「睡眠とっていない」首相は弱音吐かず堂々と疑惑に応えよ
執筆者:樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
■本稿のポイント
・中傷動画問題などで野党の追及にさらされている高市首相は国会答弁で、「首相の業務時間がとれない」と不満を吐露した。
・「睡眠をとっていない」とも漏らしたが、疑惑については十分に説明することは避けた。
・弱音を吐き、逃げを打つのではなく、堂々と追及に立ち向い疑念を払拭すべきではないのか。
高市首相が中傷文書や暗号資産「SANAE TOKEN」をめぐる疑惑への国会答弁で、秘書の関与についての説明を後退させ、6月22日の予算委員会では前例のない秘書の陳述書提出を申し出て野党の反発を招いた。さらに答弁準備の負担から「睡眠をとっていない」と弱音を漏らし、疑惑解消より他の政策課題を優先しているかのような印象を与えた。元産経新聞論説委員長の樫山幸夫氏が、この対応の問題点を指摘する。(Japan In-depth編集部)
◆追及の矛先、疑惑そのものより首相答弁に
首相の秘書が、総裁選での対立候補への中傷文書や首相の名入りの仮想通貨「SANAE TOKEN」の作成に関与していたのではないかとの疑惑は、順風に見える高市内閣にとって頭痛の種だろう。
この問題を最初に報じた週刊文春に加え、一部メディアも後追い報道をしているので繰り返しは避けるが、現段階では疑惑そのものよりも、これについての首相発言のあいまいさ、不明朗さに批判が集中している。
首相は当初、動画を作成しSNSに投稿した人物について、自身も秘書も「面識がない」と弁明していたが、その後、「〝面識〟は…相手を確認できることだ」などと意味不明の苦しい表現に後退した。
トークンの存在については、ことし3月まで知らなかったと説明しているが、秘書は昨年暮れに、トークン発行者から説明を受けていたと文春の取材に認め、両者の食い違いが指摘されている。
◆唐突に「陳述書で」と要請
6月22日の衆参予算委員会は、この問題に関するヤマ場だった。
中道改革連合の後藤祐一氏ら野党側の質問に対し、高市首相は、「他陣営を誹謗、中傷したことはない。ひたすら自分の政策を訴えてきた」と述べ、初当選以来、清廉な政治活動を展開してきたと主張。
サナエトークンについては、「3月まで聞いたことはなかった。暗号資産として承認したことはなく、関係があると誤認されてはいけないので、Xに投稿して注意を喚起した」と経緯を説明した。
答弁が後退したこと、秘書と暗号資産発行者との関係などには触れず、「質問通告をもらうつど、週刊誌の該当部分を深夜から早朝、就寝中の奈良の秘書に電話して確認、その内容をもとに答弁してきた」して、細部に至るまで準備を行ってきたことへの理解を求めた。
そのうえで、唐突に「複数の週刊誌の記事をもとに、さまざまな時期のことがらについて答えても、一部を切り取られて混乱が生じる」として、「奈良の秘書の陳述書を予算委員会の理事会に提出し、本件についての説明としたい」と委員長に了解を求めた。
陳述書をもって答弁に代えることは、衆院事務局も前例を把握していない(朝日新聞、6月23日朝刊)レアなケースだけに、野党は反発、参考人招致をあらためて要求した。
坂本哲司予算委員長(自民)は陳述書を預かり、内容を理事会で検討するとしたが、今後はこの扱いが焦点となる。
◆疑惑に答えることは重要ではないのか
弱音とも聞こえる発言は、一連のやり取りのなかで飛び出した。
「(疑惑についての国会質問に備えるため)総理としての業務時間も確保できなくなってきている」「(委員会前の)金曜日から土曜、日曜日にかけて、日本成長戦略や地域未来戦略、骨太の方針に向けたくさんの資料を読み、時にペンを入れ、けさまでほとんど睡眠をとっていない」。
答弁準備に追われる首相の姿が目に浮かぶようだが、この言葉からは、疑惑の解消は、成長戦略や骨太の方針にくらべると重要ではないように響く。首相自身、同じ質疑の中で「国会対応が大切であることはわかっている」と答弁していることとも矛盾する。
他の重要問題の存在を強調して、そんなことに関わっている場合かなどといわんばかりに、スキャンダルの影を薄め、ことさら矮小化するのは、権力者が好んで用いる手法だ。
◆「それをいっちゃ、おしまい」
睡眠不足という気の毒な状況には同情するが、内閣総理大臣の印綬を帯びた以上、ここ一番というときは寝食を忘れて職務に当たらなければならないこともあろう。
まして、いやいや引っ張り出されのではなく、自ら何年も待ち望んで手に入れた総理大臣の地位なのだから、内輪の放談ならともかく、公の場で愚痴めいたことを口にするのは慎むべきだろう。
人気映画「男はついらいよ」の寅さんではないが、「それを言っちゃあ、おしまいよ」だろう。
首相がつらい表情をみせれば国民にも感染する。強い指導者に国民は信頼と支持を寄せる。
自らやましいところがないのであれば、陳述書など姑息な手段ではなく、堂々と野党の要求に応じて参考人招致でも証人喚問で応じるべきだろう。疑惑を払拭できれば、十分な業務時間も睡眠もとることができるはずだ。
◆首相は風格示せ
首相の「睡眠をとっていない」発言を聞いて、思い出したのは、もう20年以上も前になろうか、関西を中心に大規模、深刻な食中毒事件を引き起こした大手乳業会社の社長の言葉だ。報道陣から詰め寄られた社長は、苦し紛れか「私は寝ていないんだ」と口走り、消費者の猛反発を買った。
この乳業会社は当時、業界のチャンピオンだったが、このひとことで声望は地に落ち、グループ会社を含めて再編を余儀なくされた。
組織のトップにとって、「寝ていない」発言は禁句だ。高市首相も、そのあたりに思いを致し、悠揚迫らざる風格を示してほしい。
◆よくある質問(FAQ)
Q1. 衆参予算委員会とは?
A:衆議院と参議院それぞれに設置される予算審議のための委員会です。国の予算案を審議する場ですが、首相や閣僚の出席が求められるため、予算以外の政治的疑惑や政策全般についても質疑が行われることが多く、国会論戦の主要な舞台となっています。
Q2. 参考人招致と証人喚問の違いは?
A:参考人招致は国会が関係者に出席と説明を求める制度で、出席は任意であり、虚偽の説明をしても罰則はありません。一方、証人喚問は国会が法律に基づき出席を強制できる制度で、証人には宣誓が義務付けられ、虚偽の証言をした場合は議院証言法により処罰される可能性があります。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
トップ写真)記者の質問に答える高市総理
出典)首相官邸




























