「イスラエル・ロビー」とはなにか その1 アメリカでのロビーの権利
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・「イスラエル・ロビー」とは、イスラエルの利益擁護を米政府や議会に一貫して要請し続ける政治組織。
・イスラエル支持勢力が現在の米政府や議会の中東政策、イスラエル政策に影響を及ぼしている。
・この勢力はこのロビーの権利、請願の権利に拠って立ち、米政府や議会に働きかけてきた。
イスラエルとイスラム過激派ハマスの戦闘にからんで「イスラエル・ロビー」という言葉がしきりに語られるようになった。ときには「ユダヤ・ロビー」とも評される。イスラエルにとっての最大支援者の、アメリカでのイスラエルを支持する政治勢力の呼称でもある。より正確にはイスラエルの利益擁護をアメリカの政府や議会に一貫して要請し続ける政治組織という意味である。
アメリカのイスラエル・ロビーは長年、アメリカの中東政策の形成に重要な役割を果たしてきた。ただしアメリカという国家、国民の間に広範なイスラエル支持はこのロビーだけの結果ではない。アメリカという国家本来の価値観のなかに、ユダヤ人の国家であるイスラエルへの強固な支持が存在してきた。だがその支援をアメリカの政府や議会の具体的なイスラエル支援の政策へと形成させる過程では、イスラエル・ロビーの役割は大きいのだ。
これからも激しさを増すイスラエルとハマスの戦闘、そしてその双方を支援する諸国、諸組織のせめぎあいは国際政治を大きく揺らがすことは確実である。その過程では超大国アメリカの動きが大きなカギとなる。そのアメリカの動向を左右する主要な一因としてなおアメリカ国内のイスラエル・ロビーが活動しているのだ。
そのイスラエル・ロビーに歴史的かつ立体的な光を当ててみよう。
私のワシントン報道もすでに通算40年ほどになる。日本の新聞特派員としての1970年代後半からのワシントンでの活動ではアメリカ外交の中枢部分にイスラエル政策が存在し、そのイスラエル政策はアメリカ国内のイスラエル・ロビーと呼ばれる勢力に影響されている実態を知るようになった。それ以後の長い年月、当のイスラエル・ロビーにも起伏や興亡があった。
1970年代に目立った強大な影響力は、2020年代のいまではかなり衰えたといえよう。だがその勢力自体はなお形を複雑にして健在である。そしてまちがいなくそのイスラエル支持勢力が現在のアメリカの政府や議会の中東政策、イスラエル政策に影響を及ぼしているのだ。
さてイスラエル・ロビーについて詳述する前に、アメリカでのロビーとはなにかを説明しよう。
アメリカ独特の政治の現象であり、システムなのだ。
Lobby とは一体なんなのか。
「この世でもっとも古い職業は売春だ、と世間の人たちはよくいう。だが私はロビーこそ最古の職業だと思う」
ワシントンで1970年代に活躍していた古参ロビイスト―ロビーをする人間、という意味である―の1人、チャールズ・リプセン氏が冗談まじりにこんなことを述べていた。その骨子は以下のようだった。
その昔、アダムとイブのいたエデンの園で、邪悪なヘビがイブをそそのかして禁断の果実を食べさせた。知恵の木の果実を口にすることは悪ではなく美徳なのだという「知識」をヘビがイブに与えたことにより、イブはその果実を食べてしまった。知識を与え、働きかけるそのプロセスこそロビーである――リプセン氏はこんな話しを使って、現代のロビー活動の原理はエデンの園の太古から存在した、と説明するのだった。
アメリカでのロビーとは簡単にいえば、ホワイトハウスや国務省という行政府や、連邦議会上下両院という立法府に対して特定の目的にもとづき働きかける、あるいは影響を与えようとする活動を指す。その働きかけの相手が一般国民である場合もある。そのロビー活動を実施することをロビイング Lobbying という。その活動を実際に実行する人間はロビイストと呼ばれる。
ロビーがなにかを知らないでアメリカの現実の政治を理解することは難しい。なぜならロビー自体がアメリカ合衆国憲法で認められた国民の重要な権利であり、そのロビイングの動きが現実の政府や議会の政策を大きく動かしているからだ。
アメリカのロビイングは憲法修正第一条を法的根拠としている。憲法により保証された立派な権利なのだ。修正第一条は以下のように記している。
「連邦議会は言論および出版の自由を制限し、あるいは国民が平穏に集会をし、また苦痛事の救済に関し政府に対して請願をする権利を侵すことはできない」
ロビイングとはつまり請願なのである。そしてその権利は言論や出版の自由と同列に憲法によって保証されているのだ。
イスラエルを支持する勢力はそもそもはこのロビーの権利、請願の権利に拠って立ち、アメリカの政府や議会に働きかけてきたのである。
(その2につづく)
トップ写真:米国イスラエル公共問題委員会 (AIPAC) 年次政策サミットに出席したブリンケン米国務長官。右は、マイケル・トゥーチン会長 2023 年 6 月 5 日にワシントン D.C.
出典:Chip Somodevilla/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。