猛暑下のスポーツ、選手の命を守るために――「暑さを前提として競技を再設計する」海外の発想
執筆者:上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
【本稿のポイント】
・猛暑下の運動において、日本では「水分・塩分の摂取」を重視した熱中症対策が中心だが、海外では「暑さを前提として競技や練習そのものを設計し直す」という発想が広がっている。
・オーストラリアでは競技種目・選手の年齢・運動強度・天候などに応じた熱中症リスクと具体的対応策を示し、米国では労作性熱射病に対して「Cool first, transport second(搬送より先に、まず冷やす)」の考え方が広く共有されている。
・最も重要なのは、暑熱対策を選手個人の自己責任にせず、指導者や主催者が「暑さを前提として競技を設計」する視点である。
猛暑下のアスリートを熱中症からどう守るか。医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏は、日本の「水分を摂れ・塩分を補給しろ」中心の熱中症対策から、海外で広がる「暑さを前提として競技や練習そのものを設計し直す」発想への転換を訴える。本稿では、オーストラリアの「Sports Heat Tool」、米国の「Cool first, transport second」、アイススラリー・冷却ブレイク・手掌冷却などの具体的手法、そして選手の自己責任ではなく指導者・主催者による環境整備の重要性を、医学的・実践的視点から論じる。(Japan In-depth編集部)
猛暑が続いている。私の外来には連日のように、発熱、倦怠感、めまい、頭痛などを訴える患者が訪れる。本人も熱中症を心配し、「点滴をしてほしい」と希望することが少なくない。
「最近、こむら返りが増えました」と話す患者もいる。こむら返りは、発汗に伴う脱水や電解質の乱れによって起こりやすくなる。睡眠不足や筋肉疲労など、ほかの要因も考慮すべきだが、この猛暑が一因となっている可能性は高い。「喉が渇く前から、こまめに水分を摂ってください」と助言している。
なかでも熱中症の危険が高いのが、アスリートである。高温多湿の環境で激しい運動を続ければ、競技レベルや年齢にかかわらず、命にかかわる事態が起こり得る。炎天下で行われる夏の高校野球をはじめ、夏季大会の開催時期や開始時間、競技方法を現行のまま続けてよいのか、社会全体で議論すべき時期に来ている。
私たちが長く活動を続けてきた福島県も、熱中症への警戒が必要な地域だ。福島市や郡山市などの内陸部は盆地の影響で気温が上がりやすい。2025年度、福島市消防本部管内では、熱中症が疑われる救急搬送者が248人に達し、前年より78人増えた。
先日、福島県内の高校教員と話す機会があり、夏場に運動する高校生を、どうすれば熱中症から守れるのかが話題になった。これは一つの学校や競技だけの問題ではない。部活動、地域クラブ、実業団、大学、プロスポーツまで、すべての競技関係者が考えるべき課題である。
◆海外で広がる「暑さを前提とした競技設計」とは何か ?
日本の熱中症対策は、これまで「水分を摂れ」「塩分を補給しろ」「暑さ指数を確認しろ」という発想が中心だった。
暑さ指数を示すWBGTは、気温だけでなく、湿度や日射、輻射熱などを反映して熱中症の危険度を評価する指標であり、もちろん重要だ。ただ、海外ではさらに一歩進み、「暑さを前提として、競技や練習そのものを設計し直す」という考え方が広がっている。
その象徴が、オーストラリアで活用されている「Sports Heat Tool」である。これは単に気温やWBGTを表示するだけの仕組みではない。競技種目、選手の年齢、運動強度、天候、開催場所などを組み合わせ、競技ごとの熱中症リスクと具体的な対応策を示す。
サッカーならどうするのか、長距離走ならどうするのか、ジュニア世代ならどこまで運動を制限するのか。競技の特性に応じて、練習時間の短縮、運動強度の低下、休憩回数の増加、競技開始時刻の変更などを判断する。
つまり、「今日は暑いから気をつけよう」で終わらせるのではない。「今日はこの暑さだから、練習内容をここまで変える」という発想である。
これは、どの競技にも当てはまる。練習時間を短くする。高強度メニューを減らす。防具やヘルメットを外して休む時間を設ける。交代人数を増やす。試合時間を短縮する。屋外練習を屋内での技術練習や映像分析に切り替える。暑さ指数をただ「把握する」段階から、その数値に応じて練習や競技を具体的に変更する段階へ移行しなければならない。
◆倒れた選手をどう救うか?
