揺れる米国ユダヤ社会とトランプ政権100日目の空気感

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#17
2025年4月28日-5月4日
【まとめ】
・米国ユダヤ委員会の年次総会に参加し、反ユダヤ主義の高まりや対イラン政策を巡る激論を体感した。
・中国問題への関心は薄く、米国内政ではトランプ政権に対する報道の分断が顕著だった。
・ユダヤ系米国社会にも分断と変化が見られ、知識人層の地殻変動を感じさせる場面があった。
今週の原稿は米国ニューヨーク市内のホテルで書いている。今年も米国のAJC(American Jewish Committee米国ユダヤ委員会)の年次総会(正確にはGlobal Forum)に招かれたからだ。AJCについては日本ではあまり知られていないが、世界のユダヤコミュニティの中では有力団体の一つと言って良いだろう。
なぜAJCなのかって?きっかけは1991年だから、かれこれもう30数年になる。当時ワシントンの日本大使館で中東担当書記官だったので、この種の団体との「おつきあい」は必須だったが、幸い友人にも恵まれ今でも連絡は頻繁だ。米国の対イスラエル政策を追うには最適の場の一つと思うので、最近はほぼ毎年参加している。
今回の訪米は2023年10月7日のハマース奇襲攻撃から一年半、トランプ政権発足後100日という絶妙のタイミングだったが、アメリカのユダヤ系コミュニティを取り巻く環境が激変しつつあるのだと痛感した。詳しくは来週の産経新聞WorldWatchに書くつもりだが、その一部をここに記しておこう。例えば、
- この一年で米国内の「反ユダヤ主義」的事象が激増しており
- ユダヤ系米国人の危機感が高まっており
- 彼らのイスラエルに対する見方も微妙に変化しつつあり
- このコミュニティの「一糸乱れぬ団結」にも陰りが見えているが
- 出身や背景・意見は異なっても強い求心力を保っている・・・
などと感じた。特に、議論の中で意見が割れたのはイランの核開発について。具体的には、米国はイスラエルの対イラン軍事攻撃を支持するか、支援するのか、いや直接参加するのかといった機微な問題で激論が交わされた。トランプ政権のイラン核開発問題に対する取り組みの評価についても、識者の意見は収斂していないようだ。
残念なこともあった。中東、特にイスラエルに関する関心が高いのは当然だが、案の定、中国に関する議論は殆ど聞かれなかった。中国の存在がイスラエルの安全保障にも大きな影響を与えることは、参加者たちも頭では分かっているのだが、あまり実感は湧かない、ということなのだろう。まあ、当然と言えば、当然なのだが・・・。
それよりも久しぶりだったのはニューヨークのダウンタウンだった。この街には「悪魔的」な魅力があるが、それには「リスク」もある。食わず嫌いなのか、最近の米国出張はワシントンが中心だった。恐らく、NYCのマンハッタンを夜歩いたのは10年ぶりではないかと思う。幸いなことに、やっぱりNYCの魅力は変わっていなかったが・・。
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
4月28日 月曜日 BRICS外相会合(ブラジル)会談
ポーランド、三海洋イニシャティブ首脳会議を主催
4月30日 水曜日 仏大統領、退任するショルツ独首相と会談(パリ)
5月3日 土曜日 オーストラリア、連邦議会選挙
米国・イラン核問題交渉(4回目)
5月4日 日曜日 ルーマニア大統領選挙
中東については既に書いたので、ここでは米国内政について一言。相変わらず、米国出張中はホテルのテレビでFOXとCNNとMSNBCの3チャンネルを「回し見」しているのだが、今日は4月29日は第二期トランプ政権「発足100日目」であるにもかかわらず(というか、だからこそ)、3局の報道ぶりも三者三様だった。
例えば、FOXが「政権100日は歴史的なスタート」「経済問題に関するトランプ支持率は他の民主党政治家より高い」などと手放しのヨイショ報道に終始したのに対し、CNNなどでは「就任後100日のトランプ政権の支持率は過去60年間で最低」などと扱下ろしていた。
こうした「両極化」は最近ますます先鋭化しているように感じる。AJCのGlobal Forumでもトランプ支持者としか思えない強硬論を吐く、ユダヤ系米国人版の「新人類」が暴論を吐く度に、何と聴衆の中から嘲笑と大拍手が同時に起こるという、これまで見たこともないような現象が起きていた。
そうした「新人類」と対談したある人物は、一昔前なら「保守強硬派」「ネオコン」の代表格だったような論客だったが、その人物が「穏健派」に聞こえるほど、議論は白熱化していた。ユダヤ系米国知識人社会にも一種の「地殻変動」が起きているのかと思うと、ちょっと憂鬱になるほどだ・・・。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:コロンビア大学大学院生の拘束に抗議するニューヨークのユダヤ系活動家たち、@ニューヨーク – 2025年3月20日
出典:Photo by Spencer Platt/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

