代や交通費の負担はさらに増え、国民の不満は一気に噴き出す。

ここに大きなジレンマがある。赤字を削らなければ国の信用が揺らぎ、放置すれば国債の利払いが雪だるま式に膨らむ。だが削減すれば国民の生活が苦しくなり、抗議デモが激化する。 バイル前首相が提示した歳出削減案は、まさにこの矛盾の象徴だった。議会が支持しなかったのは、財政規律を守る必要性を理解しつつも社会的な反発が強すぎて政治的に耐えられなかったからである。

「もう我慢できない」と叫んだ Bloquons tout の参加者の声は、この二重苦を端的に物語っている。フランスは今、国家の信用を守るための財政再建と、国民生活を守るための支出維持という、どちらを選んでも大きな痛みを伴う道の間で揺れているのだ。

市民の反応と「正当性」の揺らぎ

ただし、デモの方法やイメージはさまざまだ。穏健な労組や市民団体は平和的なデモを重視するが、ブラックブロックのように覆面姿で破壊や放火を行うグループも混在しており、海外の報道では暴動のように映った。特にパリとレンヌの映像は、ただの抗議運動ではなく、まるで市街戦のような様相を見せていた。パリ中心部では、ごみ箱が次々と燃やされ、黒煙が空を覆う。火の手が建物の壁をなめるように広がり、警察隊が催涙ガスを発射する。覆面姿の若者たちが石や火炎瓶を投げ返し、機動隊が盾を構えて突進する。その一瞬一瞬が動画で拡散され、画面越しに見ている者までも息をのむほどだったのだ。こうした暴力は運動の正当性を損ない、中間層の支持を遠ざける恐れがある。

フランスのメディアも評価が分かれている。Le Monde は「市民の怒りを可視化した象徴的な運動」と位置づけ、社会問題の根深さを指摘する。一方、右派系の Le Figaro は「国を止める試みは失敗し、混乱だけが残った」と強調する。つまり、効果があったかどうかは「思想的・政治的な立ち位置」によって大きく異なるのだ。

世界からの視線

国際的には、フランスの抗議文化は「民主主義の活力」と「政治的不安定さ」の両面で注目される。欧州連合は赤字削減を迫っており、財政健全化への道筋が見えないことに懸念を抱いている。金融市場でも、フランス国債の利回りが上昇し、借入コストが高まるリスクが指摘されている。観光や投資における「ブランドとしてのフランス」にも影響が出かねない。

しかし、歴史を振り返れば、フランスは繰り返しデモや抗議を経験しつつ、それを制度に取り込み、社会改革へとつなげてきた国でもある。今回のBloquons tout が長期的に政策転換や制度改革に結びつくかは未知数だが、少なくとも「生活の苦しさ」を政治の最前線に押し出したことは確かだ。

デモは「政治参加の一形態」

日本人の目には、炎上するごみ箱やバス、警察との衝突といった破壊的な映像ばかりが強調され、「結局は何の効果もないのでは?」と映るかもしれない。だがフランスでは、デモは選挙と並ぶ重要な政治参加の手段である。街頭に立つことは単なる抗議ではなく、「声を届ける」ための行為であり、政府に圧力をかけ、社会の課題を可視化する役割を果たすのだ。

その効果は国内外で異なる形を取る。国内では、政府に対して「もう譲歩しないと政治的に持たない」という強いプレッシャーを与えると同時に、普段は無関心な市民にも「これだけ多くの人が怒っている」という現実を突きつけ、支持を広げる狙いがある。国外では、国際世論に「フランス政府は国民から支持を失っている」という印象を与え、さらにEUや金融市場に対して「無理な財政削減を進めれば社会不安が拡大する」という警告を送る意味を持つ。

Bloquons toutは、国を完全に止めるほどの力を発揮したわけではなかった。しかし、政権交代のタイミングと重なったことで、フランスが直面する財政赤字や生活コストの重圧を、国内外に強烈に示せたことは間違いない。

 

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トップ写真)フランスの抗議団体、「すべてを止めろ」全国ストライキを実施
マルセイユ-フランス 2025年9月10日

出典) Sener Yilmaz Aslan/Getty Images

 




この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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