エネルギー安全保障の要諦は供給源の多様化であり自給自足ではない 多様化を阻害する脱炭素政策は撤廃すべきだ
杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)
【まとめ】
・ホルムズ海峡封鎖により日本のエネルギー供給が危機に瀕している。石油輸入のほぼ全量を中東に依存していたことが問題を深刻に。
・太陽光発電や風力発電を増やして自給自足を目指すことは、電力価格高騰により産業空洞化を招くので、安全保障にとって逆効果。
・天然ガスは供給国を多様化したことが奏功。石油も多様化が必要で、石炭は電源の多様化に必須だが、政府の脱炭素政策はこれに逆行。
執筆現在、ホルムズ海峡は商業航行がほぼ止まる事実上の封鎖状態にある。
日本はこれまで何をしてきたのだろうか。
政府は1973年の「石油ショック」以来、エネルギー供給源の多様化に努めてきた。
日本の一次エネルギー供給構成は、1973年度には石油が75.5%だったが、2024年度には石油34.8%、液化天然ガス(LNG)20.8%、石炭24.4%へとなった。つまり、石油からLNG、石炭への多様化は実現した。
だがその一方で、石油については地理的な調達の多様化が不発に終わっていた。
2024年、日本の原油輸入は中東依存度が約95.1%にも達していた。今般のホルムズ海峡危機はこれを直撃し、日本経済は深刻な損失を被りかねない状況にある。
一方で、LNGについては、地理的な多様化が達成されてきた。2024年の国別内訳を見ると、豪州38.2%、マレーシア15.5%、米国9.6%、ロシア8.6%、パプアニューギニア5.6%、オマーン5.1%、カタール4.4%、UAE1.5%で、中東依存は合計11.0%に留まっていた。
しかも日本のエネルギー企業や商社は、米国のCove Point、Cameron、Freeportプロジェクト、オーストラリアのIchthys、Barossaプロジェクト、カナダのLNG Canadaプロジェクトなど、複数の天然ガス開発・液化事業に関与してきた。また日本のLNG調達の7〜8割は長期契約であり、加えて、出資の持ち分に応じて受け取る「持分生産量」もあり、今般のような緊急時でも安定した調達が期待できる。このように、LNGについては、日本は官民の連携によって良い備えが出来ていた。
発電の電源構成についても、多様化が達成されてきた。LNGと、それから石炭がバランスよく存在している。2023年度において、日本の発電電力量構成は、LNG32.9%、石炭28.3%、石油その他7.4%、原子力8.5%、水力7.6%、再エネ(水力除く)15.3%だった。
ホルムズ危機が発電部門へ与える直接の影響を概算しよう。LNGの中東依存度11.0%を機械的に当てはめれば、石油分7.4%とLNG分約3.6%を合わせて合計で11%が影響を受けることになる。もちろんこれは小さくはない。
だが、石炭火力を焚き増して発電量を増やすことで、この影響をかなり緩和することが期待できる。
このように、日本の電力供給が今回の危機に対して耐性が高くなっている理由は、燃料の多様化が進み、とりわけ石炭火力がなお大きな比率を維持しているからである。今後も、石炭火力を維持することが、日本のエネルギー安全保障において極めて重要である。
さてその一方で、「今般、化石燃料の輸入依存の問題が露呈した。対策として、国産エネルギーを増やすべきだ、エネルギー自給自足が必要だ」といった見解が散見される。
だが、これは半分しか正しくない。もちろん、原子力のように安価な電源であれば、エネルギー安全保障に資するのはその通りだ。原子力の再稼働は急ぐべきであるし、新増設も有効な手段だ。
しかし、太陽光や風力は、国産ではあっても、出力は天気に左右される間欠的なものである。このため、出力をし過ぎた時には出力を抑制したり、あるいは蓄電池に貯めるなどが必要となり、いわゆる「電力系統統合コスト」が嵩むことになる。
このため、2040年時点を想定した政府試算においても、大量導入をした場合には、事業用太陽光(メガソーラー)の発電コストはkWh あたり36.9円にも上るとされる。着床式洋上風力では23.9円と試算されているが、2025年に8月に三菱商事グループが洋上風力事業から撤退した後の新しい入札制度の議論においては、実際にはこれよりもかなり高価になると見られている。火力や原子力であれば10円前後であるから、再エネを大量導入すると、大幅な電力価格上昇になることは間違いない。
