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.社会  投稿日:2026/6/2

縄文遺跡から大間原子力発電所まで 津軽海峡五千年の技術史


執筆:杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 )

■本稿のポイント

・函館変換所は北海道の電力を直流に変換し、直径十数センチの海底ケーブルで本州へ最大60万キロワットを送電している。 

・大船・垣ノ島遺跡の調査から、当時の人々は本州からのクリの移入や実の大型化を伴う「森の維持管理」を数千年間継続していた。 

・着工から大幅に遅れつつも厳格な設備保守を続ける大間原発の現状は、道具を磨き環境に手を入れ続けた古代の営みと同質である。

 

函館の北本連系設備や大間原子力発電所の現場には、機能を突き詰めた造形美と粘り強い技術精神が存在しています。これらの現代インフラは、5000年前に津軽海峡での交易やクリの品種改良を主導した縄文人の高度な環境管理や磨製石器の機能美と同質のものでもあります。自然の恵みを時間をかけて必要な形にしてきた人類共通の「手の営み」の歴史を、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志氏が記録しました。 (Japan In-depth編集部) 

函館変換所における交流・直流変換と機能美の現れ 

函館に行き、J-POWERの北本連系設備と函館変換所を見学する機会を得た。北海道の交流電力を直流に変換し、津軽海峡の海底ケーブルを通して本州へ送る設備である。電気は目に見えない。だが、変換所に立つと、それが巨大な物理現象であると改めて実感する。

建屋の中では、ブーンという低い音が鳴っている。50ヘルツの交流を直流に変換する過程では、高調波が発生する。11次高調波は550ヘルツ、13次高調波は650ヘルツである。音階で言えば、550ヘルツはド♯に近く、650ヘルツはミに近い。もちろん、変換所が音楽を奏でているわけではない。だが、ひたすらまじめに保たれる同じ音は、まるで中世の教会音楽のテナーのようだった。

そうした高調波を抑えるために、変換所には多くのコイルやコンデンサ、フィルタ設備が森の様に並んでいる。電気を送るという単純な目的のために、これだけの構造物が必要になる。そこにあるのは装飾ではない。すべては機能である。だが、機能を突き詰めた造形には樹木の枝葉のようなリズムがあり、独特の美しさがある。

函館変換所から津軽海峡へ向かう国道5号線沿いには、直流送電線が走っている。普通の交流送電線は三相交流なので、電線は三本一組である。ところが直流送電線は様子が違い、二本一組である。少し慣れると、すぐにどちらか分かるようになる。鉄塔から鉄塔へと渡された電線は、空にきれいな懸垂線を描いていた。

津軽海峡を越える海底ケーブルの技術と陸上送電 

北本連系設備は、最大60万キロワットもの電力を送ることができる。津軽海峡の海底を通るケーブルは、実物を見ると意外なほど細い。外装を含めても直径は十数センチほどである。それでも、海底ケーブルは高価だ。だから陸上では鉄塔を立て、架空送電線で運ぶ。電線が空を渡り、やがて海に潜り、対岸で再び陸に上がる。現代の技術は、津軽海峡をそうやって越えている。

磨製石器の造形と縄文人による森林管理技術 

ところで、この最先端の電力設備のすぐ近くには、まったく別の技術の痕跡がある。七飯町歴史館には、この地域から出土した縄文時代の道具が展示されている。土偶や土器の造形ももちろん見事だが、私が特に惹かれたのは、きれいに磨かれた石器だった。

石器というと、石を割って作った粗末な道具を想像しがちである。だが、磨製石器はそうではない。丁寧に磨かれ、手に収まるように形が整えられている。良い石器は、手のひらに吸いつくように収まるという。そういえば、石器と現代のパソコン用マウスの形が、実はよく似ているという写真を見たことがある。五千年前の手も、現代人の手も、同じ人間の手である。機能を突き詰めると、古代でも現代でも同じ形に近づいていくのだろう。

函館から車で一時間ほど走る。大沼のほとりを抜け、太平洋側に出ると、南茅部の海岸段丘の上に、大船遺跡と垣ノ島遺跡がある。いずれも北海道・北東北の縄文遺跡群の一部である。大船遺跡では、竪穴建物跡が密集している。大型のものは深く掘り込まれ、長く使われた。ここでは約千五百年にわたり集落が営まれた。垣ノ島遺跡はさらに古い時期から後期までの長きにわたって住まいがあった。

この一帯は、縄文時代には大いに栄えていた。海には魚がいた。クジラやオットセイも利用された。川にはサケが上った。背後の森には食料と木材があった。そして面白いのはクリである。

縄文人は、自然の恵みをただ拾っていただけではない。クリは本州から持ち込まれ、育てられ、人々が稔りの良いものを選抜し続けた結果として、品種改良されて実が大きくなった。つまり縄文人は、森を利用しただけではなく、森に手を入れていたのである。縄文人とは、単なる農耕以前の人々ではない。食料のために長い時間をかけて森林を作り上げた農業技術者たちだった。

大船遺跡の一角には「縄文の森」を再現する取り組みがある。縄文時代にあったクリの林をボランティアの手で現代に蘇らせようという試みである。ただ、これも簡単なことではない。人が手を入れ続けなければ、やがて白樺など別の林に戻っていくだろう。森は放っておけば縄文の森になるのではない。縄文の森は、人間が手を入れて維持した文化的な自然だったのだ。

