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.国際  投稿日:2025/4/24

トランプ政権の関税政策:市場の動揺と真の狙い


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#15  2025年4月14-20日

【まとめ】

  • トランプ政権の高関税政策を経済学的に説明することはほとんど意味がない。
  • 米国への製造業の回帰は、失業対策以上に、国家安全保障上必要である。
  • 対中競争が長期化するなら、米の武器弾薬製造補充能力回復が不可欠である。

 

先週来の株式市場の動揺は「一段落」したのか、それとも、次の嵐の「前兆に過ぎない」のかはわからないが、とにかくパニックは起きていない。いやいや、市場でパニックが起きそうになると、トランプ側近が「警戒警報」を鳴らし、物事の詳細に関心のない大統領が連日のように朝令暮改を続いている、と言った方が正確かもしれない。

要するにこの大統領、政策の詳細よりも、自分自身の人気や政治的権威の維持拡大の方が大事なのだろう。そのためなら前言を翻したり、否定したりすることを何とも思っていないのだ。案の定、経済学者や市場関係者はトランプ政権の「相互主義関税」を「暴挙」「完全に狂っている」などと批判しているが、本当にそうなのか?

 

先週の産経新聞WorldWatchでは、今回の「高関税」が単なる交渉手段ではなく、(間違ってはいるものの)基本的政策変更の一環で、この政策のブレーンが(第二次大戦前後の悲劇に関する経験則を欠く)「Y(ミレニアル)世代」であることの意味などについて書いた。今週はこれらの論点を更に掘り下げていこうと思っている。

 具体的には現在次のような仮説を考えているところだ。

  • トランプ政権の高関税政策を経済学的に説明する意味はほとんどないのでは?
  • 米国への製造業の回帰は、失業対策以上に、国家安全保障上必要では?
  • 対中競争が長期化するなら、米の武器弾薬製造補充能力回復が不可欠では?

これらの点については今週のJapanTimesに書こうと思っている。

 

 続いて、個人的な話になるが、昨夜米国の友人からアーミテージ元米国務副長官が亡くなった、享年78歳、と連絡があった。うーん、前回会った時はまだ元気だったのに。既に日本でも報じられているので、彼の人となりや業績については繰り返さない。ここでは筆者が外務省時代に見聞きした彼との思い出を幾つか書いてみたい。

アーミテージ氏に最初に会ったのは1988年、筆者が当時の航空自衛隊次期支援戦闘機FSXの担当官として上司と訪米した際、米国防総省の次官補だった時だと記憶する。体はボディビルで鍛えた厚い胸板で、頭もスキンヘッドだが、頭脳明晰で無駄話をしない、実に頼れる男だった。彼なしには日米関係はより険悪だったに違いない。

親分肌で優秀で魅力的な子分たちが大勢いたが、そのうち何人かとは今も交流がある。それだけ近しい存在だった。1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争の際、(詳細は言えないが)日本は彼に何度も助けられた。常に正論を吐くが、日本の内政にも精通していたからだろう、当然日本にもファンや信奉者が多かった。

当時は日本の政治家や有力者が訪米すると、必ずと言ってよい程「アーミテージ詣」をしていたっけ。でも筆者は外務省退職後のある時点からArmitage Internationalのオフィスには行かなくなった。彼に面会しても、日本の内政に関する矢継ぎ早の質問ばかり飛んできて、こちらからは殆ど質問させてもらえなかったからだ。

もう一つ思い出したのは「アーミテージレポート」のこと。北米局日米安全保障課長代から今まで、実は「アーミテージレポート」は殆ど読んだことがない。理由は簡単、日本の安全保障政策の改善点は、彼に言われなくても、日本の専門家なら誰でも良く分かっていたからだ。日本の学者には「読んでないの?」とよく馬鹿にされたものだ。

いずれにせよ、我々は米国の偉大な友人をまた一人失ってしまった。リチャード・アーミテージ氏は、冷戦時代から最近までの日米間の意思の疎通に大いに貢献した米国の軍人・政治家だった。彼に匹敵する人物は当分現れないだろう。心からご冥福をお祈りしたい。

 

さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

4月16日 水曜日 独首相、ポーランド訪問し首脳会談

 アンドラ首相、ブラッセル訪問し欧州理事会議長と会談

4月17日 木曜日 イタリア首相、ホワイトハウスで米大統領と会談

4月18日 金曜日 米副大統領、ローマ訪問しイタリア首相と会談

4月19日 土曜日 米・イラン代表団、オマーンで核問題につき協議

4月20日 90日間の米国対外援助停止期間が終了

4月21日 月曜日 IMFと世銀が定期会合(一週間、ワシントンにて)

 オランダ首相、3日間の訪日開始

 

最後にガザ・中東情勢について一言。先週のネタニヤフ首相訪米では対イスラエル関税17%問題やガザ停戦、人質解放、イランなどにつき、トランプ氏と相当突っ込んだ議論が行われた模様だが、詳細は表に出てきていない。最近のネタニヤフ首相はガザでの攻撃、レバノンでの戦闘など「やりたい放題」状態なのだが、肝心のトランプ氏がこれに「異を唱えた」という話は一切聞かない。あと一週間で第二期トランプ政権発足100日となるが、ウクライナもガザも停戦どころではない状況のようだ。

一方、オマーンではイランと米国の核協議が続いているらしい。直接協議だ、いやオマーンを介した間接協議にすぎない、などと「入り口」論ばかりが報じられているが、実際先週は双方の言い分を聞いたというのが実態だろう。19日に協議が進展することを祈るしかないが、もし協議が上手く行ったら、筆者はむしろ驚くだろう。

米国はイランの核開発停止を求め、イラン側はその前に制裁解除を求めるに違いないからだ。これでは協議は纏まらない、勿論予測し得た事ではあるが・・・。かといって直ぐに戦闘が始まる訳ではない。狐とタヌキの「馬鹿し合い」は当分続くだろう。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 

トップ写真)Kissinger,Shultz And Armitage Testify At Senate Hearing On Nat’l Security

出典)Photo by Mark Wilson/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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