これでは、エネルギー供給ショックでインフレの昂進が懸念される中にあって、さらなる悪化要因となってしまう。
エネルギー安全保障には、緊急時と平時の2つ側面がある。緊急時においては、供給の途絶や大規模な攪乱に備えねばならない。いまはまさにその緊急時だ。
他方で、平時においては、安定的で安価なエネルギー供給をしなければならない。平時のエネルギー価格が高ければ、産業立地が失われ、ひいては経済力、国力が失われるため、安全保障に逆行する。
このように、平時のエネルギー安全保障という観点からは、「エネルギー自給自足」の手段としてもてはやされる技術の多くは、少なくとも当分の間は、役に立たない。
ペロブスカイト太陽電池は、中国製が圧倒的に多くなったシリコン型とは異なり、それを国産することに期待がもたれている。しかし太陽光発電である以上、間欠的であるという根本的な問題点は何ら変わらず、大量導入すればコストは高くつく。
核融合に期待する向きがあるが、それが発電所として実現するのは早くて2050年ごろである。メタンハイドレートに期待する向きもあるが、まだ採掘技術が確立しておらず、ましてその経済性はまだ見通しが立っていない。
いずれも基礎的な研究開発をするのは結構だが、今後5年といった当面の間の、平時のエネルギー安全保障には寄与しない。
水力発電は有望地点を開発しつくしたのでもう安価な発電は期待できない。地熱発電も、国立公園の環境保護や温泉地との調整などの政治的・社会的な壁があるために、開発規模には限界がある。
では、日本政府は何をすべきか。第一に、石炭火力を維持し、燃料調達先の多様化をさらに進めることだ。今般の危機同様、将来の時点においても、石炭火力を維持しておくことで、緊急時には焚き増すことで電力供給を維持できるし、平時においては電力価格を安価に保つことができる。
第二に、石油の調達先を多様化することだ。特に南北アメリカ大陸は、近年の採掘技術の発達によって、中東に匹敵する一大石油生産地に成長した。石油(正確には「石油など液体燃料」)の生産量は、それぞれ、米国は日量2191万バレル、カナダは576万バレル、ブラジルは428万バレルに上り、2023年にはこの3か国だけで日量3,200万バレルの生産があった。日本の石油消費である日量334万バレルのうちいくらかを、この大陸から輸入すれば、供給国の多様化を計ることが出来る。LNGをお手本として、官民の連携のもと、石油開発の上流に投資をして、さらには持分生産量を受け取ったり、数年にわたる期間契約を結ぶなどすれば、安定供給に寄与するだろう。
第三に、脱炭素政策を廃止することである。特に大問題なのは、政府が2026年度から本格導入するとしている排出量取引制度である。
同制度では、大規模な排出者である約400社に排出枠を設定し、それを超えて排出する企業には、政府ないしは他企業からの排出枠の購入を義務付けることになる。かかる制度が導入されると、石炭火力は、死刑宣告を受けたのも同然となり、次々に閉鎖されてゆくことになるだろう。
また国内の石油消費も抑圧され減少してゆくことになる。これでは、供給多様化のために石油の上流へ投資をしようという企業は無くなるだろう。
脱炭素政策、なかんずく排出量取引制度は、石炭、石油という重要な選択肢を奪うことで、燃料の多様化というエネルギー安全保障上の要請に対して完全に逆行するのである。
イギリスの元首相チャーチルは、1911年に海軍大臣に就任すると、英国海軍の主力艦の燃料を石炭から石油へ転換する政策を推進した。当時イギリスは石炭を豊富に産出していたが、石油は本土ではほとんど採れなかったため、安全保障上の懸念が提起された。
これに対してチャーチルは、「石油の安全と確実性は、多様性の中に、そして多様性の中にのみ存在する(Safety and certainty in oil lie in variety and variety alone)」との箴言を述べた。
英国はこれを実行していった。すなわちペルシャに加え、米国、メソポタミア(現在のイラク)、オランダ領東インドなど複数地域から石油を調達する体制を構築した。こうして供給源の多様化によって海軍のエネルギー安全保障を確保したのである。
光熱費高騰をもたらすようなエネルギー自給自足であれば安全保障には逆効果である。エネルギー安全保障の要諦は、エネルギー源(燃料)の多様化、供給国の多様化、電源の多様化の3つのレベルの多様化である。

トップ写真:イランのペルシャ湾、ホルムズ海峡を航行する大型石油タンカー




