地形を見ると、遺跡はいずれも海を見下ろす高台にある。現在は崖の下に道路や集落があり、その先に浜が広がっている。しかし縄文海進の時代には、海面は今より高く、海はもっと近かったはずだ。いまある沢は当時は入り江であり、そこから舟が出入りしたのだろう。高台に立てば沖合をよく見渡せる。魚群の動きも、それを追う海鳥も、海を行きかう漁師の姿も見えたに違いない。

津軽海峡は、隔てる海ではなく、結ぶ海だったことが、七飯町歴史館の展示から分かる。糸魚川のヒスイ、北海道の黒曜石、各地の装身具や石材が、広い範囲で交易されていた。丸木舟に乗った人々は、函館と青森、大間との間を行き来していたのだろう。海峡を越えて価値あるものを運ぶ。その営みは、現代の海底ケーブルに引き継がれている。

津軽海峡を介した交易の歴史と大間原子力発電所の現状 

その翌日、フェリーで大間へ渡った。船上から見る津軽海峡は広い。しかし、大間崎と函館市の汐首岬との距離は僅か約17.5キロメートルである。晴れていたので対岸がよく見えた。縄文人も、きっと同じ風景を見ていたはずだ。そして、交易する相手を求めて、沖合に漕ぎだしたのだろう。

大間では、大間原子力発電所を見学した。大間原発は2008年に着工し、当初は2014年の運転開始を予定して建設が進められていた。ところが2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の後、原子力規制の枠組みは大きく変わった。新規制基準への対応、安全対策工事、審査の長期化によって、計画は大幅に遅れている。2030年度には工事を完了することを目指しているとのことだが、運転開始時期はなお未定である。

長期化する現場に息づく「辛抱強いエンジニアリング」の系譜 

私にとって印象深かったのは、建設が予想外に長期化してしまった現場でありながら、まったく荒れておらず、整然としていたことである。すでに据え付けられた機器や、搬入済みの機器は、どれも厳重に養生され、温度や湿度を管理しながら保管されている。無数の鉄骨や電気機器には一つ一つ丁寧にシートが掛けられ、錆や劣化を防ぐための管理が続けられていた。十五年近い遅れは、現場にとってどれほどしんどいものだったであろう。それでも、いつ工事が本格化してもよいように、設備を守り続ける。そこに私は、辛抱強いエンジニアリングを見た。

ふと、南茅部で見た磨製石器を思い出した。石を割るだけなら一瞬でできる。だが、手にぴったりと合う道具にするまでには、長い時間にわたって、磨き続けねばならない。クリの森も、実の大きなものを選び、植え、世代を越えて森に手を入れる。未完の原子力発電所を守り続けることも、根気よく、地道に続けるエンジニアリングである。

函館と大間を歩いて、五千年前から現代まで、脈々と続く技術の歴史を垣間見た。人々は、自然の与えてくれた恵みを、時間をかけ、必要な形に作り上げていった。石器を磨いた手があった。クリの森を育てた手があった。丸木舟で海峡を渡った手があった。送電線を張り、海底ケーブルを敷き、鉄骨や機器にシートを掛ける手があった。

【よくある質問(FAQ)】

Q1:北本(ほくほん)連系設備とはどのようなシステムですか?

A: 北海道(北)と本州(本)の電力系統を繋ぎ、電力を融通し合うためのインフラ設備です。函館変換所などで「交流」の電気をロスが少ない「直流」に変換し、津軽海峡に敷設された海底ケーブルを介して最大60万キロワットの電力を送電する仕組みを持っています。

Q2:なぜ交流ではなく「直流」で送電するのですか? 

A: 海底ケーブルのような長い距離を海底や地下で送電する場合、交流のままでは「充電電流」と呼ばれるロスが大量に発生して電気を遠くまで送ることができません。直流に変換して送電することで、電気の損失を最小限に抑え、安定して大量の電力を運ぶことが可能になります。

Q3:縄文人が「農業技術者」だったとされるのはなぜですか?

A: 縄文人は自然の恵みを単に採取するだけでなく、本来は本州の植物であったクリを北海道に持ち込んで自育し、実が大きくなるよう世代を超えて選抜(品種改良)していた事実が遺跡から判明しているためです。人の手を入れ続けることで「文化的な自然(クリの森)」を維持・管理する高度な技術を有していました。

Q4:大間原子力発電所の運転開始時期が未定となっている理由は何ですか? 

A: 2011年の東日本大震災および福島第一原子力発電所事故を受けて制定された、国の「新規制基準」に適合するための安全対策工事や、原子力規制委員会による適合性審査が長期化しているためです。現場では2030年度の工事完了を目指し、厳格な設備維持管理が続けられています。

Q5:5000年前の技術と現代のインフラにどのような共通点があるのですか? 

A: どちらも装飾ではなく「機能を徹底的に突き詰めた結果としての造形美(デザイン)」を備えている点です。また、手に馴染むまで石器を磨き続けた古代の手と、いつ本格化してもよいよう無数の機器にシートを掛けて守り続ける現代のエンジニアの手には、時代を越えて地道に自然を形作っていく「辛抱強い技術(エンジニアリング)の精神」が通底しています。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

https://www.amazon.co.jp/dp/4485301257

トップ写真:函館変換所(J-POWER提供)




この記事を書いた人
杉山大志キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

【学歴】


1991年 東京大学 理学部物理学科卒業


1993年 東京大学大学院 工学研究科物理工学修士了


【職歴】


1993年~2017年 財団法人 電力中央研究所


1995年~1997年 国際応用システム解析研究所(IIASA)研究員


2017年~2018年 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 上席研究員


2019年~ 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹


2019年~ 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任教授

杉山大志

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