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.国際  投稿日:2026/7/2

習近平氏のギリシャ歴史論をアメリカ側は嘲笑


執筆:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

 

■本稿のポイント

・2026年5月の米中首脳会談について、日本メディアは習主席優位と見るが、米側はトランプ大統領の「勝利」と評価している。

・習主席が「トゥキディデスの罠」を引用し米軍介入を牽制したことに対し、米側は一笑に付した。

・米メディアや専門家は、習主席による歴史の引用を稚拙であると厳しく批判している。

 

 今年5月の米中首脳会談はトランプ大統領と習近平国家主席のどちらが勝者だったのか。日本側ではもっぱら習主席に軍配を上げ、トランプ大統領の守勢や譲歩を強調する「識者」が多い。だが当事国のアメリカではトランプ大統領のこの会談の「成功」を指摘する向きが多い。

 

たとえばアメリカ国内のニュース・テレビでCNNをはるかに超える全米一の視聴率を誇るFOXテレビの評論はトランプ大統領が中国側に対して意味のある譲歩はなにもしなかったと評し、その姿勢をほめていた。あえて勝敗の区分をするならば、トランプ大統領の勝利ということになる総括だった。

 

そのFOXは今回の米中首脳会談を「新しい冷戦の始まり」だとして、トランプ大統領が習近平主席には厳しい姿勢で対峙したとする評価を打ち出していた。「トランプ・習サミットからの冷たい風は米中間の新たな冷戦の証拠だ」という見出しだった。

 

この評価は米中防衛関係の専門家のロバート・マギンネス氏らの見解を主体としてい た。以下の骨子だった。

 

「今回の人民大会堂でのトランプ・習会談は表面では象徴的な交流、抑制された貿易の拡大、綿密で華麗な式典などが目立った。しかし水面下では明らかに台湾問題が他の案件のすべてに影を投げ、さらにはイラン問題での中国の協力の限界を示し、そのうえに習主席が古代ギリシャの戦争寓話を持ち出して米中間の競合の危険な側面を示唆したことで、両国間の断層が暗示された」

 

要するにこのFOXテレビの評論はトランプ大統領が米中間のこの厳しい現実を忘れずに、中国側に対して意味のある譲歩はなにもしなかったと評し、その姿勢をほめていた。あえて勝敗の区分をするならば、トランプ大統領の勝利ということになる総括だった。

 

この評論で注目された点の一つは習近平主席が持ち出した古代ギリシャの歴史寓話 だった。この点は日本の諸メディアでもかなり詳しく報道された。その種の報道によると米 中首脳会談では習主席がトランプ大統領に対して「中米両国はトゥキディデスの罠を回避するように気をつけよう」と数回も述べたという。この習発言に対するその後のアメリカ側 の手厳しい反応が注目された。総括すれば、アメリカ側は習近平氏の古代ギリシャについ ての発言を的外れだと排し、軽蔑の念を示すほど反発したのだった。この点は米中首脳 会談全体の評価を下すうえでも、大きな意味のある側面となった。

  

「トゥキディデスの罠」とは古代ギリシャの歴史学者トゥキディデスが紀元前のアテネとスパルタとのペロポネソス戦争について指摘した危険性だった。覇権国のスパルタが新興国のアテネの発展を恐れて戦いを挑んだ戦争に対して、覇権国も新興国も、そんな戦争に突入する「罠」を避けるべきだという歴史的教訓だった。  

 

近年ではアメリカの著名な戦略歴史家のグラハム・アリソン氏が改めて東西冷戦などにからめてこの「トゥキディデスの罠」の現代の危険を詳しく論じていた。

 

しかし、そもそも唯物史観の共産主義を標榜する中国の共産党総書記が古代ギリシャの唯物史観にはおよそ合致しない寓話を持ち出すことが異様だった。だが習主席は明らかに現在の中国とアメリカとの関係に重ねて、この「トゥキディデスの罠」を提起していた。アメリカを覇権国に、中国を新興国になぞらえての指摘だと解釈された。

 

習近平主席のこの異様な古代ギリシャへの言及はアメリカ側に軍事衝突の危険を警告する狙いだとしてみられた。スパルタとアテネの戦争では覇権国のスパルタが勝利したが、やがてギリシャ全体の衰退へとつながっていく。

 

この習主席の発言は日本側のメディアでは台湾問題でのアメリカの軍事介入を抑えるための警告として重視された。習主席が深淵な歴史観に基づき古代の戦争の教訓にまでさかのぼってアメリカ側への教示を与えているかのようにも描写された。  

 

ところがアメリカ側の反応はまったく異なっていた。習近平主席が台湾問題でのアメリカの軍事介入を防ぐために、あの手この手を弄し、ふだんはまるでなじみのない古代ギリシャの歴史までを稚拙な方法で引っ張り出してきただけだとする反応が目立った。全体として一笑に付す、という態度だった。

 

ウォールストリート・ジャーナルは社説で「習主席の歴史の寓話に騙されてはいけない」と 反論した。その骨子は以下のようだった。  

 

「習近平氏が古代ギリシャの歴史の研究者だったとは知らなかった。だが覇権国のス パルタに擬されるアメリカが新興国アテネとされる中国を攻撃するという推定は現実を無視している。アメリカが中国自体に戦争を仕掛けるという状況はまったく存在しない。台湾問題などで軍事力を最初に使おうとするのは中国ではないか」 

 

さらに国際戦略関係の専門家とされるビクター・デービス・ハンソン氏は複数のネットメ ディアに「習近平氏のアメリカへの『トゥキディデスの罠』の警告の真意とはなにか」という見出しの分析を発表した。その分析は習氏の古代ギリシャと現在の米中関係との類似が間違っているとする否定だった。 

 

「そもそも中国がアメリカの国際的な地位を崩す強大な新興国だとする前提が間違っ ている。人口動態、経済力、軍事力、科学技術など総合的な国力を比較してもアメリカ の優位が明確で、そのアメリカが中国の発展を恐れて先に戦争を始めるという示唆も正しくない」  

 

「さらに重要な点は、いまのアメリカは民主主義国家、中国は専制国家だが、ギリシャの古代では戦争を始めたスパルタは専制国家、ギリシャは民主国家だった。戦争を始めるのは専制国家が多いことが歴史上の事実だ」  

 

要するに習主席のギリシャ歴史の引用は間違っている、というのだ。そして今回の米中首脳会談での習近平主席のパフォーマンスを痛烈に批判しているのだった。アメリカ側一般のそんな態度からは「中国側が勝利した」という評価はまったくうかがわれないのである。

 

  

 #この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに掲載された古森義久氏の寄稿の転載です。

 

(本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部) 

 

トップ写真:トランプ大統領と習近平国家主席 2026年5月14日 中国・北京

出典: Alex Wong/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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