さらに海外で重視されているのが、選手が倒れた後の初期対応である。
米国では、運動中に起こる労作性熱射病に対し、「Cool first, transport second」、つまり「搬送より先に、まず冷やす」という考え方が広く共有されている。そこで、その場で直ちに衣服を緩め、可能であれば氷水に全身を浸して冷却を始める。
これは医学的にも合理的だ。本稿で詳述は省くが、熱中症は長期的に後遺症を残す。近年の研究で、認知症から流産まで、様々な合併症のリスクが高まることが分かっている。人体を構成する蛋白質は高熱により変性する。高熱の時間を短縮することが最優先課題だ。
米国の高校・大学スポーツでは、暑い時期の試合や練習会場に氷水を張った浴槽や大型容器を準備し、深部体温の測定方法、冷却手順、医療機関への搬送、競技復帰の基準まで含めた緊急対応計画を整える動きが進んでいる。
日本では、選手が意識を失った場合、「まず救急車を呼ぶ」という対応が中心になりやすい。もちろん通報は必要だ。しかし、重症熱射病は時間との勝負である。搬送までの時間をただ待つのではなく、その場でどこまで迅速に体温を下げられるかが、選手の生命や後遺症を左右する。
今後は、競技場や体育館に十分な氷、冷水、簡易浴槽、冷却用タオルを確保し、誰が判断し、誰が冷却し、誰が救急隊に連絡するのかを事前に決めておく必要がある。AEDと同じように、緊急冷却設備もスポーツ会場の標準装備として考えるべきだろう。
◆水分補給は「守り」の対策、冷却は「攻め」の対策
競技中の冷却方法も進化している。サッカーなどでは、給水だけでなく、身体を冷やすための「冷却ブレイク」が注目されている。ポルトガルでは、猛暑下の運動中に15分ごとの冷却休憩を設け、深部体温や走行距離、運動能力への影響を調べる研究も行われている。
トップアスリートの世界では、アイススラリーと呼ばれるシャーベット状の氷飲料、冷却ベスト、冷水浴、氷嚢、送風装置なども活用されている。運動前に身体を冷やす「プレクーリング」や、競技の合間に冷却する「パークーリング」という考え方も一般化しつつある。
なかでも興味深いのが、手のひらを冷やす手掌冷却である。手のひらには、身体の熱を外へ逃がす役割を持つ特殊な血管構造があり、そこを効率よく冷やすことで、体温上昇や運動能力の低下を抑えようとする方法だ。ただし、すべての競技や環境で効果が確立しているわけではなく、過度な期待は禁物である。それでも、水分補給だけに頼らず、さまざまな冷却方法を組み合わせる発想は重要だ。
水分補給が脱水を防ぐ「守り」の対策なら、冷却は身体にたまる熱を積極的に逃がす「攻め」の対策といえる。
◆熱中症対策は選手個人の自己責任か ?
最も重要なのは、暑熱対策を選手個人の自己責任にしないことである。
これまでのスポーツ界には、「自分で体調を管理しろ」「無理だと思ったら申告しろ」という文化が根強く残ってきた。しかし、若い選手ほど指導者に弱音を吐きにくい。レギュラー争いや大会出場がかかっていれば、体調不良を隠してしまうこともある。熱中症によって判断力が低下すれば、本人が危険を自覚できない場合さえある。
だからこそ、対策の中心は、選手の申告ではなく、指導者や主催者による環境整備でなければならない。
主催者や指導者は、開催時刻、練習時間、競技時間、試合間隔、休憩方法、選手交代、服装、冷却設備、救護体制まで含めて再設計する必要がある。場合によっては、延期や中止を決断することも運営者の責任である。
これからの熱中症対策で問われるのは、「選手が水を飲んだか」だけではない。
「指導者や主催者が、暑さを前提として競技を設計したか」
それこそが、アスリートの命を守るうえで最も重要な視点である。
【よくある質問(FAQ)】
Q1: WBGT(暑さ指数)とは何か?
A:Wet Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)の略で、気温だけでなく湿度・日射・輻射熱などを反映して熱中症の危険度を評価する国際的な指標。1954年に米軍で開発され、日本でも環境省が「熱中症予防情報サイト」でWBGT値を公表し、値に応じた運動指針(原則運動中止、厳重警戒、警戒、注意)を示している。屋内でも屋外でも測定でき、単純な気温よりも熱中症リスクを的確に反映する。
Q2:オーストラリアの「Sports Heat Tool」とは何か?
A:Sports Medicine Australia(SMA)とシドニー大学Heat and Health Research Centreが共同開発した公式ツール。競技種目、選手の年齢、運動強度、天候、開催場所などを組み合わせ、熱中症リスクを4段階(Low/Moderate/High/Extreme)で評価し、それぞれに具体的な対応策(練習時間短縮、休憩回数増加、開始時刻変更など)を示す。サッカー、クリケット、テニス、ラグビー、長距離走など30以上の競技に対応する。
Q3:労作性熱射病とは何か?
A:運動や労働などの身体活動中に、体温調節機能が破綻して深部体温が40℃以上に達し、中枢神経系の異常(意識障害、けいれん、錯乱など)を伴う重症の熱中症の一形態。安静時に発症する古典的熱射病と区別される。若く健康なアスリートや軍人、労働者にも起こる。発症から冷却開始までの時間が予後を大きく左右し、NATAの公式ポジションステートメントによれば「発症30分以内に深部体温を39℃以下に下げる」ことが救命の鍵とされる。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
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トップ写真:熱中症に関するポスター 7月8日・米国カリフォルニア州ロサンゼルス
出典:Photo by Justin Sullivan/Getty Images
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この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長
1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

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