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.社会  投稿日:2026/8/25

熊本地震、福島の教訓に学ぶ「復興医療」の鍵


執筆者:上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 

【本稿のポイント】

・東日本大震災後の福島県相馬市では、発災後3カ月間に高齢者の死亡率が約5割上昇し、主な死因として誤嚥性肺炎が浮上した。

・震災後は医療・介護人材が不足し、口腔ケアなど日常的なケアが途切れることで、誤嚥性肺炎のリスクが高まる。

 ・災害復興ではDMATなど外部支援だけでなく、地域に残って診療を続ける地元医療機関と、平時から地域で育まれた医療人材が重要になる。

 

東日本大震災後の福島県相馬市では、高齢者の死亡率が発災後3カ月で約5割上昇し、誤嚥性肺炎や生活習慣病の悪化が課題となった。震災後は医療・介護人材の不足で口腔ケアなど日常のケアが途切れ、健康被害が長期化することも明らかになっている。医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は、熊本地震の復興では、こうした教訓を踏まえ、地域に根差した医療機関と人材による長期的な健康支援が重要となると述べる。

 

7月28日、熊本県を中心に最大震度7の地震が発生した。復興には長い時間がかかるだろう。何が鍵を握るのか。東日本大震災後の福島の経験が参考になる。

メディアは連日のように熱中症対策を報じている。もちろん重要だが、見落としてはならないのが誤嚥性肺炎だ

東日本大震災後の福島県相馬市では、発災後3カ月間に高齢者の死亡率が約5割上昇し、主な原因が肺炎、とりわけ誤嚥性肺炎だったことが明らかになっている。

相馬中央病院の森田知宏医師らの研究チームが、2016年3月に地元のシンポジウムで報告し、翌年10月に『疫学・地域保健雑誌』で発表した。

背景には、医療・介護現場の人手不足がある。医療従事者自身も被災する。保育園や幼稚園が休園すれば、子育て中の職員は働けない。そのしわ寄せは、高齢者の日常的なケアに及ぶ。

典型が歯磨きなどの口腔ケアだ。十分なケアができなければ、口の中で増えた細菌や食べ物を気づかないうちに気管へ吸い込み、誤嚥性肺炎を起こしやすくなる。

この教訓は2016年の熊本地震でも注目された。熊本赤十字病院などでは震災後、肺炎患者の増加が問題となり、避難所でも口腔ケアの重要性が強く意識された。災害後に命を守るのは、高度な救命医療だけではない。歯を磨き、食事を支え、日常のケアを維持することも重要なのである。

 

影響は誤嚥性肺炎だけではない。福島の経験が示したもう一つの教訓は、避難によって生活環境が一変し、生活習慣病が悪化することだ。これは臨床研究でも確認されている。

相馬市では、その影響が健診データにはっきり表れた。私たちの研究チームは2013年、『BMCパブリック・ヘルス』にその結果を報告した。 

震災前後に健診を受けた仮設住宅の住民200人を比較したところ、震災後には体重、肥満指数(BMI)、腹囲、HbA1cが有意に上昇し、HDL(善玉)コレステロールは低下していた。

とりわけ津波被災者では、HbA1cが5.7%以上だった人の割合が14.8%から34.3%へと、2倍以上に増えていた。

こうした生活習慣病の悪化は、脳卒中などのリスクを高める。さらに私たちの研究チームは、相双地域の脳卒中治療を担う南相馬市立総合病院の脳神経外科入院記録を解析した。その結果、震災後の脳卒中による入院リスクは震災前の1.62倍に上昇し、その増加は約2年半にわたって続いていたことが明らかになった。この研究は2015年、『Journal of the American Geriatrics Society』に報告した。

 

海外でも同様の影響が報告されている。米国の南フロリダ大学を中心とする研究チームは、2005年のハリケーン・カトリーナとリタで被災した高齢の糖尿病患者を調べた。2019年7月、『Economics of Disasters and Climate Change』に発表した論文によると、被災から3年後に、通常より救急受診が約2万件、入院が延べ約38万日多かったという。

同年11月の『Diabetes Care』に掲載された、ヒューストン・メソジストなども加わった別の研究によると、約17万人を約10年間追跡した結果、死亡リスクへの影響が長く残り、特に被災後に転居した人で大きかったという。

災害医療は、こうした国内外の経験を積み重ねながら進歩してきた。その意味でも、福島で得られた教訓は貴重である。

話を熊本地震に戻そう。東日本大震災当時、相馬・双葉地域の高齢化率は25.7%だった。現在の宇城市は36.4%、八代市は35.7%。高齢者が多い分、災害後の健康被害も深刻になりやすい。

 

 そこで重要なのが、平時から地域に備わる医療の力だ。熊本県は人口10万人当たり医師数が291.6人で、全国平均267.4人を上回る。八代医療圏は279.2人、宇城は167.8人と地域差はあるが、東日本大震災前の相双120.4人、いわき160.4人と比べれば、熊本の人的基盤は厚い。

この差は一朝一夕にできたものではない。熊本は明治以来、軍都として発展し、それと並行して医学教育も充実した。熊本藩の藩校の流れを汲む熊本医科大学は現在の熊本大学医学部へと発展し、北里柴三郎を生んだ土地でもある。戦後は化血研がワクチンや血液製剤の開発を担い、その流れはKMバイオロジクスに受け継がれている。こうした長い蓄積が、災害時の「地域力」になる。

私は東日本大震災以降、福島県浜通りの医療支援に携わってきた。その経験から言えば、復興医療の主役はDMATなど外部の支援隊ではない。地域に残り、日常診療を続ける地元の医療機関である。災害復興で、最後にものをいうのは、その土地で育ち、働き続ける人材である。熊本には、その蓄積がある。復興は長期戦になるが、この地域力こそが最大の支えになるだろう。

 

 

【よくある質問(FAQ)】

Q1. 東日本大震災後、福島県相馬市で高齢者の死亡率はどの程度上昇しましたか?
A. 発災後3カ月間で約5割上昇しました。主な死因として、肺炎、とりわけ誤嚥性肺炎が確認されています。

Q2. なぜ災害後に誤嚥性肺炎が増えるのですか?
A. 医療・介護人材の不足などにより、歯磨きなどの口腔ケアが十分に行えなくなることが一因です。

Q3. 災害後に生活習慣病が悪化する主な原因として、考えられることは何ですか?
A. 避難生活による運動不足や食生活の変化、ストレスなどが考えられます。福島県相馬市では、震災後に体重やBMI、腹囲、HbA1cが上昇しました。

Q4. 災害後に生活習慣病を悪化させないためにできる対策は?
A. 避難生活でも可能な範囲で運動し、バランスのよい食事や十分な睡眠を確保することが重要です。加えて、健診や医療機関で定期的に健康状態を確認することも大切です。

 

トップ写真)地震によって倒壊した住宅(熊本県氷川町)

出典)Tomohiro Ohsumi by Getty Images

 




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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